第13話 革新/Innovation

「つまり……私達が今まで精霊と呼んでいた存在。ウンディーネやジャックフロスト、サラマンダーと言ったものと、ただの自然現象だと思っていた存在……火や水の塊が本質的に同じものだとするなら。ただの自然現象みたいな存在――便宜的に、小精霊とでも呼ぼうか。小精霊にも、使令を覚えさせることが出来るはずなんだ」


 もし覚えられないとしても、問題ない。精霊を呼び出すというのは自然現象を自分の思い描く形で切り取るもの。


 つまり、使令を覚えられる存在として小精霊を切り出せばいいのだ。


「複雑な動作を一つの使令として覚えさせることができれば、長々と呪文を使う必要がなくなるはずだ。それこそ、付与魔法と同じように扱える」


 興奮気味にまくしたてる私がふと我に返ると、眼の前にはクエスチョンマークを貼り付けた顔が並んでいた。


「試した方が早いんじゃない。メル、火を出してアレに当てて見てよ」


 イニスが両手をくねらせると、ソファの中から一対の篭手……『透明執事』が現れて宙を舞った。


「当たっても火は消さないようにね」

「うん、やってみる。炎さん、炎さん、お空を飛んで、イニスちゃんの透明執事さんにぶつかって!」


 メルが呪文を唱えると、彼女の手のひらに浮かんだ炎が『透明執事』に向かってまっすぐ飛んでいく。しかしそれが当たる直前で、イニスは『透明執事』をひょいと動かしそれをかわした。


「当たって!」


 追加でメルの指示が飛ぶと、炎は空中で軌道を変えて『透明執事』に直撃した。


「ん、上出来。じゃあ今の動きを、あの火に覚えさせて。使令は……」

「『当たれHit』にでもしようか」


 ちらりと私の方を見るイニスに、そう答える。


「じゃ、それで」

「うん、わかった。あのね、炎さん……」


 メルはとてとてと透明執事を包む炎に近づくと、なにやら話しかけ始めた。燃え盛る空飛ぶ篭手に話しかけるその姿は、なかなかにシュールだ。


「大丈夫だと思う!」

「じゃあ火消して、こっちに戻ってきて」


 メルが炎に向かってバイバイと手を振ると、炎は音も立てずにかき消える。


「火を出して、当たれって使令を下してみて」

「うんっ。炎さん、出てきて」


 メルは手のひらに炎を浮かべ……


当たれHitっ」


 使令を下した瞬間、それは空中でくるんと方向を変えて、メルのすぐ横にいたリンに向かって突進した。


「うわっ!」


 私は反射的にリンを抱きかかえて庇う。炎の塊が背中に当たって、その衝撃に私はぐっと呻いた。私は本質的に火竜だからどれだけ熱かろうと火傷を負うことだけはない。が、重さなんてあるはずのない炎なのに、鉄球がぶつかったような痛みがあった。


「せ、せんせー、大丈夫!?」

「ん。平気さ、私は火竜だからね。それよりも、リンには怪我はない?」


 青ざめるリンに、私は笑ってみせた。多分これ、痣くらいにはなってるだろうなあ。またニーナに怒られるだろうけど……


「う、うん……」

「なら良かった」


 頷くリンに、私はほっと胸をなでおろした。彼女が無事なら、それに越したことはない。


「……ねえ、せんせー」


 リンはどこか真剣な表情で私の顔を見つめ、名を呼ぶ。


「なんか……前、今と同じようなこと……」

「せんせええええ! ごめんなさいいいいいいい!」


 その時、大質量のふわふわもこもこしたものが横合いから突進してきて、私は再びうめき声をあげた。


「メルは、メルは……!」

「はいはい、落ち着いて。今のはただの事故だよ。大丈夫、魔法の実験にはつきものだ」


 ぎゅうぎゅうと抱きつき、ぐいぐいと押し付けられる柔らかな感触を引き剥がそうとメルを宥めるが、彼女はえぐえぐと泣くばかりだ。


「なかない、でー」


 するとクリュセがメルの服をくいくいと引っ張って、その小さな体をいっぱいに伸ばした。


「クリュセちゃん……?」

「すわってー」


 クリュセに言われるがままにメルはその場に座り、更にジェスチャーに従って頭を垂れる。するとクリュセは、その頭を不器用な仕草でぐりぐりと撫でた。


「クリュセちゃぁぁぁん! ううっ、慰めてくれてありがとうねえぇぇぇ」


 メルは感極まってクリュセを抱きしめる。


「埋まってる埋まってる」


 そのたっぷりとした双丘に埋もれるクリュセを、イニスがさり気なく救出してくれた。


「……今のは多分、指定が悪かったんだな」


 そんなやり取りを横目にしながら、私は何が行けなかったのかを考える。炎が飛んで行くところまでは再現できたのだから、小精霊に使令を下すこと自体はきっと出来ていたのだろう。


 だが、イニスの透明執事に当たれというところまでは理解できなかった。そもそも、ものの名前をあげて当たれというのは応用も効きづらい。もっと直感的でシンプルな命令が良いだろう。


「指さしたものに当たれ、とか?」

「うーん……」


 リンの提案に私は悩んだ。なにせ指は何本もある。普通なら伸ばした人差し指の方向に向かうだろうが、精霊は結構悪戯好きだ。折り曲げた指の方向に向かったりしたら、自分が痛い目にあうことになる。


「こういうのを使った方がわかりやすいかな」


 私は懐から指示棒を取り出した。最近はあまり使っていなかったけれど、授業をする際、黒板の内容を指し示すのに使っていたものだ。


「メル、今度はこれを使ってやってみてくれないか?」


 私は指示棒をメルに渡しながら言った。


「それとできれば、今度は炎じゃなくてもっと危なくないもので」



 * * *



光球Light Ball


 ふんわりとした球状の明かりが、石を投げる程度の速度でユウカに向かう。


「わっ。なにこれ」


 ユウカはするりと身をかわすが、光球は彼女の視線も体勢もお構いなしに、ただ磁石が引きつけられるかのように飛んでいく。


 かと思った次の瞬間には、光球は上下に真っ二つになって溶けるように消え、ユウカの手には石剣が握られていた。私にはいつ抜いたのすらわからなかった。


「びっくりしたー。今のなに? 呪文なかったよね」


 私としては追尾してくる光の球を避けてから切り捨てられる方がびっくりしたんだけど。


「今のは……メルがやったのか?」


 ユウカとともに姿をみせたアラが、大きく目を見開いて指示棒を構えたメルを見つめる。


「そうだよー」

「凄い! あのユウカ先生に、ただ一手で剣を抜かせるなんて!」


 誇らしげに胸を張るメルの手を、アラは興奮した様子で握った。


「あのね、せんせが、これならアラくんにも使えるかもしれないって」

「本当ですか!?」


 かと思えば、即座に私の方に詰め寄ってきた。顔が近い。


「多分ね。精霊を呼び出すよりは、簡単なはずだから……」


 生き物の姿をした精霊……大精霊を呼び出すのに比べれば、小精霊を呼ぶのは遥かに簡単で、誰にでも出来る。それは使令を追加した場合でもそれほど大差がないようだった。


「メル、もう一回、光球を出してくれるか? で、ユウカはしばらく避けてて」

「はーい。光球Light Ball

「えっ、ちょっと」


 メルは指示棒の先端でユウカを指し示し、短く小精霊の名を呼ぶ。最初は光の小精霊を呼び出してから使令を与えていたのだけど、そもそも呼び出すときの名前に使令を織り込んでしまう方が簡単だと気づいたのはイニスだ。


「アラ。さっきメルが呼んだ通りの名前で、この精霊を呼んでみてくれ」

「はい、アラくん。これでユウカせんせを指して呼ぶのよ」

「わかりました、やってみます」


 メルから指示棒を受け取り、アラは器用に光の球を避け続けるユウカを指す。


光球Light Ball!」


 その棒の先から、メルが出したものと寸分違わぬ光の球がもう一つ現れて、ユウカを襲った。


「素晴らしい、成功だ!」


 私は目を見開き、ぐっと拳を握りしめた。


 以前メルは、私が呼び出したナック・ラヴィが出ている状態でもう一体のナック・ラヴィを出してみせた。あまりの訳のわからなさに頭を抱えたけれど、よくよく考えてみればその概念を私は知っていた。


 分霊だ。


 神道において、神は無限に分けることができ、力を分けても元々の神の力が減ってしまうようなことはなく、分けられた方の神も同じ力を持つとされる。この分けられた神を、分霊だとか、分け御魂と呼ぶ。


 思うにこの世界の精霊は、それと同じか近い性質を持っているのだろう。試しにメルに頼んだところ、彼女は何体でもナック・ラヴィを呼び出すことが出来た。


 けれど大精霊の制御は大変だ。精霊は気まぐれで、人を遥かに超える力を持っている。メルのように精霊に愛されているものならともかく、大精霊を呼び出して使役するのは常に思わぬ事故の可能性がある。他人の作り出した精霊を操るとなると尚更だ。


 だけど、小精霊ならそんな心配はない。意思は持っていても、感情は持たないからだ。使令を覚え込ませるのはメルのように才能がいるけれど……


 既に使令を覚えた後の精霊をただ呼び出して使うだけであれば、さほどの才能は必要ない。


「ねえお兄ちゃん、これいつまで避けてればいいの?」


 別々の軌道を描いて飛び回る光の球をなおも回避しながら、ユウカ。その声に私はようやく我に返った。


 あの光の球は、物理的な破壊力は全く持ってない。ただ明るいだけだ。だから当たってしまえばおしまいになるんだけど……


「ねえ、いくつまで避けてられるか試してみようよ!」


 止めてあげて、と私が言う前に、リンがそんな事を言いだした。

 そしてアラから指示棒を借りて、光球を打ち出す。それを受け取って更にイニスが飛ばし、クリュセまでもが飛ばし、私にも手渡されたので仕方なくもう一つ放って、四方八方から飛来する六つの光球を、しかしユウカは避け続ける。


「あと三、四個は余裕かな」


 それどころかそんな事を言い出す始末だ。


「……とんでもないね」


 イニスが、硬い声色でつぶやく。


「ねー、流石ユウカ先生だね」


 リンが嬉しげな声でそう返すが、イニスが言いたいのは多分そういうことではない。


「ねえ、先生」


 ふわりとソファが私の横に浮かび、イニスが表情を引きつらせて言う。


「これって何ていうか……わたしたち、とんでもない瞬間を目の当たりにしてるよね?」

「……ああ。多分、そうだね」


 今までの魔法の時代が終わりを告げることを、私とイニスだけが理解していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます