10 こじつけに続くこじつけ

 そして、その疑問は気力を取り戻したクリスも同様に抱いたらしい。薪を拾いに行くとルーカスが姿を消した時を見計らって、彼はユウキに尋ねた。


「あいつも登場人物なんだろ? 俺が白雪姫なら、ルーカスは、なんだ?」


 薄暗い小屋の中でクリスは声を潜めて外を気にしている

 ユウキは白雪姫の話のすじを思い出しながら答える。

 まず「この世界が本当に《白雪姫の世界》だとすると」と一応、自分にも言い聞かせるために前置きすると、クリスは「白雪姫だろ。他に何か候補が見つかったのか?」と問いかけた。

 ユウキだって、ほぼ確定だと思っていた。そもそも森で迷子の王子様という童話がどうしても思い浮かばない。こじつけでも何でも手がかりがまるで無いよりはまだ可能性があった。それに――欠損が修復されているのだ。物語が完結に近づいていることと考えると、この道を進むのが良さそうだった。

 だけど慎重に首を横に振ると、

「まだ可能性は捨てきれないから、一応ね」と断る。


「って、ユウキはずっとそんな風に言ってるけど、もう決めていいんじゃないの? 俺の条件って、当てはまらないのは性別くらいなんだろ」


 そこは結構重要なんだよ――と言いたいけれど言えなくて、ユウキは半笑いでごまかす。


「ん……でもわたしさ、このお話ちゃんと知ってるわけじゃないし」

「へ? そうなの?」


 クリスは目を見開いた。


「わたし、本が嫌いでね。あんまり読まないんだよ」


 苦笑いしながら答えると、クリスは意外そうにする。


「じゃあ、どこで話を知ったんだ? 言い伝えとか?」


 当然の質問だけれど、ユウキは答えるのをためらった。


「小さい時に……お母さんに聞いたのを覚えてるだけなんだ」


 お母さん、という言葉は、口にするたびにユウキの口の中を苦い涙の味にする。


「読み聞かせかあ。そういや、俺も母上によくしてもらったな」


 ユウキは小さく笑う。それはユウキがまだ字が読めなかった時のこと。母は、挿絵の美しい本を選んでは、いくつもの御伽噺を読み聞かせてくれた。ユウキが覚えるくらいに、身に染みこむくらいに、何度も。


(あれがずっと続くと思ってたんだよ。わたし。ずっと続いて欲しかったんだ)


 眠る前の幸せなひとときを思い出して、なんだか涙が出そうになっていると、クリスの物問いたげな目とぶつかった。慌てて目を伏せると、ユウキは「えっと、白雪姫の登場人物だったよね」と話を元に戻す。


「……あぁ」


 クリスは話題の変化に触れないでいてくれるようだ。ユウキはホッとしながら続けた。


「え、ええと――もしも、白雪姫だとすると、登場人物はそんなにいないんだよね……白雪姫、王妃、七人の小人、それからうーんと、狩人に、王子様」


 話しながら、ほかに誰かいただろうか。なにか忘れているような? とユウキは違和感を感じる。


「白雪姫は俺、王妃はクソババア、じゃあ、七人の小人か狩人か王子様………、って、狩人と王子様は何をするんだ?」


 クリスの問いに、ユウキは目を泳がせた。


「狩人は、森までクリスを連れてきた人だと思うけど」

「じゃあルーカスは違うな。森まで着いてきたのは母上の親衛隊の人間だ」

「親衛隊?」


 そういえばさっきルーカスはそう名乗っていたけれど、聞き慣れない言葉だ。


「親衛隊――って知らないか?」


 クリスは途中で言葉を止める。おぼろげにしかわからなくて首を横に振ると、


「王族の警護をする人間だ」


 クリスはそう言って続けた。


「幼い頃から俺の護衛をしているヤツだから、信用はできる――っていうか、したい、かな」


 傷ついたような横顔が一瞬現れて、ユウキはしゅんとする。


(そうだよね。幼い頃から一緒にいる人が信用ならなかったら……辛いもんね)


 大体、こうして一人で森にいる事自体が異常なのだ。ユウキの胸が疼いたとき、クリスが呟いた。


「あとは、王妃と王子様か。それはなかなか代われない気がするんだけどなあ」

「王妃は王妃様だけど、そういえば、王子様って……この辺にいるの?」


 ユウキは首を傾げる。


「……うーん……」


 だが、クリスは空中を睨んで、なにかを考え込んでいた。かと思うと、突如手を打って顔を輝かせる。


「……あ、七人!」

「七人?」

「親衛隊の分隊が、一小隊七人なんだ」


 ユウキは呆れる。


「そんなこじつけでいいの? それに、七人いるなら他の六人はどうしてるの」


 否定しながらも、こじつけ自体はなんとか受け入れられるかも、とユウキは思っていた。既に男の子であるクリスを白雪姫として話をスタートしているのだ。それ以上のこじつけがあろうかと思うし、多少の帳尻合わせはしょうがない気がしている。グリムも脚色は可能と書いていたし。だけど、人数が揃っていないのが気になる。


(っていうか)


 なんだか……その配役が妙に面白くないとユウキはもやもやする。


「この周辺に陣を張ってるのかもな。助けてくれたんだから、一応つじつまもあわせられねえ?」


 正解を導き出したと得意げなクリスだったが、ユウキは渋る。


「でも……、七とか言うんならもっと別の……あ、」


 ふとユウキは別のことに気を取られた。それを不安と受け取ったのか、クリスは安心させるように補足する。


「親衛隊は俺の護衛が仕事だから、助けてくれる。その点に関しては信用してるよ。俺を騙して城に連れ帰ることはあるかもしれないけどな」

「騙すって……物騒だなあ」


 上の空になりかけたユウキは、ひとまず元の話題に戻ろうとした。


(うん、さすがに、それはこじつけがすぎる気がするし)


 そんなことを考えていると、クリスは不意に顔をしかめた。


「だけど、ここが見つかったってことは、いつババアのいぬがここを嗅ぎつけるかわからないし、隙を突いて逃げないと……な」


 だがクリスも、今の病み上がりの状況で逃げるのは、時期尚早だと思ったようだ。なんだか痛々しくてユウキはつい尋ねていた。


「……仲直りは、できないの?」

「だめだな。俺もババアも同じものが欲しい。だから奪い合うしかないんだ」

「欲しいって、何?」


 だがクリスは悲しげな顔をして口をつぐんだ。

 その顔がふとタクヤに重なる。

 タクヤはいつも強がっていた。寂しくなんかない。お姉ちゃんがいるから大丈夫。そう言っていた。だけどあの子は誰よりも母親を恋しがっていた。自分じゃだめなんだと気づくたびに悔しくてやるせなかった。多分、唯一自分に与えられた居場所までなくしてしまうようで。


(泣かないよ、僕、男だから!)


 幼いときのタクヤを思い出して――気が付くと、ついクリスの頭をもしゃもしゃと撫でていた。


「大丈夫、わたしがいるよ」


 だが、クリスは目を釣り上げ、屈辱を露わにして、ユウキの手を振り払う。


「こども扱いすんなよ」

「そんなこと言ったって、十五歳なんて、まだまだこどもじゃない」


 噛み付きそうな顔だけど、タクヤもよくこういう顔をしたし、強がってるだけだとユウキは知っている。歳相応の顔にクスクス笑うと、馬鹿にされたのが悔しかったのか、クリスはむうっと顔をしかめた。かと思うと、突如ユウキの手を引っ張って自分に引き寄せる。


「――え?」

「これでもこどもだって言う?」


 押し潰されるように抱きしめられ、ユウキはクリスを呆然と見上げた。僅かな背の違いだと思っていたけれど、彼の肩幅はユウキより広いし、そして頬に一瞬触れた胸は硬かった。さらさらの長い髪が、カーテンのようにユウキとクリスの顔を外から隠している。突如作られた薄闇の中、瞳孔が開いた大きな瞳が甘く輝く。そしてまつげがゆっくりと伏せられる。


「ちょ、ちょっと、悪い冗談は、やめて」

「冗談だと思う?」


 反撃とばかりにクリスはくすりと笑う。その甘みがにじみ出るような笑みが、壮絶に色っぽいとユウキは思った。


(ひ、ひえ……っ)


 どくん、どくん、と心臓がすさまじい音を立てている。

 クリスが頬を傾ける。スローモーションがかかったようなその光景を、ユウキは目を閉じることもできずに見つめていた。

 だが、


「昼間っからそーいうのはだめですよー。いや、昼間でなくても、お立場上、だめですけど」


 と声が落ちてきて、クリスが跳ねるようにユウキから飛び退いた。


「――薪を、拾いに行ったんじゃ」


 さきほどの色気は一体何だったのかと思えるほどの変貌。目を見開いて、びっくりするくらい真っ赤になったクリスが苦情を言うが、ルーカスはニヤニヤと笑うだけ。


「わすれものしたんですよ」


 と言いながら、彼はユウキを見下ろした。その視線は、クリスを見る時の穏やかさとは程遠い。刺すように冷たくて、それまでバクバクと音を立てていた心臓は、ほっとする間もなく静まり返った。震えが全身を走っていた。


(この人は――いったい何者なんだろう)


 泡のような疑問。クリスは七人の小人だと言ったけれど、この目を見ると不安になる。ユウキはどうしてもこじつけを認められないでいたのだった。



 *



 

 ルーカスはクリスを連れ戻すという割には、強引に実行するわけではないようだった。

 クリスの体調が整うのを待っていると言ったけれど、本当だろうか。

 そして六人の隊員も姿を見せないまま。

 手分けをして探していたからだと彼は言うけれど、本当だろうか。


(そして、今だって――)


 薪を拾いに行くと言っているけれど、本当にそうだろうか。密かに外部と連絡をとっているのではないだろうか。

 疑いだすときりがなくて、ユウキは密かに尾行をすることにした。

 だが、ふとルーカスを見失って、思わず目を彷徨わせた次の瞬間、


「ユウキ殿」


 と後ろから声をかけられたものだから、ユウキは心臓が飛び出るかと思った。


「こそこそ様子をうかがってるみたいですけど、なにか言いたいことでもあるんですかね?」


 ルーカスはにこりと笑みを浮かべるけれど、その目がまるで笑っていない。言い逃れを許さない迫力があった。


「あなた――なに。なんなの」


 クリスは彼が七人の小人だと言ったけれど、七という数字を持っているという理由では納得行かない。


「クリスと違って、わたしはごまかされないから。あなたは――クリスを助けたいの。それとも裏切りたいの?」


 猫に追い詰められた鼠の気分で噛みつくように言うと、彼は冷たく微笑んだ。


「ユウキ殿――お言葉をそっくりお返しします。――あなたはなんなのですか? 迷子と言われたけれど、どこから来られた? これから、クリス様をどうされるおつもりだ」


 正体を問われたのだろう。けれどその時、ユウキはまるで違う質問に聞こえて、全身に雷が走ったような気分だった。


(クリスが白雪姫で、ルーカスが七人の小人なら……じゃあ、わたしは、一体何なのだろう――?)


 自分にも役割が振られていることを思い出したのだ。ノートを探してポケットを漁ったけれど、大事なものだからとリュックに仕舞ったのだった。ユウキは書かれていた文言を思い出そうとする。


(「何者になるのかは君次第」って書いてあったよね……つまりわたしは何者にでもなれるはず)


 その理屈だと自分で、白雪姫主役にでもなれるのだろうけれど、条件が全く合わないから却下。


(何をしてもいいけれど、わたしは、物語を完結させないといけない……じゃあ一体何になればいいの……?)


 白雪姫という前提で。物語を前に進ませるためには――


 忘れていた登場人物の一人を思い浮かべ、それになりうる自分に思い当たったユウキはぞっとした。

 ルーカスが一歩踏み込んでもう一度問いかける。


「ユウキ殿、あなたは、誰だ?」

「わたしは――」


 喉が渇く。無理矢理に生つばを飲み込むと、喉が鳴る。


(わたしは、賀上、夕姫)


 かがみ ゆうき。ユウキは七月七日生まれで、七夕と、織姫から名前をとってある。苗字のは言わずもがな。そのままだ。

 七人の小人と魔法の鏡――名前が二つの役割を持つのは何の偶然なのだろうか。

 ユウキはだからこそ、無意識にルーカスが七人の小人であることを否定したかったのかもしれない。だって彼がその役割を担ってしまえば、ユウキは何を演じればいいのだろうか。

 答えは一つしかないような気がして震えが駆け上がる。

 怯えるユウキをルーカスは訝しげに見つめる。


「あなたはこれからどうされるのです?」


 耳鳴りのようにルーカスの問いが繰り返される。鏡になるのか、それとも小人になるのかを問われているようで、ユウキは動揺する。そして彼の前から逃げ出すと小屋にこもってノートを開いた。


(彼を助ける小人になるのか、裏切る者になるのか)


 そしてユウキが選択をした途端、世界はまた色を付けるのだろうか。それとも失うのだろうか。


『君次第だ』


 グリムの言葉が、重みを持って再生される。


(怖い)


 ユウキは小屋の壁に背をつけると、ズルズルとしゃがみ込む。

 仮にルーカスが本当に七人の小人だったとすると。次の段階に進むためには――王妃に、「白雪姫は生きている。白雪姫を殺せ」という誘惑が届かなければいけない。

 そうしてと、ユウキの帰る道は開けないのだ。

 お話の中では生き返るからいいじゃないか? とはとても思えない。

 だってもうこんなに関わってしまった。絵空事じゃない。

 白雪姫が死ぬシーンを頭に思い浮かべる。上手くことが運んで、生き返る場面が全く想像できない。

 だって、王子様がどこにいるのかもわからない。どうやってクリスを生き返らせるのかもわからないのに。とてもじゃないが、楽観視して未来を他者に委ねることなど出来るわけがない。


(じゃあ、わたしは、どうするの。クリスを助けるの。それとも――)


 頭を整理したくて、リュックサックの筆入れからシャープペンシルを取り出す。

 いつしかノートはユウキの相談相手になっていた。悩むたびに開いて、様々な葛藤の綴られたノート。自分を愛してくれない母のこと、手がかかって心配なタクヤのこと。大嫌いな物語のことも。心のおりを捨てる場所になっている。

 ノートの白いページを見つけると、箇条書きで書きなぐる。


 白雪姫を助ける七月七日生まれの《小人》になる → 帰れない?

 王妃に居場所を伝える《魔法の鏡》になる → 帰れる?


 そして二つを睨んだあと、片方を上から乱雑に塗りつぶす。ぐりぐりぐり、と。


 ユウキは仰向けに寝転がって、蜘蛛が巣を張った天井を見上げた。


(どうしよう)


 目を両手で覆う。いくら逃げても結局その分かれ道にたどり着く。逃げていてはもう、これ以上、一歩も進めないのだ。

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