第17話 滅びの化身/Warmy Wurm

「あそこですよ、ノキアさん!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねるように、軽やかな足取りでクリュセが私たちを先導する。金の髪が風になびき、陽の光を浴びてキラキラと輝く。こうして光に照らすと、彼女の髪は純粋な金色ではなく、少しピンク色が混じっているのがよくわかった。


 彼女が大角鹿の檻に近づくと、がしゃぁん、と盛大な音が鳴り響く。クリュセの姿を目にした大角鹿が、その角を思い切り柵に叩きつける音だ。


「あれが大角鹿だよ」


 途端、慌てて私の方に駆け寄ってくるクリュセの頭を撫でてやりながら、私はノキアにそういった。


「ほ、ほんとに野生のクルエルじゃないですかー!」


 二度、三度と角を柵に叩きつけて、大角鹿は無駄だと悟りブルルと鼻を鳴らしてそっぽを向く。もう四百年近くも飼育してると言うのに、相も変わらぬ人に懐かなさだ。


「えええ……逃げ出したりしないんですか、これ」

「たまにするわね」


 恐怖に顔を引きつらせながら言うノキアに、ニーナはあっさりとそう答える。


「するんですか!?」

「まあ、逃げたら捕まえればいいだけだから」


 ただの動物なんだから、暴走した精霊に比べればどうということもない。私がそういうと、ノキアは信じられないものを見るような顔つきで私を見た。


「というか……この柵、何で出来ているんですか? クルエルの角の一撃で破壊されないなんて」

「ヒガネよ」


 柵を見つめるノキアに、ニーナが短く答える。


「鉄に、ヒヒイロカネっていう金属を混ぜ合わせたものだよ」

「ヒヒイロカネ……」


 ヒヒイロカネは希少だし、鉄と混ぜた方が強度は格段に高くなる。そうして作ったものが緋金ヒガネだ。


「それってもしかして、炎のような真っ赤な色をした、鉄より少し重い……金属ですか……?」

「多分それだと思う」


 赤褐色ならともかく、炎のような赤色となると他にはない。


「火竜鋼じゃないですか!」


 ノキアは絶叫した。


「なんで、なんでそんなものを家畜の檻に使ってるんですか!?」

「頑丈だからだけど……もしかして、まずかった?」


 私が反射的に思い浮かべたのは、毒だ。古代ローマにおいて、水道管に鉛が使われていたため鉛中毒が発生した、という説がある。そんな毒がヒヒイロカネにもあるなら、それは厄介なことになりうるかもしれない。

 なにせ、既にヒガネは村の至るところで使われているからだ。


「まずいというか……いえ、まずくは、ないんですけど……むしろ用途を考えるなら最適な金属ではありますけど」


 私の顔と柵とを交互に見比べ、ノキアは言葉を濁す。


「その、盗まれたりはしないんですか……?」

「盗む? 何のために?」


 家畜の檻を盗んで何の意味があるのか、私にはさっぱりわからない。


「火竜鋼は極めて貴重な金属です。少なくともマシロでは、小指の先ほどの量でも十年は遊んで暮らせます。それを……こんな場所に、こんなに大量に、無造作に置いてあるなんて、信じられません」


 私は首を傾げた。確かにヒヒイロカネは希少な金属ではある。けれどそれは鉄や銅に比べての話であって、金や銀の方がもっと少ない。その金銀にしたってそこまでの価値はないんだけど……


「えー、じゃあ、お父さんがいつも使ってるフライパンってすっごく高いってことですか?」

「そういえばあれ、全部ヒヒイロカネで出来てるもんなあ」

「私昨日そんなもので調理したものを食べさせられていたんですか!?」


 クリュセがぶらんと私の首にぶら下がりながら言うと、ノキアは目を剥く。


「いや、丈夫だし、熱の通りはいいし、焦げ付かないし、便利なんだよ」

「でしょうね!?」


 ノキアは自分の身体を抱きしめるようにして、空を見上げる。


「火竜鋼は……その名の通り、火竜が住む山でしか取れない金属です。それがそんなに大量に取れるということは……この近くに火竜が住んでいるということです」

「へぇ、そうだったんだ」


 なるほど、それは道理でたくさん取れるわけだ。しかしヒイロ村周辺で取れるっていうことは、火竜が選ぶような山にある金属ではなく、火竜が住んでいると自然と湧いてくる金属、ということになる。どういう仕組みなんだろう。


「恐ろしくないのですか……!? 火竜といえば、滅びの化身、いくつもの国を滅ぼしてきた、生ける災いそのものなんですよ……!」


 力説するノキアに、ニーナが思わずと言った感じで吹き出した。釣られるようにクリュセも笑い、私も苦笑する。


「な、何がおかしいのですか……?」

「心配することはないわ。この辺りに住んでる火竜は……えー、何ていうか……まあ、大人しい奴なのよ」


 よほどおかしかったのか、目の端に浮かんだ涙を指先で拭いながらニーナ。そんなに笑わなくったっていいじゃないか。


「大人しい……火竜……?」


 ありえない単語を聞いた、と言わんばかりのノキア。

 私は自分以外の火竜を一人しか知らないけど、母も結構大人しいとは思うんだけどなあ。


「そんな、空を飛べない鳥や泳げない人魚のような存在がいるとはとても思えませんが……」


 空を飛べてお風呂で溺れる人魚と一緒に、君は昨日ご飯食べてたよ、と言ったら彼女はどんな顔するだろうか。


「けれどもし本当に火竜のそばにあり、かつ無事でい続けているなら……こんなところに人間の街が出来うるのも、理解できます」

「こんなところってどういう意味よ」


 ややムッとした声色で、ニーナ。


「火竜からさえも目を零されているなら、出会ったこともないのかも知れませんね。この世界には獰猛な生き物が無数に住み……私たち人間は、常に脅かされているのです」


 ノキアは真剣な表情で言う。


「獣の下半身を持つ獣人。四本の腕と鱗に覆われた身体を持つ鱗人。人を惑わせ狂わせる蝶人。そして山の如き巨躯を持ちすべてを滅ぼす巨人。この街は、そんな怪物たちの住処に囲まれているのです」


 私とニーナが思わず顔を見合わせたのは、言うまでもない。



 * * *



 言葉で説明するより、見てもらった方が早いだろう。そう判断した私は、ノキアを連れて学校へと向かった。クリュセに頼み、実例を呼び集めてきてもらう。


「お呼びになりましたか、先生!」

「じ……人狼!?」


 駆け寄ってくるアラに、ノキアは悲鳴のような声をあげた。


「待ってよお、アラくんー」

「人羊まで!?」


 その後を追ってぽてぽてと走るメルの姿を見て、ノキアは更に目を剥く。


「こんにちはぁ、せんせぇ」

「いきなり呼びつけて、一体何の用?」


 そして校舎の影からぬっと現れたルフルとティアを目にするやいなや、彼女は纏ったマントの下に手を差し込む。流れるような動作で取り出されたそれを、私は知っていた。


「撃つな!」


 短い私の言葉にノキアはびくりと身体を震わせて、しかし動きを止める。


「大丈夫だ。皆、敵じゃないし、君に危害を加えることもない。だから、それを、下ろすんだ」


 緊迫した表情のノキアを落ち着かせるよう、私はゆっくりと告げる。他の皆はキョトンとしながら、それを見守っていた。それもそのはずだ。私以外の誰も、それを見たことなど無い。武器であることすらわからないのだろう。


 木でできた本体に、円弧を描く金属製の弓。引き絞られた弦に、設置された短い矢。

 私の知るものより幾分小型ではあるものの、それは間違いなく、クロスボウと呼ばれる類の武器だった。


「す……すみません」


 ノキアは私の言葉に従い、おとなしくそれを収める。マントの下に、クロスボウを収納するホルスターがあるのが見えた。


「いや、驚かせようと思って説明しなかった私たちが悪いんだ」


 まさかそんな物騒なものを隠し持っているとは思いもしなかった。まあ撃ったところであんな小さな矢では『巨人の力』に守られたルフルには傷を負わせられるとも思えないけど。


「……ただ一応、矢だけ預からせて貰えるかな」

「あ、はい。そうですね」


 私がそう頼むと、ノキアはあっさりとホルスターごと私にクロスボウを渡した。


「弓自体は持っていてもいいんだよ」

「いえ、凶器を持った人間が目の前にいては落ち着かないでしょう。事実今、攻撃しかけてしまったわけですし……」


 それに、とノキアは視線だけをぐるりと周囲に回し、


「この状況だと、そんなちっぽけな武器一つあるより、ワタシに敵意はないと理解して頂く方が生存率高そうです」


 そう言って、泣きそうな笑顔で両手を上げてみせた。

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