第24話 親子/Family

「わたしは……人間でないことは確かです。エルフでも、竜でもありません」


 己の角を掴みながら、クリュセは切々と訴える。


「リン姉……何十年も世界を旅した人も、聞いたこともない遠くの国からやってきた旅の人も、わたしみたいに角の生えてる人間なんて見たことないって言います」


 ああ、そうか。

 クリュセが、ニーナの反対を押し切ってまで私についてきた理由。

 それは、これを聞きたいという、ただそれだけだったのだ。


「お祖母さん。お祖母さんなら……何千年も生きた竜なら、わたしが何なのか、知っていますか……?」


 切実な想いを秘めた瞳で己を見るクリュセを、母は優しげに見つめ返す。


「クリュセちゃん。ごめんなさいね。私は……それに答える方法を、知らないわ」


 そしてその答えに、クリュセの瞳が失望の色に染まった。


「けれどね。あなたは、あの子と……ニーナちゃんの子よ。例えそれが、普通の命の営みとは違っていても。それじゃあ、駄目かしら?」


 ゆったりとした母の言葉を、噛みしめるようにクリュセは目を閉じる。


「――はい」


 そして、やがてはっきりと頷いた。納得したわけではないであろうことは、その表情を見ればおおよそ察せられる。けれども彼女はそれをある程度飲み込むことができたらしい。


「さあさあ、今度はあなた達が教えて頂戴。今までうちの息子が、何をしてきたのか」

「任せて」


 雰囲気を変えるように明るい声を出す母に、ニーナがすぐさま請け負った。


「……お手柔らかにね」


 私は苦笑しながらそう言ったが、ニーナはそれを聞き入れることなく。


 竜としての私の生涯の大半を知る相棒は、実に楽しそうに私の人生の汚点を洗いざらいぶち撒け始めたのだった。



 * * *



「ああ、楽しかった。こんなに楽しかったのは何年ぶりかしら」


 その翌朝。一晩を母の山で過ごした面々は、すっかり意気投合して笑顔を浮かべていた。


 ――散々黒歴史を暴露され憔悴しきった私を除いて。


「うん。楽しかった」

「わたしもです!」


 ニーナとクリュセも、私と出会う前の話を聞けてご満悦だ。


「ねえ、また遊びに来てもいい?」


 ニーナがそんなことまで言い出したので、私は驚きに目を見開いた。彼女が他人にこんなに懐くのは珍しい。


「それは、無理かしらね」


 けれど返ってきたのは、否定の言葉だった。


「どうして?」

「私はそろそろ、ここから離れるからよ」


 断られるとは思っていなかったのだろう。悲しげに尋ねるニーナに、母は諭すように答えた。


「住処を中心として、一日で飛んでいける範囲。それが、竜にとっての縄張りです。その範囲に他の竜が入ることは敵対を意味するけれど……」

「我々の村、思いっきり母上の縄張りに入ってますね」


 なにせ私の翼でも数分の距離だ。母ならばもっと短時間で来れるだろう。


「この辺りに住んでいる竜は緑や青が多くて、幼い竜には少し危険なのよね」

「初耳なんですが!?」


 私の顔から、さっと血の気が引くのがわかった。

 この世界に、竜というのは五種類いるらしい。白、黒、緑、青、赤。それぞれ氷竜、沼竜、毒竜、雷竜、火竜とも呼ばれている。白が最も小さく弱く、赤が最も大きく強い。といっても、普通の生き物にとっては白竜でも十分脅威だ。


「今のあなたなら大丈夫よ。十分に成長した……あなた達の暦で言うなら、千年程度を生きた火竜に挑むものなんて、私たち火竜自身を含めてまずいないわ」


 私は唐突に、その事に気がついた。母の体格は私の倍近くもある。

 逆に言うなら、私は母の半分以上の大きさを持っているということだ。


 本気で戦えば、十中八九は負けるだろう。……けれどそれは、十中に一つ二つは勝てるということでもある。少なくとも、一方的な蹂躙ではなく、戦いにはなる。


 であればどれほど貪欲な火竜であっても……いや、貪欲だからこそ、火竜同士で戦いを挑んだりはしないのだ。なにせ、もっと楽に手に入れられる土地は、世界中にいくらでもあるのだから。


「だからね、私はここを離れなければならないの。親子といえども、竜の縄張りが重なっていてはいろいろと不都合が起こる。ましてやあなたの風変わりな巣は、もっともっと大きくなっていくんでしょう?」

「……ですが」


 それではまるで、母を追い出すようではないか。


「これは当たり前のことなのよ。火竜は子が十分に成長するまでそばで見守って、時が来れば場所を移る。私だって、そうしてこの場所を譲り受けた。今度はあなたの番が来た。ただそれだけよ」


 釈然としない面持ちで見つめる私に、母はそう言い聞かせる。

 その言葉を聞いて、私はハッと気づいた。


「……わかりました」


 ヒイロ村の人々を、いつか己の手を離れると知りつつ私はずっと見守ってきた。

 けれどそれは、母もまた同じだったのだ。

 私が感じた喜びと寂しさを、彼女も今味わっているのだろうか。


 私達が火山から外へと出ると、洞窟からまるでロケットのように母の巨体が飛び出していく。まるで花火のような美しいその光景に目を奪われながら、私はふと何か違和感を抱いた。


「げんきでねー!」


 クリュセが叫び大きく手を振ると、母はそれに答えるように空中を二度、三度旋回して北の方へと飛んでいく。


「……なんであんなに涼しかったんだ?」


 しかし私はそれよりも、違和感の方に注意がいっていた。

 母が待っていた大広間は、やけに温度が低かった。そうだ、本来あそこはマグマが煮えたぎっていて、普通の生き物なら耐えられないほどに暑かったはずだ。


 なのに、ニーナもクリュセも快適に一晩過ごせるほどに涼しく、昔は流れていたはずのマグマもどこにも見当たらなかった。


 ――まさか。


 嫌な予感が、私の胸を過ぎる。そんなはずはない。竜には、寿命なんて無いはずだ。あれが、母の衰えを示しているなんてことは……


 私がその考えに至ったその時、遥か彼方、空の向こうを飛ぶ母の姿が不自然に傾いで――


 そして、凄まじい衝撃が、私達を襲った。


 眼の前の火山が、噴火したのだ。


『ごめんなさーい』


 母が、空中で後ろを向きながら、よく通る声でのんきに言った。


『火山の元栓、締めてたの忘れちゃってたわー』

「ガスコンロじゃないんですよ!?」


 あの様子なら、一万年でも二万年でも余裕で生きてそうだ。

 私は必死に翼で降り注ぐ火山弾からニーナたちを守りながら、怒鳴り返した。

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