第19話 穴/Hole

「思い出すなあ。そういえば初めてダルガにあったのも、ベヘモスを狩りに行った時なんだよ」

「始祖さまに?」


 草原の道を進みながら、私は傍らを歩くユウキに頷いた。

 ベヘモスを探すのは昔ながらのやり方。その足跡を追っていくのが一番だ。流石に広大な草原を全部見て回るのは空を飛んでも大変だし、竜の視力でも空の上から足跡を見ることは出来ない。

 だから私たちは並んで歩きながら、地面に残った微かな痕跡を辿っていた。


「うん。獲物の取り合いになってね。多少揉め事にはなったけど、結果的に仲良くなったんだ」


 兄貴と呼んで慕ってくれたけど、私の中では彼との間に上下関係はなかった。

 親友。もしそう呼んでいいのなら、私たちの関係はそれに一番近かっただろう。

 ニーナも勿論無二の友人だけれど、それとはまた違った形の友情が彼との間にはあったように思う。


「始祖さまってどんな人だったの?」

「うーん……」


 私は少し考えて、言った。


「見た目は今のアマタにそっくりだった」


 小さな頃は少女と見まごうばかりに愛らしかったのに、どういうことだろうか。アマタはすくすくと育って精悍な青年になり……そして、それを通り越してむくつけき大男に成長した。穏やかで礼儀正しい物腰はそのままなのが逆におかしい。


「なんかたまに、いるんだよね……先祖返りみたいにダルガそっくりに育つ子が」


 しかもそれは男女関係ない話であった。ユウキは似なくてよかったなあ、と改めて彼女の姿を眺める。

 アマタとは正反対に、彼女の身長はさほど伸びなかった。確かこの前測ったときは百四十五センチだったか。二十歳の女性としては、この世界でも低い方だ。


 無邪気で快活な性格はほとんどそのままだけれど、かつてのような少年っぽさは完全に抜け落ちていた。それは二つ結びにしてなお腰くらいまで伸びる髪のせいかもしれないし……


 盛大にその存在を主張する胸元のせいかもしれなかった。


「ん?」


 私の視線に気づいて、ユウキは振り向いて笑う。それは思わずどきりとするほど大人っぽくて、私は思わず目をそらした。


「あっ、いたよ、お兄ちゃん」


 かと思えば、ベヘモスを見つけてはしゃぎながら私の服をグイグイ引っ張る仕草は子供そのものだ。こうして振り子のように大人と子供を繰り返しながら、人はだんだん齢をとっていく。そうして皆――私を、置いていくのだ。


「お兄ちゃん?」

「ああ。じゃあ、行こうか」


 不思議そうに顔を覗き込んでくる彼女に、私は慌てて頷く。

 そんなのもう、ずっと、わかりきった話だ。


「うんっ」


 ユウキは頷き、私の背中に飛びついてきた。柔らかな肢体がくっついてくる感触は、なんとも気恥ずかしい。私は急いで竜の姿へと戻った。


 ベヘモスはリンの言うとおり、本当に逃げない生き物だ。流石に傷を負えば逃げようとするのだが、人が近づいたくらいでは身じろぎもしない。まああの図体、あの皮の硬さなら、他の肉食動物なんて怖くもなんともないんだろうけど。


 目の前に突如赤竜が現れても、自分より小さな生き物だからなのか、ベヘモスは全く逃げようとしなかった。豪胆というかマイペースというか……それであっさり狩られてしまうんだから、いっそ間抜けと言ってしまってもいいかもしれない。


「さあ、ユウキ、お願い」

「うんっ」


 頷き、ユウキが私の頭に跨って槍を掲げる。


「汝長きもの、鋭きもの、全てを貫くものよっ。汝無双の槍なれば、狙い違わず、防ぐこと能わぬ、輝く一筋の星となれ!」


 呪文とともに投げ放たれた槍は、うたった通りに輝く尾を引きながらベヘモスの尻に突き刺さる。途端、くぐもった声をあげてベヘモスはのっそりと動き出した。


 逃げている……つもりなんだろうけど、その足の動きはあまりにもゆっくりだ。勿論身体は非常に大きいから速度自体はそれなりに出ているのだけれど、急いでいるようにはとても見えない。


「ニーナ、聞こえる? ベヘモスを見つけた。今からそっちに追い立てるよ」


 のっそりのっそりと走る……いや、歩いて行くベヘモスを追いかけながら、私は魔法で連絡を取った。


「わかった。でも方向が違う。もうちょっと左」


 え、なんで普通に位置逆探知されてるの?

 まあニーナだからとしか言い様がないけれど……


 ニーナのナビに従い、何度かユウキに槍を投げてもらって方向を調節しながらベヘモスを追い立てていると、地平線の彼方に巨大な壁が聳えているのが見えた。ニーナの作り出した、木の檻だ。


 勿論、ただの檻では簡単に破壊されてしまう。破壊を防ぐために多少の工夫がしてあった。それは、檻の内側に生えそろった長い槍のような丸太だ。


 突進しようとすれば、それが刺さることは免れない。ベヘモスの鉄のような皮に実際刺さるかというと実は怪しいところなのだが、ユウキの投げ放つ槍で尖ったものの痛さを教えている。警戒して踏みとどまってくれることを期待していた。


「入った!」


 細かく方向を調節し、檻の中へとベヘモスを追い込む。その身体に対して檻はちょっとばかり狭いんじゃないかと危惧していたが、ベヘモスは首尾よくその中へと入ってくれた。そしてそこにずらりと並ぶ槍のような棘を警戒したのか、動かし続けていた脚を止める。


 やったか……!?


 そう思った次の瞬間、ベヘモスは口を大きく開けると、突き出した木にかぶりついてバリボリと咀嚼しだした。

 そのまま檻自体にも齧り付き、美味そうに食べきってしまうと、悠々と立ち去っていく。その様子を、私たちはただ黙って見ているしかなかった。


「……ベヘモスって、木を、食べるんだね……」


 背中でユウキが呆然と呟く。


「確かに……」


 私は今までベヘモスの食性すら知らなかったことに気がついた。

 それじゃあ、仮に捕まえられても飼育することなんて出来ないじゃないか。


「……まあ、木を食べるなら餌には困らなさそうだなあ」

「つまりまだ諦めないつもりなのね」


 呟く私に、ニーナが呆れたように言った。


「いやでも、なんとなく行けそうな気はするんだよ」


 今までの動物たちは有無を言わさず脱走していった。だけどベヘモスは少なくとも足を止めた。鹿や山羊よりはだいぶ御しやすそうな気がするのだ。


「例えば、ベヘモスが食べられないくらい硬い木で作るとか……」

「ニーナ先生、あれより硬い木出せるの?」

「無理ね」


 私の案を聞いてシグが問い、ニーナがすぐさま切り捨てる。

 木の檻は森の木を切り出してきて作ったものではなく、ニーナに魔法で出してもらったものだった。ベヘモスを囲める量を切り出してきて檻を作るのは、流石に一朝一夕では不可能だ。けれども『落ち零れ』のニーナの力を使えばそう難しいことではなかった。

 その彼女が無理だっていうなら、無理なんだろう。


「食べても、美味しくない木にするとか……」

「単に飲み込まずに吐き出して壊すだけなんじゃない?」

「もっと細かく棘をつけるというのはどうでしょうか」

「細い棘じゃ痛くなさそう。ただでさえベヘモスは硬いんだし」

「誰か檻の前にいて、檻に近づいたら槍で突くっていうのは?」

「誰がその役目をするんだよ……」


 ルカ、紫さん、ユウキと次々案を出していくが、その全てをシグが否定していく。とは言え彼も難癖を付けているわけではない。


「じゃあ、木じゃなくて、石でつくったら?」

「そんな大きな石、どこにも……いや、でも、先端だけ石で作るのはありかな? 本物の槍みたいに」


 リンの提案に少し考えて、シグは私にそう尋ねた。

 最近わかってきたのだけれど、彼は素案の欠点を洗い出し、穴を埋めて、実用的な手段を構築するのが非常に上手い。リンが柔軟な発想を出し、シグがそれを形にする。そんな光景がよく見られるようになってきたのだ。


「石では、耐久度が足りないかもしれないな……」

「駄目かなあ」


 いい案だと思ったんだけど、とシグは肩を落とす。

 けれど私は全く反対のことを考えていた。


「逆に言えば、耐久度だけなんとかなれば、いけるってことだ。石より硬くて丈夫で鋭いものがあれば」

「そんなものあるの?」

「うん」


 その存在を、私は知っている。


 金属だ。


「問題は……どうやって持ってくれば良いのかわからないって事なんだよな」


 金属の利用は、今までも何度か考えた。石器から、青銅器への移行だ。まあこの世界に銅があるかはわからないのだけど。

 けど、それをどうやって鉱山から掘ってきたら良いのか、私にはさっぱりわからなかった。まさか木のツルハシでは岩は掘れないだろう。石器でも難しい。

 掘るには金属器が必要だと思うのだが、鶏が先か卵が先か、という問題に直面していた。

 一体、地球ではどうやったのだろうか?


「どこにあるかはわかるの?」

「ああ。山の中……本当に、中だよ。山を掘ってその中から出て来る……と思うんだ」


 それも、確証のある話ではない。どういう山から鉄や銅が出て、どういう山からは出ないのか。そういう知識が私にはさっぱりないからだ。


「思うって何よ……まあ、山に穴を空ければ出てくるんなら、取りに行けばいいだけの話じゃない」

「どこに?」


 問いに、ニーナは私の背後をすっと指し示した。

 そこにそびえているのは雄大な山。穴山、と私達が呼んでいる山だ。


 その名前の由来は単純で、中腹にぽっかりとトンネルのような穴が開いているから。


「ああ……」


 そしてその穴を空けたのは、私だ。

 今からおよそ五百年前。正確には五百と八年前。


 ダルガとの戦いで、怒った私がブレスで空けた、大穴だった。

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