第7話 白馬の騎士/Teacher on a Mermaid

「ふー、終わったー」

「お疲れ様、ご飯の準備できてるよ」

「お風呂入りたいなあ……」


 汗を拭うリンたちに労いの声を掛けると、ユウカがふとそう呟いた。


 その足元に広がるのは、屍の山……魔物たちの死骸だった。その数は百を優に超えるだろうか。流石の二人も大分疲れた様子だった。


「悪いね、二人に任せっきりにしてしまって」


 クリュセの魔法は戦いには向いていないし、私やニーナの魔法は派手すぎて竜の目を引いてしまいかねない。特に私の『魔法の弾丸』は、使えば人の姿をしていようが竜気を抑えていようが一発でバレるとギルタのお墨付きだった。


「流石にこの量を弔っていくのは無理ですね……」


 死体の間を歩きながら、クリュセが呟いた。彼女の目には、天に登っていく魔物たちの魂が見えているらしい。クリュセは狩りでも防衛でも殺すことを忌避しないけれど、代わりに必ずそうして死者の魂を迷わないように送っていく。本当なら死体も埋めてやりたいところだけど、この量を埋めるのは一日がかりでも無理だろう。


「……うちの傍より随分多いわね」

「うん。多いだけじゃなくて、強くて大きいよ」


 眉をひそめるニーナに、ユウカが言った。傍から見ている分にはいつもと同じように楽勝だったように見えたけれど、彼女がそういうのならそうなんだろう。少なくとも量について言えば間違いなく多かった。


 ヒイロ村の周辺で、百を超える魔物の群れを見かけることは極稀だ。洞窟や森の奥深くに巣を作っていて見逃していたような場合を除いて、そこまで増える前に必ず駆除している。


 けれど、ヒイロ村から離れれば離れるほど、明らかに多くの魔物と遭遇するようになっていた。


「多分、駆除が間に合ってないんでしょうねえ」


 野兎と野草のスープを配りながら、クリュセ。一応保存食も携帯しているけれど、うちには優れた狩人と森の申し子がいるせいでその日の食事に事欠いたことが一度もない。狩猟と採集の時代に戻ったようで、懐かしさを感じる余裕すらあった。


「……うん、美味しい」

「えへへ、ありがとうございますー」


 お玉を握りしめながらはにかむクリュセの前には、スープはない。肉体的には死んでしまっている彼女は、食事をとっても消化吸収できないからだ。


 一応食べること自体は出来るけれど、そのままにしておくとお腹の中で料理が腐ってしまうので、腹を割いて内臓の中から咀嚼された料理を取り出さなければならない。


 食事を用意してくれた本人だけが食べないというのも決まりが悪くて一度だけやってもらった事があるけど、二度とやらないと満場一致で決まった。


 その代わりに、彼女が作った料理を美味しく味わうことで、魂を通してその味を追体験できるのだという。本人が言ってるだけなので本当かどうかはわからないが、少なくとも美味しく食べればクリュセは嬉しそうにしてくれる。


 よく噛み、よく味わって食べるのが私たちに唯一できることであった。


 といっても意識するまでもなく、クリュセの料理は美味しい。スープには野草と兎肉の滋味がたっぷりと染み込んでいて、調味料が塩だけとは思えないほど深い味わいがある。


 肉を頬張ればややあっさりとした鶏肉のような味で、食感を残しつつも柔らかく、筋っぽかったり生臭かったりというような違和感が全くない。


 スープの中に含まれた小さな木の実にコリコリとした歯ごたえがあって、良いアクセントになっていた。


「……ん」


 皆でスープに夢中になっていると、ふとユウカが顔を上げた。かと思えば掻き込むようにスープを平らげ、地面に器を置きながら立ち上がる。


「悲鳴だ」


 言うやいなや、彼女は風のように駆け出した。私には何も聞こえなかったが、ニーナには聞こえただろうか?


 そう思って隣を見ると、「あんたには聞こえた?」と顔に書かれたエルフの美少女がいた。どうやらニーナにも聞こえなかったらしい。


「あたしも見てくる」

「待ってくれ、私も行く。ニーナとクリュセは、荷物を頼んだ」


 リンは立ち上がると、瞬く間に白馬の姿に変じてその背に私を乗せる。私は杖だけ引っ掴んで、彼女の首に掴まった。


「ちゃんと掴まっててね!」


 リンが言うやいなやその肩口からばさりと音を立てて白い翼が広がって、彼女は低空を駆け始めた。文字通り、風のような速度だ。


「……いた!」


 ユウカの姿はすぐに見つかった。正確に言えば、ユウカが相手している魔物の姿がだ。


「トロールだ!」


 トロールというのは、ノルウェーの伝承に登場する妖精の一種だ。毛むくじゃらの巨人の姿で描かれるが、小人の姿で描かれることもあり、どんな姿にも変身できて傷を負ってもすぐに治ってしまうという。


 私がそう名付けた魔物にはそんな力はなく、三メートルほどの体躯を持っているだけの大鬼でしかないけど。……そういう意味で言えば、今私が身体を預けている女の子の方がよほど本物のトロールに近い。


「せんせー、このまま行くよ」

「あっ、ああ」


 そんな事を思い浮かべた瞬間にリンから声をかけられて、私は慌てて頷いた。

 変身能力なんて持っていないとは言っても、その巨躯から繰り出される一撃はゴブリンなんかとは比べ物にならないほどの脅威だ。


起動Awake!」


 起動呪文を唱えるやいなや、私の杖に光の線が走った。それを思い切り振り回し、リンの勢いを借りながら叩きつける。それだけで、トロールの巨体はボールのように跳ね飛ばされていった。


 精霊魔術のような外部に干渉する魔術に比べ、物質を強化する付与魔術は感知しにくい事がわかっている。そして思い切り力を込めた私の杖は、ちょっとした兵器みたいなものだ。


 刃筋などないただの杖だから、反射神経も技術も要らない。避けても防いでも杖の纏った魔力でまとめて吹き飛ばす、極めて力任せの魔法だ。


「お兄ちゃん、ナイスっ!」


 跳ね飛ばしたトロールたちが起き上がるより先に、赤い風が吹いた。トロールたちに襲われていた女性の守りに徹していたユウカが、攻勢に転じたのだ。


「ご無事ですか?」


 とりあえずトドメはユウカに任せておけばいいだろう。私はリンの背から降り、地面に座り込んだ銀髪の女性に手を差し出した。しかし彼女は差し出された手にも気づかないように、ぽかんとしてただ私を見つめる。


「どうしましたか?」


 見たところ大きな傷はないようだが、いつまでも立ち上がらないということはどこか痛めているのかも知れない。ニーナのところまで連れて行って治療してもらうべきだろうか。


 そんな事を考えていると、彼女は。


「……先、生……?」


 そう、私を呼んだのだった。

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