第4話 選考試験/Selection Test
「これは……ほとんど全員いるんじゃないか?」
中庭に集まった面々を見て、私は思わずそう漏らした。
精霊に関する新しい研究を始めるから、協力してくれる者は集合して欲しい。そう連絡を回した所、私の目の前にはかなりの数の学生たちが集まっていた。
今、私の大学には二十二名の魔法使いが在籍して研究を進めている。それぞれが独自のテーマを研究しているし、中には更に弟子をとってそのテーマをグループで研究しているものもいるので、彼らは正確には学生というよりも教授に近いのかも知れない。
だから協力者を募ってもせいぜいが数人だと思っていたのに、数えてみれば十九人……いや、私の隣でニコニコしているユウカも合わせれば二十人もいる。完全に計算違いだった。
ついでに逆隣には暇を持て余してついてきたリンが興味深げに一同を見回しているが、彼女はもう大学には在籍していないので人数には入っていない。
「ほら、だから言ったでしょ、お兄ちゃん。お兄ちゃんと直接研究できる機会なんて、皆逃さないって」
何故か誇らしげに、ユウカ。
「逆に来なかった残りが気になる」
相変わらずリンの視点は独特だ。
「来てないのは、ええと……『怠惰』のイニスに、
「ああ、なるほど……」
私の呟きに、ユウカは納得したようで頷いた。失礼ではあるが、その気持ちは私もわからなくもない。そんな二人だ。二人とも魔法使いとしては優秀だから、残念ではある。
「えー……諸君、集まってくれてありがとう」
私は咳払いを一つすると、ぐるりと一同を見回してそう切り出した。
「事前にも連絡した通り、昨今この村では精霊が暴走する事故が徐々に増え始めている。それに対し、我々は根本的には精霊に対抗する手段を持っていない。従って、早急に対精霊魔法を研究する必要がある」
そこで一旦話を切って、反応を伺う。何名かが頷きを返し、そうでないものも熱心に私の話を聞いてくれているようだった。うう。心苦しい……
「しかし、君たち一人ひとりの研究もまた、ヒイロ村の発展と進歩には必要不可欠なものだ。こうして集まってくれたことは大変ありがたいが、全員がこの研究に従事してしまうのは大変な損失であると考える。……そこで、この中から数名に協力をお願いしたい」
私がそういうと、一同がざわめいた。今言ったのは事実だが、単純にあまり数が多いと私が面倒を見きれないという事情もある。多くても三、四人くらいが私の指導力の限界だということが最近だんだんわかってきた。
「その数名は、どのように選ばれるのでしょうか!?」
一歩踏み出し声を張り上げたのは、
その上背を支えるに相応しい堂々たる狼の下半身と、射抜くような鋭い瞳は気の小さいものなら震え上がってしまいそうなほどだ。正直私も出会って数年くらいはちょっと怖かった。まあ実際は、別に乱暴なわけでもない気のいい青年なんだけど。
「審査員はこちらでーす」
私が答えるよりも早くユウカがそう言って呪文を唱えると、風が渦を巻いて集まる。次第にそれは白く染まっていって、雪と氷が一つにより集まり、やがて小さな雪だるまのような形を取った。
「原初の精霊……ジャックフロスト……!」
その姿を見て、どよめきが走る。ジャックフロストはヒイロ村に住むものなら皆知っている、伝説的な精霊だ。何せこの世に精霊魔法というものが確立されるよりもずっと前に生まれ、もう千年近くも村の氷室を守っている。
最近では魔動機もすっかり普及して各家庭で食べ物は冷蔵保存できるようになってしまったから、氷室も使われることはなくなった。けれどそこにはずっとジャックフロストが住み着いていて、村の子供たちのよき遊び相手となってくれている。
「なるほど」
アラがその精悍な顔つきを一層引き締めて頷く。
「ジャックフロストを倒せたものが、先生の教えを直接受けられる……そういうことですね」
えっ、そうなの?
「その通りだよ」
ユウカは自信満々に頷く。どうやらそうらしい。
……いや、別に倒せなくても、ある程度有効そうな手段が見つかればそれでいいんだけど……
はっきり言って現状、食べるか名付けるか剣を極めるか以外に精霊に対する有効な対処方法というのは見つかっていない。そして三つとも「常人には出来ない」というのがユウカの見解だ。
正直どうしたらいいのか見当もつかないので、とりあえず何か方向性が見えればいいかなくらいの感覚のつもりだったのだが、やる気満々のアラの表情を見ると今更そうは言い出しにくかった。
「じゃあ、えーとまずは五十音順で。アラ、やってみる?」
「は。必ずやご期待に答えてみせます!」
アラはぐっと拳を握りしめて頷くと、飛びかかる前の犬のように前傾姿勢を取ってジャックフロストと相対する。
「じゃあ用意……始め!」
周囲が壁際まで下がって戦いのスペースを開けると、ユウカが腕を振り下ろした。
「赤きもの、熱きもの、全てを燃やす猛き炎よ、我が手にいでてかの者を撃て!」
先に仕掛けたのは、アラの方だった。
両手で器を作るように構えた手のひらから、真っ直ぐに炎が伸びる。
ジャックフロストは無感動な漆黒の瞳でそれを見届けた後、おもむろに口を開く。かと思えばその中から猛烈な吹雪が吹き出して、一瞬にしてアラを包み込んでしまった。彼が出した炎もかなりの高温だったが何の意味もなく、もろともに凍りつかされる。瞬殺だった。
「うん。ジャックフロストに炎は実は悪手なんだよね。はい、次ー」
ユウカは凍りついたアラをひょいと持ち上げ、私の隣に置く。リンが大量の水を作り出して空中に浮かせてくれたので、私はそれを熱してお湯にし、アラを解凍した。
「俺は……負けたの、ですか……」
アラが悔しげに呟いて、ぐったりと項垂れる。
「まあまあ、すぐ二周目が来るよ」
彼の肩をぽんと叩いて、リンがそう慰めた。
「……二周目?」
アラは訝しげに問い返しながら、視線を上げる。その先では、殆ど虐殺と呼んでいい光景が広がっていた。
「……容赦ないなあ」
「あれでもだいぶ手加減はしてるみたいなんだけどね」
どんどんお湯を量産しながらぼやく私に、ユウカは次から次へと冷凍された学生たちの身体を運びながら言う。なるほど、人間は精霊には勝てないという彼女の言葉が、私にもやっと実感を持って理解できた。
人間は魔法を使う際に、呪文を唱える必要がある。もちろん呪文なしでも魔法は使えるものだけど、威力が段違いだ。
そして精霊は、呪文を用いた人間の魔法よりも遥かに強力な現象を、無詠唱無動作で作り出せるのだ。ちょうど、竜の姿のときの私の炎の吐息と同じようなものだ。攻撃が効く効かない以前に、威力も速度も足りなさすぎる。
眺めるうちに順番を待つ列はみるみる消えて、代わりに氷像と化した生徒たちが立ち並んだ。
「あれ、何してんの、みんな」
「わー、アラくん、びっしょびしょだねぇ!」
ちょうど一周した辺りで、聞き覚えのある声に振り向くとそこにはやたらと目立つ二人組がいた。
ふわふわと空中に浮いている一人がけのソファにだらしなく寝そべっているのが、『怠惰の魔女』の二つ名をほしいままにしているイニス。子供のように小柄とは言え、彼女自身の身長よりも長い髪を伸ばしっぱなしにしているその姿は、まるで何かの植物のようだ。
その隣の、下半身が羊、上半身が人間の姿をした
今回集まらなかった、残り二人の学生である。他の学生同様、二人とも校舎の中に自室を持って住んでいるから、たまたま通りがかったか、騒ぎを聞きつけて見に来たのだろう。
「アレを倒すことができれば、先生と共に研究をする栄誉を得られるのだ。止めてくれるな、メル!」
「えー、でもそのままだと風邪引いちゃうよぉ?」
メルの制止を振り切って、アラが二度目の戦いに赴く。
「あーあーあー……なんか、貼ってたね。精霊がどうとか……あれって今日だったんだ」
ソファの上で寝返りをうち、興味なさげに言いながらイニスがアラの戦いぶりを眺める。
「え? なぁに、それ? そんなのあったぁ?」
メルは間延びした口調で首を傾げる。こちらはそもそも通知の張り紙に気づいてさえいなかったらしい。
「イニス、メル。二人も挑戦してみないかい? 君たちならどういう風に対処するのか、気になるんだ」
「やだ。めんどくさい」
話を振ってみると、イニスはあくびを漏らして即答しながらもう一度寝返りを打った。彼女はいつもこんな感じである。
「私の研究を手伝ってくれるなら、四半期ごとのレポート作成を免除しよう」
「……ほんと?」
ダメ元でそう言ってみると、イニスは突っ伏した体勢のまま顔を上げた。学生たちには、研究の成果を一年に四回レポートに纏めて発表してもらっている。やらせておいてなんだけど、これは大変に面倒な作業だ。イニスは特にその作業が嫌いらしく、いつもダントツで締切ギリギリに提出してくる。
けれど私が研究を直接逐一確認する状況にあるなら、そんなレポートはなくても構わない。
「アレを倒せるならね」
ユウカがジャックフロストを指し示してそういった。
「そんなの、簡単だよ」
イニスは雪と氷の精霊をちらりと一瞥すると、あっさりとそう言ってのけた。
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