エピ062「失恋」
俺と「相田」は、真夜中のホテルを抜け出して、トボトボと昏い路地を徘徊する、
宗次朗:「それにしても、まさか同じホテルだったとはな、」
流石の「時任」も、コレは想定外だったに違いない。
相田:「言っとくけど、部屋には絶対に入れないからな、」
宗次朗:「もしかして、婚約者が居るとか?」
一瞬、痛い妄想が俺の胃の腑に穴を穿ち、…
相田:「ちげーよ、入れたら最後、お前、性欲に任せて襲って来るだろうが、」
宗次朗:「信用無いんだな、」
本気とも冗談とも取れない「相田」の突っ込みに、俺はほっと、胸を撫でおろす、
相田:「これ以上無く信用してるって事だろ、」
やがて突然景色は開けて、…ひとしきりの喧騒が過ぎ去った後のサンマルコ広場に辿り着く、
宗次朗:「まだ、パリに居るのかと思ってた、」
相田:「今日の昼、電車で着いた、…途中ローマに寄ってたから、」(注、ローマからヴェネチアまでは乗り換え無しの電車一本)
既に25時を過ぎていると言うのに、辺りには未だ、宴を惜しむ多くの観光客が溢れ返っていた。
宗次朗:「本当に、結婚するのか?」
相田:「ああ、そうみたいだな、」
俺は、どうしても聞きたく無かった事に、どうしようもなく触れて、…
宗次朗:「お前、本当にソレで、良いのか?」
相田:「別に、俺の考えがどうだとか、そういう問題じゃないしな、」
まるで動じようとしない「相田」の答えに、幾ばくかの苛立を覚え始める。
宗次朗:「大体、どんな奴なんだ、お前の、…相手、」
相田:「さあな、まだ会った事もねえよ、」
宗次朗:「そんなんで、本当にお前は良いのか? 会ったことも無い相手と、結婚するとか、」
相田:「良いから、此処にいるんだろう、…別に、お兄ちゃんが選んだ相手だから、そんなに変な奴じゃないだろうし、」
「相田」は、運河の際のゴンドラ乗り場迄進んで、…対岸に見える聖堂の風景に、足を止める。
宗次朗:「そんな風に、…決めて、良いのか?」
相田:「しょうが無いじゃん、お姉ちゃんだって、親に決められた結婚相手だし、私だけ、我儘言う訳にはいかないのよ、」
相田:「多分、住んでる世界が違うんだよ、私達、」
「相田」が振り返って、今にも泣き出しそうな俺に、…苦笑いする、
相田:「なんで、アンタがそんな困った顔すんだよ、」
相田:「メデテエ事なんだから、友達なら、喜んでくれても良いじゃないか、」
宗次朗:「だって、お前、ちっとも嬉しそうに、見えない、…」
宗次朗:「それに、急にもう会えなくなるって言われても、…寂しいじゃないか、」
相田:「子供かよ、どうせよ、何時かは、別れる時が来るんだから、…一寸早まっただけで、同じ事だろ、」
そして、「相田」は、何時もの「外向きの顔」で、…にっこりと微笑んだ、…
相田:「そんなに心配しなくても、…結婚しても私達が友達である事は変わらないよ、きっと、」
相田:「だから、安心して、帰りな、」
それなのに「相田美咲」の長い睫毛は、あの時と同じ様に、…涙に滲んでいて、…
相田:「私、アンタには、見られたくない、…泣いたり、喜んだりしてる姿、」
相田:「…見ないで、…お願い、」
宗次朗:「嫌だ、」
だから、俺は、まるで子供じみた感情しか、出て来ない、…
相田:「嫌だって、言っても、しょうが無いじゃん、…アンタ、どうしたい訳?」
どうしたい?
俺は、どうしたいんだ? どうしたかったんだ?
そして俺は、自分でも予想だにしていなかった事を、口走る、…
宗次朗:「美咲を、…取られたくない、」
「相田」は、溜息ともつかず深く嘆息する、…
相田:「私、あんたの事、…馬鹿だと思っていたけど、本当にどうしようもない馬鹿ね、」
宗次朗:「お前こそ、本当は嫌なくせに、どうして、何時も何時も、嫌だって言わないんだよ、人の都合ばっかし気にして、どうして、本当に欲しいモノを欲しいって、言わないんだよ!」
何時の間にか俺は、大声で叫び、…
相田:「ふざけないでよ! アンタ何様のつもり?」
「相田」も、真っ赤になって叫んでいた、…
相田:「自分は先輩やら後輩やらとヨロシクやっててさ、…今になって私が誰かのモノになると思ったら、惜しくなった訳? ほんと、アンタ子供、…」
相田:「もう、
真っ直ぐに俺を射る「美咲」の瞳から、大粒の涙が、溢れ出す…
相田:「今になって言わないでよ、もう、折角諦めたのに、友達だって、納得してたのに、」
恐る恐る肩に触れた俺の手を、…「美咲」が、力づくで振り払う!
相田:「触んないでよ!! これ以上、私に構わないでよ!」
想定通りの言葉に、想定通りに身体が、反応する、…
恐怖し、委縮し、…
俺には、もう、どうしようも出来ない、…
相田:「未練を、残すな!」
一人きり置き去りにされたゴンドラ乗り場のベンチに座り、…
俺は、不思議な事に、「西野敦子」に告白した時の事を、思い出していた、
中学の卒業式の日に、卒業生代表の挨拶の壇上で、
真っ赤になって、泣き出した「西野敦子」の顔を、思い出す。
壇上から引き摺りおろされて、会場のどよめきから連れ出されて、二人して呼び出された職員室で、「西野」からはっきりと告げられた言葉を思い出す。
西野:「怖いよ、気持ち悪いよ、…もう、私に付きまとわないでください。」
宗次朗:「俺って、何にも、成長してないんだナ。」
波止場に寄せるアドリア海の波だけが、情けない俺の吐露を、囃し立てる、
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