エピ048「俺が失くしてしまったモノ」
結局その日、「鐘森麗美」は一枚の絵も仕上げる事無く、それどころか一日中壁の方を向いたままで、終わりの時刻を迎えた。
アカリ:「お疲れ様、」
アカリ:「明日も大丈夫?」
宗次朗:「俺は良いですけど、鐘森、来れますかね。」
アカリ:「鐘森さん次第ね、…」
「アカリ先生」は、何時もと同じ「優しい」眼差しで、俺を見詰める。
アカリ:「宗次朗、悪いけど鐘森さんを藤沢の駅まで送って行ってくれる?」
時計は、既に夜の7時を回っていた。
トボトボと、学校から駅へ向う途中も、「鐘森」は、ずっと、黙った侭だった。
一緒に帰るとは言っても、アカラサマに「鐘森」は俺から距離を取って、5m位は離れて、タラタラと着いて来る。
ついこの間、漸く心を開いてくれて、片言でも言葉を返してくれる様になったのが、全部、元の木阿弥に戻ってしまった様に感じてしまう。 …本当に、これで、良かったのだろうか?
ホームで電車を待っている間も、電車が藤沢駅に着いても、…「鐘森」は、ずっと、俺から目を背けた侭で、5歩位離れた処で、ずっと、黙った侭だ、
俺は、何を言えば正解で、何を言うのが間違いなのか、ずっと、判らない侭、…駅の改札に辿り着く。
宗次朗:「鐘森、…」
「鐘森」が改札を通る寸前に、俺はとうとう声をかけて、…
宗次朗:「嫌、だったか? 無理なら、…」
「鐘森」は、一瞬立ち止まって、それから…首を、横に振った。…
それから、たった一言、
鐘森:「違う、…」
それだけ、呟く様に言って、…
改札の向こうで迎えに来ていた母親の元に、駈けて行った。
「鐘森」の母親は深く、俺に頭を下げて、それっきり二人は、どんどん俺から離れて行く。
元々、言葉足らずの「鐘森」だが、…たった一言「鐘森」なりに勇気を振り絞って、俺に伝えたかった言葉は、一体、何なんだったんだろう?
俺は、二人が見えなくなる迄見送って、それから下りホームへ戻ろうとした時に、…
西野:「京本クン!」
振り返った改札の外に、…まるで奇跡の様に「西野敦子」が立っていた。
俺は、苦笑いミタイに軽く手を挙げて、挨拶する。
それから「西野」は手招きして俺を呼ぶ、…何で?
宗次朗:「やあ、」
西野:「ねえ、今の子、京本クンの彼女?」
多分、「鐘森」の事を、見ていたのだろう。
宗次朗:「違う、部活の後輩。」
西野:「ふーん、ねえ、京本クンって今、付き合ってる子居るの?」
なんで、そう言う話?
宗次朗:「いない、と思う。」
片想いの相手なら居るが、付き合っているとは、言えないだろう。
西野:「じゃさ、ちょっと今から私に付き合ってくれないかな? 1時間くらいだけ、…駄目?」
俺は、中学の頃を思い出す。
「西野」は、いつでもこんな風に、こんな気軽さで、俺に声をかけ、誘い、それで、結局俺の事等、…何とも思っていなかったのだ。
それは、今も同じに違いない。
宗次朗:「良いけど、…なに?」
西野:「良いから、はやくコッチ出て来て、」
宗次朗:「ああ、…ちょっと、清算して来る。」
それで、俺と「西野」は、駅からそれ程遠く無い、コジャレタ喫茶店の扉を潜っていた。
宗次朗:「どうでも良いけど、西野は、こんな所で何してんだ?」
西野:「予備校、…もう終ったんだけどさ、」
宗次朗:「凄いな、GWまで受験勉強か、」
西野:「だって私らもう2年生だよ、そろそろ気合入れてかないと、間に合わないって。」
そう「西野」は昔もこんな風に、真面目で勉強熱心で、快活で、思わせぶりな女子だった。
宗次朗:「それで、そんな頑張ってる西野さんが、俺に、何の用?」
西野:「ちょっと、一人じゃ入り辛くってさ、」
宗次朗:「喫茶店がか?」
確かに、高校生が立ち寄る店と言えば、ドリンクバーの有るファミレスか、モールのフードコートが相場である。 こんな、落ち着いた雰囲気の喫茶店は、敷居が高いと言えば、その通りだ。
宗次朗:「何かあるの?」
西野:「ほら、見て、あの店員さん、…すっごい可愛いヒト、」
と、言われて、振り向いてみた先に、まるで、アンティークドールみたいな美少女が、メイド服姿で、コッチを見て、…微笑んでいる、、、
やべーー、…
西野:「予備校でも凄い噂でさ、前からちょっと気になってたんだけど、今日偶々帰りがけに外から覗いたら、あのヒトの姿が見えて、…ねえ、アレって、私達と同中の「円先輩」だよね。」
涼子:「いらっしゃいませ、お二人ですか?」
にっこり応対の「すず姉ちゃん」の笑顔は、営業スマイル以上の「何かの企み」を孕んでいるに違いなかった。
不自然に眼を逸らそうとする俺の視線を、メイド姿の幻のアイドルが、…追いかける。
涼子:「あらぁ、お客様ぁ、…こちらの綺麗な女性はどなたなのか、ちゃーんと紹介してくれるんですよね〜?」
西野:「…え?」
俺と「西野」は比較的奥のテーブルへ通されて、
事務的にオレンジジュースとレモンスカッシュを頼んで、…それから俺は、手持ち無沙汰に窓の外を眺める。
居心地良い訳、…無い!
西野:「京本クンってさ、円先輩と、知り合いだったの?」
宗次朗:「小学校の時の登校班の班長さんだよ。」
その他、諸々については、当然口外する必要等無い。
西野:「なんだー、知らなかった、へえ、そうなんだ。」
西野:「じゃあさ、円先輩が芸能界入るかも知れなかったって事、もしかして知ってるの?」
宗次朗:「ああ、…」
やっぱり、皆、「西野」ですらあの「事件」に興味津々だって事だ。
「西野」の方は、逆に話し辛くなって、罰が悪そうに口籠る。
西野:「本当、…綺麗な人だよね。」
宗次朗:「そうだな、…」
涼子:「それで、…」
と、突然、頼みもしない巨大なアイスクリームケーキがテーブルに並べられた!
涼子:「二人は、どう言う関係なのかな?」
宗次朗:「すず姉ちゃん、こんなの頼んでないって!…」
涼子:「当然私の奢りよ、…今週のカップル限定特別メニューなのさ、」
宗次朗:「だから、俺達はカップルとかじゃなくて、偶々駅であった中学の時のクラスメイトだよ。」
涼子:「そうなの? それで、こんな時間に喫茶店? 怪しいなぁ。」
宗次朗:「妙な邪推は、…西野に失礼だよ、…」
西野:「あ、別に失礼とかは無いけど、…初めまして、京本クンの元同級生の西野です。」
涼子:「初めまして、宗ちゃんのお姉ちゃんの円涼子です。…ってきっと知ってるよね。」
ヒトが自分の事をどんな風に見ているのかなんて、どう取り繕った所で隠し様が無い。 特にそれが好奇の視線なら、尚更の事だ。
マスター:「涼子ちゃん、御会計お願い。」
涼子:「ちぇ、呼ばれちゃったか。…宗ちゃん、後でちゃんと報告しなさいよ! 判った?」
「すず姉ちゃん」は、俺の頬っぺたを人差し指で思いっきり突いて、それからしずしずとレジへ向う。
見ると、会計を済ませた常連客らしい男が、いかにも親しそうな関係を周囲に見せつける様に、長々と「すず姉ちゃん」と話し込んでいる。
それで複数の男性客が、羨ましそうに、そんな「すず姉ちゃん」の営業スマイルに見蕩れている。
明らかに「すず姉ちゃん」目当てでこの喫茶店に来る客は少なく無いらしい。
西野:「円先輩ってあんなヒトだったんだ、もっと、天上界のヒトかと思ってた。」
「西野」は、ちょっと毒気を抜かれた表情で、和やかに接客する「すず姉ちゃん」の姿を眺めていた。
それよりも、当面の課題は、此の巨大なアイスクリームケーキを、どうするかだが、…
俺と「西野」は最寄り駅で別れて、それぞれの家に向う。
星の見えない曇った夜空を見上げながら、俺はふと、振り返る。
今にして思えば、俺は、「西野敦子」の何処に惹かれていたのだろう?
いや、正直に言えば、「西野敦子」と何がしたかったのだろう?
いや、もっと正確には、「恋愛」に何を夢見ていたのだろう?
今日みたいに、二人で喫茶店に入ったり、デートしたりする事?
「相田美咲」との関係みたいに、仲の良い友達になって、本音で話したり、喧嘩したりする事?
「時任マリア」との関係みたいに、二人だけの秘密を共有する事?
「すず姉ちゃん」との関係みたいに、キスしたり、セックスしたりする事?
それから、結婚して、子供を産んで、一緒に歳を取って行く事?
恋愛とは、何処迄行ったらエントリーで、何処迄行ったらゴールなのだろう?
ゲームみたいに、ダンジョンの階層を次々クリアして行けば「よく出来ました」と褒められるのだとしたら、俺は一体今、どの階層迄到達出来ているのだろう?
俺は一体何を、手に入れて何を手に入れられなかったのだろうか?
俺は一体何が、未だ足りないと思っているのだろうか?
俺は一体何を、失くしてしまった侭なのだろうか?
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