エピ057「孤独」

宗次朗:「…行かなきゃ、」


そうだ、アイツは今も、一人で泣いているんじゃないのか、…


フラフラと、席を立とうとした俺の事を、「立花さん」の寂しそうな視線が、捕えて、離さない…



立花:「どうしても行くと仰るなら、私は止めません、…でも、貴方がお嬢様の傍に辿り着く事は、叶わないでしょう。」


立花:「この家の防犯システムの厳重さは、貴方も良くご存じの事と思います、無理矢理お嬢様の部屋へ侵入しようとすれば、直ちに取り押さえられて、然るべき公的機関に引き渡される事は火を見るよりも明らかです。 勿論、貴方を招き入れた私も、只では済まないでしょう。」


立花:「それに、仮にお嬢様の所まで辿り着けたとしても、お嬢様が貴方を受け入れる事は無いと思います。 仮令たとえ、お嬢様が、貴方の事を「特別な人」だと思っていたとしてもです。」


立花:「お嬢様はもう、心を決めてしまった。」


立花:「結婚は家と家の経済活動の為の仕組みです。 今回お嬢様が嫁がれる先は、当家のご嫡男がアメリカで進めておられる新規事業のパートナーとして欠かせない大きな企業のオーナー一族の方とお聞きしています。 他のご兄弟が同じ様に家族の為に婚姻を結んできておられるのに、ご自分だけが我儘を通す様な真似は、決してなさらないと思います。」


立花:「何時も、美咲お嬢様は、自分が本当に欲しいモノよりも、周りの期待を優先してしまう。」


俺を見つめる「立花さん」の眼差しは、何時しか、何時ものきつい使命感では無くて、何時しか、まるで無力な少女の様な歯痒さに、…濡れて、溢れて、いて、…



立花:「それでも、私は、貴方にだけは、知っておいてもらいたかった。…本当はお嬢様は、何が欲しかったのか、どうしてお嬢様が、貴方の下を去ってしまうのか、その理由を貴方にだけは、受け止めてもらいたかったの、…」



立花:「…ごめんなさい。」







俺は、「相田家」の長い塀の外の路地に座り込んで、…

其の儘、朝を迎えた。



もう少しすれば「相田」が登校する為に出てくるに違いない、…

そしたら、もっと、きちんと、話をしよう


この結婚話が、本当に「相田」にとって良い事なのか、友達として喜んでやれる事なのか、


だって「アイツ」は、泣いていたんだ、本当にそんな事を、望んでいる訳が無い、…


それなのに、どうして?

家と家との経済活動の為?…ふざけるな!


何時だって「アイツ」は、小さな籠の中に自分を閉じ込めて、何時だって、我慢して来たんだ、


何で、嫌だって言わないんだ!


俺が学校説明会に「すず姉ちゃん」を連れて行った時も、…

俺が「鐘森」の為にGWの旅行をキャンセルした時も、…


「アイツ」は、何時だって自分の事は我慢して、





何で俺は、友達とか、口で言いながら、「アイツ」の事をもっと、…考えてやれなかったのだろう?


何時も何時も、憎たらしい事ばかり言って、「アイツ」の喜ぶ事を、何で、…してやれなかったんだろう?



俺は、何回、「アイツ」の笑っている顔を、見れたのだろう?





「それで、お前はどうするつもりなんだ?」


俺の胸の奥底で、…臆病モノの俺が悲鳴を上げる、



「どうせ、お前には、何も出来やしない、只の、小市民の、只の、高校生じゃないか、」



アメリカの大金持ちの代わりになんか、成れる訳がない、…


俺なんかが、完璧な「アイツ」の隣に並ぶ事など、出来る訳がない、…



その癖に、何を、…


俺は、白々しく、何を悔しがっているんだ?





「だって、アイツは泣いていたんだ。」


だけど、「アイツ」はそれを受け入れる事を、決心したんじゃないのか?


だから昨日、ケジメを付ける為に、俺に会いに来たんじゃないのか?


そうして、もう、「アイツ」は、…





いつの間にか降り出した雨が、温かく俺の身体を、包み込む、


俺は、為す術も無く、激しい雨に慰められて、…



何十回となく、行き場を失った思考が空転を続け、時計の針が15時を回った頃に、


俺の前に、…







「時任マサト」が、現れた、




時任:「彼女はもう、此処には居ない、」


時任:「今朝のエールフランスで、パリへ発ったよ、」







俺は、何で、…





泣いているんだ?













流し続けるシャワーの音が、…少しずつ、俺の体温を取り戻していく、



時任:「ガウンを置いておくから、洗濯が終わるまでこれを着てて、」


りガラスの向こうから、「時任」の声が聞こえて、…



宗次朗:「ごめん、トイレ、…吐いちゃった。」


時任:「気にしないで、」


俺は、少しずつ、正気を、取り戻していく。





俺は、借りてきた猫の様におどおどと、綺麗に片付いた広いリビングに足を踏み入れる。



時任:「ほら、そこに座って、…髪、乾かしてあげるから、」


言われるが侭に、「時任」の細い指が俺の髪を梳いて、…

ドライヤーの熱が、俺の首筋を撫ぜる、…



宗次朗:「いろいろ、ゴメン。」


時任:「言っただろ、僕と君とは運命共同体だって、…君が困っているなら、何時でも僕は、君を助けるさ。」


何時しか、しなやかな「時任」の指の所作に、俺は微睡みを覚え始める。



宗次朗:「お前、家では結構女っぽいんだな、」


目の前に覆い被さった「時任」は、ノーブラのタンクトップに、短パンという出で立ちだった、



時任:「ずっと胸を締め付けたままだと、窮屈なんだよ。」


「時任」は、悪戯に、…ドライヤーの風を、俺の顔に浴びせかける。



宗次朗:「今あんま俺に優しくすると、惚れちまうぞ。」


時任:「生憎、僕は女の子にしか興味は無いんだ。…何か飲むかい?」





趣味の良い家具の風景が、アロマキャンドルの漂う空間を満たしていく、


「時任」は、俺の返事も聞かないままに、コトソトと、サイフォンのスイッチを入れた。



宗次朗:「お前、結構胸あんだナ、」


時任:「…それ、褒めてるの?」


俺は、手際よくソーサーをセットする「時任」の、タンクトップの脇からチラチラと覗く、豊満な女性の象徴から、目が離せない。


「時任」は、それから最後に、戸棚の奥の「マッカラン」を取り出して、…淹れ上がったばかりの、湯気を立てる琥珀色に、ほんの少しだけ、…雫を滴らす、



それから、ソファーの前のガラステーブルに、…コーヒーカップを並べて、


それから、ソファーの後ろから、俺の首を、優しく、…抱きしめた、



柔らかな「時任」の肌の温もりが、ゆっくりと俺の頸動脈をほぐしていく。




宗次朗:「今、あんま俺に優しくすると、惚れちまうぞ、…」


時任:「辛い時は、…頼れよ、…」



そう言いながら「時任」は、その柔らかな唇で、…



俺の頬を伝う、


無自覚なしずくに、…





口付けをした、

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