第12話 茶色妖精の服/Brownie Hood

「これは?」

「……精霊、かなあ」


 リンがふわふわと宙に浮かべた水を見つめ、メルは眉根を寄せながら自信なさげに答える。


「これは?」

「精霊じゃない、と、思う……」


 私が木切れに移した炎を見せれば、半人半羊の少女はふるふると首を振り。


「じゃあこれは?」

「うう、なんか、わかんなくなってきたよー」


 コップの中に湛えられた水を見せられて、とうとうメルは音を上げた。


 彼女が、どんな魔法は精霊由来であると感じ、何をそうでないと思うのか。

 色々とテストはしてみたものの、その結果はあまり芳しいものではなかった。


 彼女とて別に根拠があっていっているわけでもない。ただの直感だ。


「なんか単に適当に言ってるだけのような気がしてきた……」


 リンが疲れた様子で呟く。それも無理のないことだ。

 アラの作った影の槍は精霊魔法ではないが、リンが作った水の剣は精霊魔法だという。ならばと炎の剣を作り出せばそれは精霊魔法ではなく、風を吹かせればそれは精霊魔法で、石を重くして見せればそれは精霊魔法ではない。


 なんだか、奇妙なクイズをしているかのような気分になってきた。


 ニーナも説明が下手な天才肌だけど、彼女は説明が下手なだけで説明自体はしてくれる。見ればわかる、とか、なんとなく感覚で、とか、説明になってない説明を。ニーナに言わせてみれば、わからない私たちの方がおかしい、というのだ。


 けれどメルの場合、なぜ自分がわかるのかすらわかっていない。見た目で判断してるのか、それとも私たちには感じられない何らかの感覚があるのか、あるいは一種の魔法なのか。それすらわからないのだ。


 当然、頻発するリンの「なんで?」にも彼女は一切答えることが出来ず、やり取りすればするほど互いに疲弊するばかりであった。


「ちょっと休憩しようか……」

「そうだね」


 我々が不毛なやり取りを交わしている間、ユウカとアラは再び稽古に励み、クリュセの面倒はイニスが見てくれていた。もう少し正確に言うと、我々のやり取りが不毛に終わることを素早く察知したイニスが、子守役を買って出て一抜けした、というべきだろうか。


「イニス、ありがとう」


 とは言え子供の面倒を見るというのはそれほど楽なことでもない。特にクリュセは、文字通り何をするかまったくわからない子だし、見ていてくれるのは有り難いことだ。


「ほら」


 イニスが何やらニヤニヤしながら、クリュセの背中をぽんと叩く。


「おつかれさま、おとうさん」


 無邪気な笑顔とともにクリュセの発した言葉に、私は心臓を撃ち抜かれるような衝撃を受けた。


「も……もう一回言ってくれる?」

「おつかれさま、おとうさん」


 おとうさん。

 この世にごくごくありふれているであろうその呼び名は、しかしとてつもない破壊力を秘めていた。


「……イニスが教えたの?」


 私もニーナも、そんな風に呼んだことはない。となれば目の前でニヤついてる少女の仕業であることは想像に難くなかった。


「流石に『先生』はないでしょ」

「うーん……」


 正直、私はヒイロ村の皆を自分の子供のように思っている。勿論直接面倒を見、育てているクリュセがその中でも特別であることは否めないけれど、愛情の量に差はあっても質は同じだ。他の皆からは先生と呼ばれ続けてきたんだから、クリュセからもそう呼ばれることに違和感はない。


 ない、のだが……


「もう一度、お父さんって呼んでくれる?」

「おとうさん」


 素直に復唱するクリュセの言葉は、何とも言えず面映い。しかしそれはけして不快な感覚ではなかった。


「おみず、のみたい」


 クリュセが机の上に置かれていたコップを両手で手にとって、それを口に運ぼうとする。


「おっと、それはさっきリンが出した水だから。リン、水差しを……」


 取ってくれないか。そう言おうとして、私は硬直した。今、なにかが頭を過ぎった。

 何らかの答えが手のひらに触れて、指の間をこぼれ落ちるような感覚。


「どうしたの、せんせー?」


 リンが首を傾げながらコップの水を無造作に捨て、水差しから注ぎなおしてクリュセに渡す。

 捨てられた水はそのまま、蒸発するように掻き消えて、濡れた後さえ残らない。


 魔法の効果というのは基本的に長持ちしない。魔法で作り出した水も同様で、うっかりそれを飲んで喉を潤すと、後で苦しむ羽目になる。だから私はクリュセを止めた。


 私やリンの変身魔法のような例外を除いて、効果が切れれば元々なかったかのように消え失せてしまう。この街に住む者なら皆が知ってる、魔法の大原則だ。


 だが、それが間違っているとしたら?


 消えてしまうのは、それが魔法だからではなく……


「リン。もう一度、水を出してくれないか?」

「え、うん。……水よ」


 クリュセの飲み終わったコップを机において、その中にリンが出した魔法の水を注ぎ入れる。


「このコップは、この水を入れるためのコップだ。そう言ってくれないか?」

「このコップは、この水を入れるためのコップです……どういう事?」


 リンは不思議そうに眉根を寄せながらも、私の言葉を言われたとおりに繰り返す。


立ち去れgo away


 私が命ずると、水は立ちどころに消えさった。

 注がれたコップごと、だ。


「あっ、そっかあ。お水さんに、コップをあげたんですねー」


 リンとイニスが目を見張る中、呑気な声でメルが言った。


「メル、やっぱり君は気づいてたのか」


 溜め息をつきたい気持ちで、私は半人半羊の少女を見やる。

 そしてリンに、もう一回水を呼び出してもらうように頼み……


「これも精霊なんだって」


 そして現れた、コップに入った水を掲げて、私はそう言った。


 精霊に贈ったものは、身につけられるような大きさのものに限るが、精霊の一部となって出たり消えたりするようになる。それは数年前、メルが見つけた法則だ。


 私はこれを茶色妖精の服ブラウニー・フードと呼んでいる。イギリスに伝わるブラウニーという妖精は、フード付きの服を贈られるとそれを自分のものにして消えてしまうという逸話に基づくものだ。


「最初からそう言ってたじゃないですかあー」


 メルは子供っぽい仕草で、ぷっくりと頬を膨らませて抗議した。

 まったくもってその通りだ。


 私は、彼女のいう「精霊である、精霊じゃない」という言葉を、精霊の力を使っているかどうか、という意味合いで捉えていた。


 だがよく考えてみれば、メルはそんな事は一回も言ってない。

 宙に浮かぶ水の塊を指して、これは精霊だ、と言ったのだ。


「魔法によって切り取られ、生き物のように振る舞うようになった意思持つ自然現象。それが精霊だと思ってたし、君たちにもそう教えてきたと思う。けれど、それで十分じゃなかったんだな」


 意思なんて持たずただの水にしか見えないこれも、立派に精霊だったんだ。


 ……いや。リンが以前言っていた。この世の全ては意思を持っていると。そして精霊なんて顕現せずとも、川の流れは不安定な挙動を取る。とするなら、このコップに入った水すらも、意思は持っているんだ。

 ただそれを伝える機能を持っていないだけで。


「でも、せんせーが出した炎は精霊じゃないって……あっ」


 私が答える前に、リンは自力で気づいたようだった。


「そっか……! 炎よ。ねえメル。これは精霊?」


 リンが手のひらに生み出した炎に、メルはこくんと頷いた。ものすごく単純な話だ。私が出す炎は、私の中で燃え盛っている本物の炎。精霊の炎じゃなかったのだ。けれどそれが、話を余計にややこしくしていた。私がいなければもっと早く気づいただろうに……


「……ねえ、それさ」


 一連のやり取りをじっと見ていたイニスが、不意に真剣な表情で口を開く。


「なんか……うまく使って、付与魔法と似たような事できないかな」

「どういうことー?」


 イニスの言う意味がわからなかったのか、メルは首を傾げる。


「そうか!」


 付与魔法の利点は、ただ一語で発動できることだ。

 けれど私は、それと似たような事を他の魔法で出来る魔法使いを、一人知っている。


「使令だよ、メル。もしこの精霊にも、使令を覚えさせることが出来たら……」


 私の言葉にメルははっとして、ごくりと喉を鳴らす。


「つまり……」

「ああ」


 彼女の理解が得られたと見て、私はこくりと頷いた。


「どういうこと……?」


 得られていなかった。

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