第2話 契機/One Opportunity

「乾杯!」


 キン、と高い金属音を立てて、私たちはそれぞれ杯を打ち鳴らす。


「リンもお酒を美味しく飲めるような歳になったんだなあ」

「せんせー、何年前の話をしてるの? もうあたし、子供じゃないんだから」

「何言ってんの、まだほんの百歳ちょっとじゃない」


 両手でコップを持ちながらちびちびと舐めるように酒を口にするリンに、ニーナ。

 そういう彼女はえーっと、今年で七百四十三か。

 エルフの基準で言うとまだまだ若者らしいから、リンなんてそりゃあ子供にしか見えないんだろうけど。


「旅はどうだった?」

「楽しかったよ! やっぱり陸には色んな人がいるね」


 言いながら、ごそごそとリンは鞄を探る。旅立つときに私が選別として贈った革鞄だ。

 水中を移動する彼女が使っても邪魔にならず、簡単には壊れないよう特別頑丈に作ったものだけど、まだ使っててくれてたんだな。


「これは、すっごくおっきい人から貰った石でしょー、こっちはちっちゃい人から貰った花、太ったルカみたいな人から貰った骨とかー……こっちの石は……あれ、これは誰から貰ったんだっけ。まあいっか。何にももらってないけど、黒い人とか、羽の生えた人とかにもあったよー」


 思い出の品を机の上に並べながら、リンは驚くほどに大雑把な思い出を語っていく。


「何、あんた、巨人や影の民にまで会ってきたの?」


 少し目つきを鋭くして、ニーナはリンを睨む。

 どちらも好戦的で、弱いものを見下す傾向がある。

 敵対しているわけではないがあまり友好的とも言い難い種族だ。


「んー……? わかんない。ナントカって言ってたけど、忘れちゃった。あ、あと、シグやルカのところにも何回か遊びに行ったよ。紫のところにも」


 首を傾げるリンに、まだ酔った様子はない。多分素で忘れているだけなんだろう。

 この子はどうも昔っから忘れっぽいところがあるからなあ。

 あんまり危ないことしてなきゃいいんだけど。


「けど、どこもこの村みたいにしっかりした感じじゃなかったかなあ」

「でしょうね」


 リンの言葉に、何故か自慢げに頷くニーナ。まあ、何故かってこともないか。

 彼女ほど長くこの村で暮らしているものはいないし、彼女ほど尽力してきたものもいない。褒められて誇るのは当然のことだ。


 私はなんとなく、前世の知識でズルをしているかのような後ろめたさが先に立ってしまうんだけど。


「まあそれも、今後難しくなるかもしれないけどね」

「今日作ってたアレが失敗したから?」


 ちらりと視線を向けるニーナに、私は頷く。


 水車は、恐らく世界最古の原動機だ。

 そして現代日本の……いや、地球上の工業は、ほとんど原動機が支えていたと言っても過言ではない。

 発電というのは火力水力原子力を始めとして全て原動機を用いたものだし、それ以前の蒸気機関だって要するに原動機の一種でしかない。

 何らかのエネルギーを自動で別のエネルギーに変えてくれる機械。

 それがあったからこそ人類は膨大な手間を省き、自動化、機械化し、無数の人口を支えることが出来た。


 この世界には魔法があるけれど、結局それを一つ一つ人が使わないといけないのでは大して手間が省けない。


「よくわかんないけど、アレが動かないとそんなに困るの?」

「そういうわけじゃなくて、どっちかというとあれが動かないという事実そのものが困るんだ」


 私の言葉に、ニーナとリンは揃って表情に疑問符を浮かべた。

 まあ理解は難しいだろうなあ。どっちかというと、水車に水を当てれば回るものという私の考え自体が異端であり間違っているという可能性の方が高いのだ。


 だけどそうなると、私の知識や発想でこれ以上村を発展させるのは難しい。

 とはいえいずれにせよそろそろそうなってしまうだろうという予想はしていた。

 私は技術者でもなければ、歴史学者でもないからだ。


 有名で、かつ単純な技術なんてものは限られている。

 金属器も出来たことだし、今この村の文明レベルは石器時代を抜けて古代くらいだろうか。中世というにはまだまだ未発達な部分が多い。

 今まで魔法で補うことでなんとかしてきたけれど、私だけの発想で何とかできる時代はそろそろ終わりを告げようとしていることは、薄々感じてはいた。


 水車と歯車くらいなら見よう見まねでなんとかなるけど、もっと複雑な機械はさっぱりわからない。エンジンだって子供の頃に大まかな概念図を見たことはあるけれど、具体的な機構については全く知らないのだ。


 コンピューターに至っては、一番日常的に触れていたものなのに仕組みさえ全くわからなかった。半導体と言うものが使われているのは知っているけど、そもそも半導体って何なんだろう? 金属なのか、プラスチックみたいな人工物なのか、それさえわからない。


 だから、これは一つの契機なのかもしれない、と私は思った。


「前々から考えてたことなんだけど」

「今度はどんなろくでもないことを考えたの?」


 私がぽつりと漏らすと、ニーナがからかうようにそう言った。


「うん。新しく、学校をつくろうかと思って」

「なるほどね」


 なんとなく予想はしていたのだろう。ニーナはこくりと深く頷いた。


「あんたがそういう顔をする時、大体私の仕事が増えるのよ」

「苦労をかけるね」


 思いっきり顔をしかめるニーナ。

 そうやってなんだかんだ言いつつ付き合ってくれるんだから、彼女は本当に良い相棒だ。


「前の、あたしたちの学校は?」

「勿論そっちも残すよ」


 やや不安げな表情をみせるリンに、私は頷いてみせる。


「今までの学校は……そうだな、区別のために小学校とでも呼ぼうか。子供たちが基本的な物事を学び、最低限の知識を身につける場所だ。言い換えれば、私たちがもう知ってることを教える為の学校ということになる。私はそれに追加して、より高度なことを……まだ誰も知らないことを、研究する学校。大学を、作りたい」

「誰も、知らないこと……」


 酒が入ってほのかに赤く染まった頬で、リンは私の言葉を反芻する。

 農耕と牧畜が安定して、ヒイロ村の食料の備蓄はだいぶ増えた。何せ水車を作らなきゃそろそろ脱穀や製粉の方が間に合わないくらいなのだ。

 となれば、食料や必需品の生産に携わることなくただ研究することを仕事にするもの……知識階級が生きていけるということになる。

 私自身、自分で狩りをしていたのはもう何百年も前のことだ。そう言った存在を受け入れる下地は、ヒイロ村の人々の中に出来上がっていることだろう。


「要するにこの子達がいた時みたいなことを、またやるってことでしょ」


 ぽん、とリンの頭を叩いて、ニーナは言いつつ杯に唇をつける。


「言われてみれば、そうかもしれないな」


 留学生をとったのは教師になれる人材を育てるためだったけれど、確かにあの時はそれだけじゃなく、色々と新しい事に挑戦していたように思う。農耕と牧畜を成り立たせるという目標があったからなあ。


 私にとっては知っている技術を再現することと、未知の技術に挑戦することは全く違うことだけど、ニーナたちにとってはどっちも知らないことには変わりない。


「せんせー、あたし、それやりたい! 楽しそう!」


 だからなのか、リンは瞳を輝かせ、即座にそう言い出した。

 勿論私にとってもそれは願ったり叶ったりだ。

 柔軟で独特な思考を持つ彼女の発想力は、飽きっぽいことを除けばこの上なく研究者向きだから。


「ありがとう。是非、協力して欲しい。……ただ、学校を作る前に、私たちがまず作らなきゃいけないものがある」

「ああ。完全に分けるなら、校舎ももう一つ必要ね。それに教師も見繕ってこないと」


 こくこくと酒を飲み下しながら、ニーナは指折り必要な物を列挙する。大雑把なようでいて、彼女はそう言った事務的なことには意外とまめまめしい。


「それらもそうなんだけど――」


 けれど、私が今言っているのは別のもの。


「紙を、作らなきゃいけないんだ」

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