第20話 赤い金/Red Metal

「これ、先生が空けた穴だったんですか!?」


 山の壁面にポッカリと空いた、巨大な空洞。その天井を見上げながら、ルカが目を丸くした。


「ほんとー?」


 にわかには信じがたいのか、リンがどこか疑わしげに首を傾げる。


「ええ。あの日のことは私もよく覚えています。エルフの森からでも、あの時先生が放った炎ははっきりと見えましたから」


 それに頷いて、紫さんは懐かしむように言った。彼女たちエルフにとっても、五百年以上前の話は一昔前といっていい過去だ。


「まあ、僕は疑わないけどさ。先生って普段大人しいくせに、たまに結構無茶するよね」


 シグが何やらニヤニヤしながら私の背中をつつく。


「懐かしいねえー」

「いや、ユウキはいなかっただろ。ほら、さっさと降りて」


 私は岩肌に鼻先をつけて、首を階段のように傾ける。今の体格なら、生徒たち全員を背に乗せて空を飛ぶこともさほどの苦はなかった。


「で……その、金属って言うのはどんな形なの」

「形は、実は、わからないんだ」


 トンネルの中に入って尋ねるニーナに、私は人の姿に変わりながら首を振った。


「何ていうかこう……キラキラ光る、普通の石とは違った感じのものなんだけど」

「キラキラ光る……?」


 ニーナはざっとトンネルの中に視線を走らせる。

 トンネルからは太陽を見ることは出来ず、中は殆ど真っ暗だった。


「ないんじゃないの」

「いや、自分で光るんじゃなくて……光に照らすと、強く反射するっていうか」


 金属光沢って、なんて言ったら良いんだ?


「水みたいに?」

「ああ、それは近いかもしれない」


 悩む私に、リンが助け舟を出してくれた。

 石の話をしているのに水を引き合いに出してくる辺りはなんとも彼女らしいが、確かにキラキラと光を反射する水面は金属の光沢に少し似ている。


「でしたら……小さなお日様、私たちを照らしてください」


 ルカの手のひらから小さな光が溢れ出し、球体となってふわりと浮かぶと、呪文の通り小さな太陽のように辺りを照らし出した。


「良い安定性だ」

「えへへ……ありがとうございます」


 チラつくこと無く光を放ち続ける光球を褒めると、ルカは恥ずかしそうにはにかみながらパタパタと尻尾を振った。魔法の出力を一定に保ちつづけるというのは、簡単そうに見えて非常に難しいのだ。


「しかし、思ったより散乱してるなあ……」


 赤竜のレーザーブレスで空けた穴は、まるでガラス面のようにツルツルになる。全てを溶かし空けるからだ。けれど流石に五百年も経てば崩落したりゴミが入り込んだりするらしく、穴の中は瓦礫でいっぱいだった。


「まずは掃除ですね」


 紫さんが両腕を茨で包み込み、巨大な手袋を作り出す。彼女がそれでひょいと岩をつまみ上げるのを合図にして、皆思い思いの方法で掃除を始めた。


「ふわーっと浮いてー……どーん!」


 凄まじくユニークな呪文を唱えながら、リンが岩を空中に浮かせ、それを入口に向かって放り投げる。


「うわっ、おい、危ないだろ! 気をつけろよ!」


 頭上を超えて飛んでいく岩を避けて文句を言いつつ、シグは両腕にそれぞれ岩を抱え、上の腕で押さえながら運んでいく。彼の筋力なら、魔法を使わずともこの程度の岩は楽に運べるようだ。


「じゃあルカ、これお願い!」

「はーい」


 その横ではユウキが大きな岩を石剣で小さく切り分け、ルカが運ぶという分担で作業を進めている。協力して困難を解決する、実に賢いやり方だ。


 私は竜の姿に戻って、大物から片付けることにした。と言っても竜の前足はさほど物を持つのに向いていない。口で加えたり、尻尾で掃いたりして瓦礫をかき出していく。


 その隣でニーナが同じことを、魔法でやっていた。彼女が空中を掻き分けるように腕を振るうと、その動きに連動して瓦礫がかき出される。一体どういう原理で何をどうしているのか全くわからないが、彼女に聞いても要領を得ない回答が返ってくるのはわかりきったことだった。


「はー、つかれたー」

「おい、サボるなよ」


 勢い良く瓦礫を飛ばしていたリンだが、その分消耗も激しかったのかいち早く地面に突っ伏す。それを横目で見ながら、シグが呆れ半分で注意する。


「ねえねえシグ、これ、まーるく出来ないかなあ」


 リンは気にした風もなく、瓦礫をぺしぺしと尻尾で叩きながらそんな事を言い出した。


「丸く? どういうこと?」


 首をひねるシグに、ちょいちょいとリンは自分の車椅子を指差す。


「なるほど」


 彼女の意図を察したのか、シグは頷いて抱える岩を下ろした。


「堅きもの、重きもの、土の子なりし岩たちよ。我が手に従いて形を成せ」


 呪文を唱えながらシグが岩を撫でると、ゆっくりとだが岩はその形を変えていく。しばらくすると、それはまるでボールのように丸くなった。


「そしたらとんでけー!」

「だから危ないって言ってるだろ!」


 途端にリンが元気よく叫びながら岩を押すと、それはまるでボウリングのボールみたいにトンネルの中を勢い良く転がっていった。


「シグ、今の魔法は……?」

「え、何かまずかった?」

「いや、そうじゃなくて……よく思いついたね?」


 硬い岩が、まるで粘土のように形を変えた。

 そんな魔法は教えたことがないどころか、使ったことも、そもそも試そうと思ったことすらなかった。魔法はそんなことも出来るのか……


「だって……形を変えただけだよ?」


 シグは困惑したようにそう答える。


「何もないところから火や水を出したり、羽もないのに飛んだりするより、よっぽど簡単だろ。岩の形なんてもともと、叩いたりぶつけたりすれば変わるものなんだから」


 彼の答えに、私は衝撃を受けた。

 魔法とは不思議なもの、説明できないもの。そういう認識を持っていたからだ。

 逆に言うと、ありうることを魔法で再現する、という視点がすっぽりと抜け落ちていた。


「堅きもの、重きもの、土の子なりし岩たちよ。我が手に従いその形を変えよ」


 シグの呪文を真似して、私は岩を撫でる。途端に岩はぐにゃりと歪むが、シグのように綺麗に丸くするのは難しかった。私がやると威力が強くなりすぎるのか、あまりに柔らかくなりすぎるのだ。粘土というよりは、水に近い泥のようになってしまう。


「確かにこれは、難しいですね」

「ちっとも柔らかくなりません……」


 早速他の生徒達も真似し始めるが、紫さんは上手く形を変える事ができず、ルカは全く魔法の効果が出ないようだった。


「シグはじょうずなんだよ!」

「なんでお前が偉そうなんだよ」


 胸を張って誇らしげに言うリンを肘で突きながらも、シグは照れくさそうに笑みを零す。


「ふぅーん」


 気のない素振りで相槌を打ちながら、ニーナはいともたやすく両手で岩を引き伸ばしていた。まるでうどんか蕎麦のようだ。折角嬉しそうだったシグがそれを見て凹んだ顔をしているので、この天才はちょっと自重してほしい。


 と、何かがそのうどん状に伸ばされた岩の中からぽろりと落ちる。


「ねえ。これじゃないの」


 ニーナが拾い上げたのは、石とは明らかに異なる光沢を持った赤い鉱物だった。


「うん、これだよ!」


 手にとって見るとひやりと冷たく、大きさの割にずしりと重い。

 間違いなく、何らかの金属だ。


「……シグ、これの形も変えられる?」


 ふとあることを思いついて、私はシグにそう尋ねた。


「いいけど……名前は?」


 名前。そう問われ、私はピタリと動きを止める。


「名前がわからないと魔法をかけられないだろ。キンゾク、で良いの?」

「いや、ちょっとまって……」


 そこのところを、全く考えていなかった。鉄でも銅でも無いように見える。赤い色をしているが、赤サビのくすんだ茶に近い赤とは全く違う、まるで燃える炎のような鮮やかな赤だ。


 ヒイロ麦やヒイロ芋に倣って、別の名前を付けた方が良いかもしれない。


「ヒイロ鉄……いや。そうだな、ヒヒイロカネと呼ぼうか」


 不意に思いついて、私はそれをそう名付けることにした。古代の日本で使われたとされる伝説上の金属で、何よりも硬く絶対に錆びないという。まあこの金属がそんな性質を持っているとは限らないけど、赤い金属に付ける名前としては気が利いているだろう。


「わかった。赤きもの、堅きもの、土の子なりしヒヒイロカネよ。我が手に従いて……」


 シグはそこまで呪文を唱えて言葉を区切り、迷うように辺りを見回した。

 どうしたの、と問うよりも早く彼の目はユウキを捉え、何かを思いついたように彼の表情から迷いが消える。


「我が手に従いて、剣となれ」


 言いながら、シグはヒヒイロカネの塊を指で挟み真っ直ぐに引き伸ばす。それはまるでよく出来た飴細工のように刀身を形作ると、もう一端を丸く伸ばして柄を形作る。


「岩よりだいぶ、やりやすいね」


 シグがそういうのを聞いて始めて、私は材質で加工難易度が違うということに気がついた。確かに岩は何度も撫でてボール状に丸めていたのに、ヒヒイロカネは殆ど一瞬で剣にしてしまった。


「ほら」


 切っ先から柄までを一体形成された金属の剣を、シグはユウキにひょいと渡す。


「重いね……」


 そんな言葉とは裏腹に、ユウキはそれを軽々と振り回した。

 振り下ろし、切り上げ、突き、払う。

 まるで生まれつき備えていたかのように、自然な動きだ。


 ユウキは神妙な顔つきで手近な岩へと向き直る。


「フッ……!」


 鋭い呼吸とともに、一閃。岩は見事に真っ二つに両断された。


「すごいすごい! お兄ちゃん、これすごいよ!」


 ユウキは興奮した様子でぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「あの、ちょっといいですか?」


 ルカはユウキの剣に鼻先を近づけると、スンスンと匂いを嗅いだ。


「……あれ?」


 そして、彼女は首を傾げる。


「どうしたの?」

「あの、先生」


 ルカは困ったように眉根を寄せて私を見上げると、言いにくそうに言った。


「これなら、学校のそばにも結構あります」

「えっ?」


 思いもかけないルカの言葉に、私は思わず間の抜けた声をあげる。


「あの、委員長を決めるときに私が投げた石。あれが、そうです」

「ええええ!?」


 Q.金属器なしで、古代の人類はどうやって金属を手に入れたのか?

 A.古代では掘り出すまでもなく鉱石がそこら辺に転がってました。


 考えてみれば、簡単な答えだった。


 私は何となく、金属というものは山を深く掘らないと出てこないものだと思っていた。勿論もともとは地中深くで生成されるのだろうが、山というのはそもそもが隆起した大地だ。それにともなって、長い長い時間の中で鉱物が地表に出てくることは十分に有り得る。


 ではなぜそういう認識がなかったかといえばそれも簡単で、私の時代にはとっくの昔に地表や浅い層にある金属は取り尽くされてしまっていたからだ。


 けれど、この世界ではまだまだ十分地表に金属が存在している。その後生徒の皆に頼んで探してきてもらえば、ヒイロ村の回りでも十分に鉱石が集まってしまったのだった。

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