第7話 生ける屍/Undead

「ルフル!? 一体何があった!?」

『おばけが出て……ティアが、大怪我してるの!』


 おばけ? 一体何のことだ?


「わかった、すぐ行く!」


 わからないが、ただごとではない。ルフルの叫びにそう判断した私はすぐさま窓に駆け寄ると、校舎の三階から飛び出した。


「ニーナに連絡を!」


 空中で竜の姿に変身しながら叫ぶ。するとその背中に、重いものが三つどすんと降り注いだ。


「先生! 俺たちも行かせて下さい!」

「ニーナ先生への連絡は、ナックにさせますねー」


 アラ、メル、そしてイニスの乗ったソファだ。

 『おばけ』というのが何者なのかはわからない。だがあのティアが大怪我を負い、ルフルが助けを求めるほどの相手だ。竜であるという事以外、私は戦いはからっきしである。ついてきてくれるのは正直に言って有難かった。


「……いや、いくらわたしだって、生命がかかってるって時に面倒くさいとは言わないよ」


 とはいえイニスまでいるのは意外だ。そう思って彼女に視線を向けると、彼女はぷいと視線を反らし、言い訳するかのように言った。


「――ありがとう。じゃあ、しっかり掴まっててくれよ。ちょっと急ぐぞ!」


 私は翼を大きくはためかせ、一気に上空高く舞い上がった。ぎゃあ、と背中から聞こえる悲鳴はイニスのものだろう。高く嬉しそうな歓声はメルか。


「我が鱗よ、巨人の少女が掻き抱く、汝の対を指し示せ!」


 鱗を一枚千切り取って呪文を唱えると、それはまばゆい一条の光の帯を村の果てへと放った。私はそれを校舎の屋根に取り付けると、光の先へと向かう。ニーナは察しが良い。きっとこれで理解してくれるだろう。


 ヒイロ村は、ずいぶんと大きくなった。実のところもうとっくの昔に村と呼ぶにはふさわしくない規模で、幾つかの村に分かれている。元々のヒイロ村を囲むような形で、森や川、丘のような住みにくい場所を隔てて別の市街区が広がっているのだ。


 ルフルが助けを求めてきたのはその端の端。最北端に位置する山に近い森の中からだった。私の翼で全力で急いでも、数分かかる距離だ。


「ルフル!」


 遠くからもよく見える彼女の姿を認め、私は叫びながら翼を折りたたんで急降下する。背中から聞こえてくる悲鳴はお構いなしだ。

 ルフルは地面にうずくまり、何かを庇うようにしてぎゅっと背中を丸めていた。


「なんだ、これは……!?」


 その周囲を、何匹もの黒い影が取り囲んでいた。

 ルフルの手足には細かな傷が幾つも走り、血が流れている。


 つまりこいつらは、『巨人の力』で守られたルフルの身体に、傷をつけられるということだ。


「吹き飛べ!」


 私は翼をはためかせながら、短く呪文を唱えた。途端、凄まじい風が吹いてルフルの身体に群がる影を吹き飛ばす。影たちはぐしゃりと音を立てて、地面に叩きつけられた。


「大丈夫かい、ルフル」

「せんせぇ……ティアが、ティアが……!」


 ぼろぼろと涙を流しながら、ルフルがその大きな手のひらを私に差し出す。

 その上には、血を流しながらぐったりとするティアの姿があった。ルフルは彼女を庇っていたのだ。


「ごめん……先生、私、ヘマ、しちゃった……」

「喋らないで、ティア。傷に障る。すぐ、ニーナが来るはずだ。それまでの辛抱だ」


 ティアは辛そうに顔を顰めながら首を横に振る。


「平気よ、このくらい……そんな、ことより……気をつけて」


 荒く息を吐き、汗を流しながら、ティアは必死に声を絞り出す。


「あのくらいじゃ、あいつら、死なない」


 その言葉を裏付けるかのように、黒い影がのそりと起き上がった。


「うわっ、何あれ、キモっ!」


 イニスがそれを見て、声を上げる。

 私達を取り囲んでいるのは鎧熊に角山猫、大丸虫に翼蛇。どれもこの辺りでよく見る、猛獣の姿だ。けれど二つ、異常な点があった。


 一つ目は、これらの獣は群れなど作らないということだ。ましてや別種同士で協力して人を襲うなんて、今まで一度も目にしたことがない。


 そしてもう一つは……

 その獣達がどう見ても、死んでいるということ。


 肉がえぐれ、骨が露出しているものがいる。

 ただれた皮膚から、腐り落ちた肉をぶら下げているものがいる。

 頭の半分を失い、それでもなお動くものがいる。


 アンデッド。そんな言葉が、私の頭をよぎった。


 猛獣の死骸達が、唸り声もなく私に襲いかかってきた。その速度はいわゆるゾンビのように緩慢なものではなく、生きているときと同じように俊敏な野生の速度だ。


「影よ! 百の枝を持つ枝槍となりて突き刺され!」

「ジャックフロスト、お願いっ!」


 アラの影が稲妻のように幾筋にも分かれながら伸びて、猛獣たちを貫く。それとほとんど同時にメルの呼び出したジャックフロストが口から吹雪を吐いて、異様な軍勢を包み込んだ。


 だが、駄目だ。


 アラの影の槍によって穴を開けられ、メルの呼び出した精霊に凍りつかされながらも、獣の死骸たちはその速度をまるで落とす気配がない。

 尋常の獣であれば間違いなく致命傷であろう首筋から濁った血液をごぼごぼとこぼし、凍りついた四肢をバキボキと折りながらも、まるで意に介さずに地面を駆けてくる。


「先生、もっかい風!」

「風よ、かのものたちを吹きとばせ!」


 イニスの指示に、私は反射的に風を吹かせる。しかし学習したのか、それとも先程のような不意打ちではなかったからか、鎧熊や牙猪のような重量級の死骸たちはその場に踏ん張って風を堪えた。


起動Awake!」


 だがイニスにはその一瞬で十分だったらしい。獣たちと私たちを区切るように地面に線が走り、かと思えば大地が隆起して三メートルほどの高さの壁が出来上がる。


「ナイスだ、イニス! 今のうちに……」


 ティアとルフルを連れて逃げよう。

 ――その言葉を発することは出来なかった。

 イニスの作った壁を超えて飛んできた翼蛇が、私の喉に突き刺さったからだ。


 翼蛇は名前の通り、身体の中程に皮膜のついた小さな翼を持つ蛇だ。極めて凶暴だが、その大きさは一メートル程度しかない。焦りながら私は翼蛇を引き剥がそうとするが、不器用な竜の前足では身をくねらせる小さな蛇を上手く掴むことさえ出来なかった。


 それどころか喉の奥に、更にずきりと痛みが走る。

 このまま、体内に潜り込んでくるつもりだ。


 ぞくりと背筋が粟立つような思いを感じると同時に、壁の一部が爆発するように吹き飛んだ。鎧熊の死骸がその爪で破壊したのだ。


「く、そ……っ!」


 異常だ。私の鱗を食い破るのも、魔法で作り出した石壁を破壊するのも、普通の動物に出来ることじゃない。眼の前の獣たちは見た目や不死性だけじゃなく、中身までもまったくの別物だということだ。


「メル! サラマンダーで焼き殺せないのか!?」

「んーん……たぶん、それは、駄目だと思うー。嫌な予感がしますー」


 アラの言葉に、メルは難しい表情で首を振る。


 まるでその言葉を裏付けるかのように、私の喉元に食いついた翼蛇がぼうと燃えた。火竜の血は極めて高温な、マグマのようなものだ。傷をつければそうなる。


 だが炎に包まれながらも、翼蛇は動きを止めなかった。全く意に介した様子もなく更に私の喉を食い破ろうと牙を立てていく。


「執事ちゃん、引っこ抜いて……ああっ!?」


 イニスの『透明執事』がぐいと翼蛇を引っ張るが、蛇の身体部分だけがずるりと抜けた。身体の構造上見ることが出来ないが、どうも頭だけが残って私の喉元に今なお齧りついているらしい。


 燃え盛り、首だけになっても動くなんて、本当に不死身だ。

 確かにこんな相手に迂闊にサラマンダーなんてけしかけたら、かえってこちらが焼き殺されかねない。


「ぐ、うっ……!」


 鱗の下の肉に噛みつき、いよいよ身体の中に侵入しようとする翼蛇の頭に、私は首を掻き毟る。だが爪の先は表面を引っ掻くばかりで、深く食い込んだ翼蛇は取り出せそうもない。


 それどころか壁を破壊した獣の軍勢はこちらへと一斉に向かってきていて、状況は最悪だった。


「逃、げ、ろ……!」


 私は大きく翼を広げ前に踏み出し、何とか声を振り絞る。

 生徒たちだけは、死なせる訳にはいかない。


「風、よ……」


 吹かせた風は先程までの半分も力なく、獣たちの脚を僅かに鈍らせることしか出来ず。

 飛びかかってくる獣の死骸たちに、私は死を覚悟した。


「……待たせたわね」


 その爪や牙が私に届くその寸前。

 文字通り目と鼻の先で、獣達が全身を蔓草に雁字搦めにされるまでは。


「あんたたちにしては、よくやったわ」

「ニーナ!」


 私は痛みも忘れ、相棒の名前を呼んだ。

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