第25話 失われた機会/Miss the Chance

 私の見たところ、この村の文明はヒイロ村に比べ二、三百年遅れといったところだろうか。農耕や牧畜はまだ始まっておらず、金属器も僅かにしか使われていない。建築は木造ばかりで、レンガ造りの家は見当たらない。


 この村でヒイロ語が使われていると聞いて、私が思い浮かべた可能性は三つだ。


 一つ目は、ヒイロ村の誰かがたまたまここまでやってきて村を作ったというもの。

 しかしそれは海を隔てたこの村の立地に否定された。


 二つ目は、私と同じ日本人の転生者が教えたというもの。

 今まで私以外の転生者に出会ったことはないけれど、可能性がないわけではない。

 けれど村長は、『始まりの魔法使い』は彼らに言葉と魔法を教えたと言った。


 仮に転生者がいたとして、私のように真っ先に魔法を教えるだろうか?

 私にはそれしかなかった。科学にも工学にも疎い私にあったのは、魔法に関する知識と……『実際に魔法が使えたらどうするか』と考え続けた想像力だけ。


 けれど普通は、現代日本人が転生なり転移なりしてきたら、現代文明……科学的なアプローチを試すんじゃないだろうか。


 もし転生者がいたなら、それが現代日本人であるのは間違いない。この村の使う言葉は私の知る日本語に似通いすぎている。数百年ずれてたらもっと別の話し方になるだろう。


 そして三つ目。それは……


 彼らの言う『始まりの魔法使い』が、転生したアイのことだという可能性だ。


「その、始まりの魔法使いという方は……もう生きてらっしゃらないのですか?」

「そりゃそうでしょう。ずっと昔の話なんですからな」


 ずっと昔って何年くらいのことを指すんだろうか。人間って、たった二、三十年くらい前のことでもずっと昔って言ったりするので、その辺りの感覚が全くわからない。


 ……いや、私も人間だった頃や、百歳くらいまではそんな感覚だった事は覚えてはいるんだけど、その感覚そのものとなると失われてしまって久しかった。ずっと昔というのが六百年前なのか、それとももっと前なのかで、だいぶ変わってくるんだけどなあ。


「何か……残っているものはないのでしょうか。身につけていたものだとか……」

「おお、ありますよ。ご覧になりますか?」


 殆ど期待せず口にした言葉に色好い返事が返ってきて、私はかえって驚いた。


「あるんですか? 是非拝見させて頂きたい!」

「ええ。こちらへどうぞ」


 快く承諾してくれた村長に連れられて、私とリンは屋敷の奥へと案内される。


「これが、始まりの魔法使いが着ていたという服です」

「……これが、ですか?」

「ええ。我が家に代々伝わる宝でもあります」


 それは動物の皮をなめして作られたと思しき、一枚の服だった。

 マネキンのような、木製の人形に着せられるようにして部屋の中央に飾られている。

 随分昔のものなのだろう。保存状態は悪くなさそうだが、それでもかなりボロボロに傷んでいて、とても着れそうにはない。


 しかし……

 これは、本当に始まりの魔法使い本人が着ていたものなのですか?

 そんな失礼な言葉を口にしそうになるのを、私は必死におさえた。


 それは明らかに、男性のものだったからだ。

 デザインもそうだし、体格的にもそうだ。マネキンにかけられているから分かりやすいが、身長は私と殆ど変わらないし肩周りもがっしりしている。


『本当に始まりの魔法使いが着ていたものなの?』


 と思ったら、私が聞きたくても聞けなかったことをリンがさらさらと紙に字を書いて尋ねていた。


「ええ、我らの偉大なる祖先を忘れず称えるため、ずっと大切にしているのです」


 とは言え言葉に出すのと文字で書くのとではニュアンスが違って見える。リンのそれは単なる驚きとして捉えられたらしく、村長は気分を害した様子もなくそう答えた。


 異性に転生することはあるだろうか。一見、人間が竜になることに比べれば、性別が変わることくらいは簡単そうな気がする。


 けれど、魔法というのは意思から生まれるものだ。もしアイが転生しているとしたら、それは魔法の力によるものに他ならないだろう。そして彼女は、もう一度私に会うために転生したはずだ。だとするのなら、男性に生まれ変わるというのは考えにくい。


 ……まあ、私の願望も半分くらい入っている気はするが、大筋としては間違っていないはずだ。


 だとすれば、私以外の転生者の方だろうか? 服の作りをじっと眺めても、その辺りはよくわからない。シンプルな作りのその服は、数百年前ヒイロ村でもよく着られていたようなごく普通の毛皮の服にしか見えなかった。


「これ以外には……何か無いんでしょうか? 例えば、何か文字を記したものだとか」

「残念ながら、そういったものは残っていませんな」


 木簡か粘土板でもあればもっと色々わかるかと思ったけれど、そううまくはいかないようだ。せめてエルフと交流でもあれば、当時のことを聞けただろうに……


「そういえば、エル……いや、化け物と交流を持たないのも、始まりの魔法使いが伝えたことなんでしょうか?」


 私がそう尋ねると、村長さんははっきりと顔をしかめた。


「わかりません。ですが、あのような不気味なものたちと交流を持ちたいなどと思わないのは自然なことでしょう」


 吐き捨てるように、彼は言う。そこも、違和感の一つだった。

 もしアイが転生していたのなら、少なくともエルフに偏見なんてないはずだ。

 勿論彼女が亡くなってからそう言った偏見が育まれていった可能性もあるわけだけど……いや、いくら考えても仕方ないことか。


「ありがとうございました。非常に興味深いお話を聞けました」


 私は村長に礼を言って、村を辞した。

 結局のところ、始まりの魔法使いの正体はわからなかったが、一つだけはっきりしている事があった。


 それは――仮にそれが転生したアイであれ、日本から転移してきた誰かであれ。

 もうとっくの昔に、亡くなってしまっているということだ。



 * * *



「せんせー、大丈夫……?」

「ああ。大丈夫だよ」


 村を出て、竜の姿になって飛び立っても見咎められないであろう場所まで向かう道の途中。心配そうに見上げてくるリンに、私は意識して笑みを作った。

 しかし正直なところ、内心は冷静とはとても言えない状態だ。


 もしかしたら……もしかしたら、アイはあの村に転生して、その生涯を再び終えてしまったのかもしれない。


 私は、まるで間に合わなかった。海を超えたこんな村にまで、ヒイロ村の話が伝わっているはずがない。例え転生したとしても、どうしようもなかっただろう。いや、たった今、同じように遠く離れた村に彼女が転生してたって、私はそれに気づくことが出来ない。


 そう考えると、胸が詰まるような思いがした。


「せんせー……」


 リンが私の腕を引き、何か言いたげな瞳で見つめる。言おうか言うまいか、悩んでいるのだろう。口を開き、しかし、彼女の喉から声は出ない。


『聞こえる?』


 私の脳裏に聞き慣れた声が響いたのは、その時のことだった。


「ニーナ? どうして」


 ここからヒイロ村までは、鱗による伝達魔法は通じないはずだ。

 位置関係が逆になったってそれは同じだと思ってたが。


『なんで通じたかはわかんないけど、ダメ元で試してよかった。早く戻ってきて』


 ニーナは硬い声色で、告げた。


『……水色の容態が、急変した』

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