第29話 写し身/Duplicate

「……難しいわね」


 眉根を寄せて、悔しそうにニーナは言う。

 無理だとは言わない辺り、彼女も大概負けず嫌いだ。


「呼び出すのはできるけど……」

「喋らせるなんて本当にできるの?」


 目の前の岩から現れたノームを見つめるルフルの言葉を継ぐように、ティアが悪態をつく。


 あの後ヒイロ村に帰った私とリンは、喋る精霊を呼び出すことが出来ないか皆に試してもらっていた。結果は、結論から言うと全滅である。


「ぼく駄目。こういうの苦手みたい。呼び出すのも出来ないよー」


 ユウカは諸手を挙げて降参の意を示した。これはなかなか意外な結果だ。


 剣部の人間は炎や水を出すような、いわゆる精霊魔法を苦手とするものが多い。ダルガもそこはからっきしだったから、その影響かもしれない。

 けれどユウカはハーフエルフだからか、精霊魔法も大の得意だった。そんな彼女が、精霊の姿を呼び出すことすら出来ない。


 逆に、精霊魔法が苦手なルフルはかなりしっかりした形の精霊を呼び出している。ただ精霊を呼び出すだけにも巧拙というものはあるらしく、上手いものが呼び出すほど精霊もはっきりとした姿で現れた。


 私が呼んだそれは土塊がなんとなく人間の形をしている、くらいの物凄く大雑把な形をしているのに比べ、ルフルが呼んだノームは目鼻の作りも判別でき、衣服を着込みすらしていた。


 彼女は家造りなんかで、物を造形することに慣れている。その辺りのイメージ力が影響しているのかもしれない。ユウカも絵心は全然駄目だもんな。


 一番上手なのは、ダントツでリンだ。ニーナも上手ではあるけれど、リンが呼び出した精霊の造形は一線を画している。本当にそういう生き物が出てきたと見紛うばかりの精度があった。


「……あたし、水の精霊だったら喋らせること、できるかもしれない」


 何度かノームを呼び出して感触を掴んだんだろう。リンは不意に、そんなことを言った。


「水、かぁ……」


 今まで何度か呼び出した経験上、精霊にも性格のようなものがある。それは多分、私たちが自然現象に抱いているイメージなのだろう。ノームは大人しく従順だけど、風の精霊は悪戯好き。水の精霊は気まぐれで感情的だ。火の精霊は呼んだことがないからわからない。私が呼べばろくな事にならないのはわかりきっていた。


「気をつけてね。暴走するかもしれない」


 私はかつてのジャックフロストを思い出していた。氷と雪の精霊も、水に親しい性質を持っているものだろう。あの時のように暴走されてはたまらない。


「まあ大丈夫でしょ。あれってアイの……」


 何かを言いかけて、ニーナは不自然に口をつぐむ。


「アイの?」

「……アイが未熟だっただけだし」


 まあ、それはそうか。あの頃と違って、魔法の技術も進歩している。ニーナの口ぶりが多少気になりはしたけど、私は納得して頷いた。


「じゃあ、呼んでみるね」


 そう言って、リンは校舎の横を流れる水路に向き直る。


「水よ。汝、流れ去るもの、形なきもの、冷たきもの。水の乙女ウンディーネよ」


 おお、と私は内心驚きの声を漏らした。リンがこんなにしっかりした呪文を使うのは、相当久々だ。彼女と来たらいつも、ものすごいいい加減な呪文で魔法を発動させるのだから。


「汝に我が声と姿を貸し与えよう。その姿もて、我が前に姿を現せ!」


 その呪文に応え、水路の水がうねり、持ち上がって、リンそっくりの姿を作り上げた。なるほど、そういうことか! 彼女はその声を代償にして、人の姿を取る魔法に長けている。その応用のようなものなのだろう。


「こんにちは」

「……コン、ニチ、ハ」


 にこやかにリンが話しかけると、ウンディーネは辿々しく、しかしそれに答えた。声色そのものはリンにそっくりだ。


「やった!」

「いや……まだだ。精霊から、知識を引き出せるか試さないと」


 単にオウムのように言葉を真似るだけでは、過去のことを知ることは出来ない。質問し、答えることができるかが大事だ。


「そうだね。えーと……あなたは、どこからきたの?」

「ヤ……マ」


 ウンディーネは北の山を指差して、そう答えた。水路の水は、村の脇を流れるヒイロ川から引き込んだものだ。その川の水の源流は、確かに彼女の指差す先にある。


「そう。その山からここの間に……何か大きな丸い物はなかった?」

「アッタ……クルクル、マワル。キ。オモシロイ。ツマラナイ」


 くるくる回る木。それは多分、水車のことだろう。別に何かの役に立っているわけではないのだが、水が気まぐれに回すのを村の人達が面白がっていたのでそのままにしてある。


「じゃあ……何で、あなた達はせんせーを嫌うの?」

「セン……セイ?」


 オウム返しに問うウンディーネに、リンは私に視線を向ける。その視線を追ってウンディーネは私を視界に捉え……


「コワイ! キライ!」


 反応は、劇的なものだった。水の礫がまるで散弾のように私に向かって放たれる。悲鳴を上げることも出来ず立ち尽くす私の前を、旋風が遮った。


「下がって、お兄ちゃん」


 ユウカだ。彼女は石剣を凄まじい速度で振るい、無数の水弾を切り裂き弾き飛ばす。だが相手は精霊、水そのものだ。放たれる水弾の勢いは止まるどころか一層増して、ユウカの口から苦悶の声が漏れた。


「待って!」


 叫ぶリンの声は、ウンディーネに対するものではない。それを元の水の塊に戻すべく動き始めていたルフルとティア、ニーナに対するものだった。


「泣かないの」


 リンはその大きな腰ヒレで、半狂乱になったウンディーネを包み込む。


「リン!」

「だいじょうぶ」


 そんな事をすれば、当然ウンディーネの放つ水弾は全てリンにあたってしまう。けれど彼女はゆったりとした落ち着いた声で、はっきりとそう答えた。


「大丈夫、落ち着いて。せんせーは、怖くないよ。とっても優しい人だもん」

「デ……デモ」


 リンの捨て身の抱擁にいくらか落ち着きを取り戻しつつも、ウンディーネはこわごわとした視線を私に向けた。


「……アカクテ、コワイ」


 え。そこ!? 色の問題なの!?


「ぼくも赤いけど、怖い?」


 自身の赤毛を見せつつ、ユウカが問う。


「スコシ、コワイ」


 ユウカは無言で私に向き直り、上着を脱ぐと逆向きにかけてくれた。


「アンマリ、コワク、ナクナッタ!」


 私が着ている服って鱗が変化したものだから、上から下まで全部真っ赤だもんな……なんだか疲れた気分でがっくりと肩を落とすと、不意にウンディーネの姿が崩れ、元の水に戻った。かと思えば、リンの身体もまた、その場にくずおれる。


「リン!」


 そうだった。あの水弾を、至近距離からまともに浴びたのだ。無事な訳がない。私は慌てて彼女に駆け寄り、抱き起こした。そしてその傷の酷さに息を呑む。

 白い肌のそこらじゅうを、赤黒い打ち身の後が覆っていた。


「一応……防いだんだけど、やっぱり、精霊は強いね……」


 リンは弱々しい笑顔を浮かべて見せて、そう言った。当たり前だ。いくら彼女が水の操作に長けた人魚だと言っても、水の精霊そのものに敵うわけがない。


「診療所に運んで。治療する」


 そう言い置き、ニーナが準備の為に自身の診療所へと風のように走っていく。私はリンの身体を抱きかかえると、急いでその後を追った。



 * * *



「リンは、どう?」


 一通りの治療を終え、部屋から出てきたニーナに尋ねる。


「見た目以上に、あの子の身体はぼろぼろになってる。多分……もう、保たない」

「そんな……」


 沈痛な面持ちで首を振る彼女から返ってきたのは、予想以上に悪い知らせだった。


「仮に怪我がなくても……どのみち、あと、一年は生きられなかったと思う」


 それが何の慰めにもならないことをわかっていながら、ニーナはそう口にした。


「話してあげて」


 私は頷き、ニーナと入れ替わりに部屋に入る。

 扉を閉じた途端、部屋の外から嗚咽が漏れてくるのに気づかないフリをしながら、私はベッドに横たわるリンのそばまで歩を進めた。


「……リン」

「ん……」


 彼女は……元気だった。つい昨日まで、あんなに元気だったから。

 ニーナの診察は何かの間違いだったのだと、どこかで思っていた。

 けれどこうしてベッドに横たわるリンの姿を見ていると、その考えが間違っていたことを悟った。


 ニーナの言う通り、怪我だけが原因じゃない。生気というか、活力というか……生きるためのエネルギーそのものが、彼女の身体から失われている。


「どうして……あんな、無茶をしたんだ」


 違う。そんな事を言いたいわけじゃないのに。

 何と言っていいかわからず、けれど何か声をかけなければと思うあまりに、私はそんな事を口にしていた。


「……好きに、しろって……」


 リンは、掠れる声で言葉を紡ぐ。


「ウタイに、言われたからね」


 ……そう言われてしまったら、もう、何も言えなかった。


「……ありがとう」

「いーえ」


 好きにした結果が私を手伝い助けてくれることだったのなら、そう言うしかない。私が頭を下げて礼を言うと、リンはにっこりと満面の笑みを浮かべてみせた。


「ずうっと、楽しかったよねえ。今日も、楽しかったなあ」


 遠い声で、リンは独白のように呟く。


「だけど……少し、疲れちゃった。だから、ごめん。もう、寝るね……」

「……ああ」


 奥歯を噛み締め、溢れる涙を堪えながら、私は頷く。


「おやすみ、リン」


 そうして。


 リンは、そっと目を閉じた。



 * * *



「おはよー!」


 明るく元気な声に、私は思わず顔を顰めた。


「今日は……もう少し寝かせてくれよ……」

「ええ、何でー?」


 瞼はまるで鉛のように重く、頭がガンガンと痛む。昨日は明らかに飲み過ぎたが、それを咎めるものもいなかった。


「そういう気分じゃないんだ……リンが……」

「あたしが?」


 私は反射的に、パチリと目を開ける。すると、緑の瞳が私の顔を覗き込んでいた。


「リン!? どう……どう、え、どうして?」

「寝たから元気になったよ!」


 わけが分からず目を見開き狼狽える私に、リンはぐっと力こぶを作るジェスチャーをしてみせる。


「あんた、何で……」


 気づけば隣で、ニーナも呆然としていた。


「ちょっと見せなさい」

「え、ちょ、ニーナ先生!」


 ニーナは強引にぺろりとリンの服をめくりあげる。そのお腹は、昨日あったはずの青あざすらなく、白くてすべすべで柔らかそうだ。と、ニーナが何かにはっと気づいて私を睨み。


「何で見てるのよ、出ていきなさいっ!」


 私は、部屋から叩き出された。



 * * *



「……信じられない」


 数十分ほど経っただろうか。呆然とした様子で、ニーナはリンを連れて部屋から出てきた。


「傷もなければ劣化もない。一体何をしたの? 肌も内蔵も何もかも、昨日までの身体とは、全然別物じゃない!」

「うん。昔の身体に、変身してみたの。身体の中まで」


 半ば叫ぶように問うニーナに、リンはあっさりとそう言い放った。


「あんたって子は……本当、無茶苦茶ね!」


 ニーナはバシバシと、何度もリンの背中を叩く。冷笑でも呆れ混じりでも微笑みでもない。彼女が見せるのは珍しい、掛け値なしの笑顔だ。


「ちょっと、あんたも何浮かない顔してるのよ。リンが助かったのよ!」

「ああ……うん。いや、未だに現実感がなくて。これ、夢じゃないよね?」


 そう問うた途端、私は思いっきりニーナに頬を張られた。


「どう!? 夢じゃないでしょ!?」

「……そうみたいだね」


 私はジンジンと痛む頬を押さえながら、頷いた。


「ルフルたちにも早く知らせてあげないと。ほら、ボサッとしてないで早く行くわよ!」


 いつになくテンションの高いニーナに背を押されながら、私はちらりとリンに視線を向けた。


 ……魔法というのはどんなに魔力を込めてもしばらくすると消えてしまうものだが、例外がいくつかある。私が人の姿をとったり、リンが尾ビレを人間の脚に変えたりするのがそうだ。どんなに時間が経っても、自然と消えることはない。きっと、今回の若返りの魔法も、そうなのだろう。


 私が人と竜とを行き来できるのは、そもそも私がそのどちらでもあるからだ。

 リンの脚は、声を代償にしているからだろう。

 互いに等価なものを……少なくとも、魔法的には等価なものを差し出しているから、天秤は釣り合い、自然と変わることはない。


 だと、するなら。


 ――リンは一体何を代償に、若返ったのだろうか。

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