エピ037「とある日常への回帰」

次の日、俺が教室のドアを開けたのは、1時限目が始まって、30分程過ぎた後だった。



宗次朗:「スミマセン、ちょっと具合悪くて、遅れました。」

渋谷(化学教師):「京本、時任、一時限目終ったら、ちょっと職員室来い。」


呼ばれた原因は、大体判ってる。

俺は、昨日、無断外泊し、家に帰らなかったのだ。


携帯には、「親」から20件以上の着信と20件以上のメールが届いていた。 随分心配をかけたのだろう事には心が痛む。 それ以外にも、「早美都」からも、「博美先輩」からも10件以上のメールが届いていた。


極めつけは「アカリ先生」からのテキスト・メッセージ「Good Job」だ、


全然、気付かなかった。


普通なら、こんな大事になっては、最早世界は終ったか位にストレスを感じても良さそうな物なのだが、…何故だか、俺には、そんな事すら、ほんの些細な事にしか思えなかった。


何故なら、俺の頭の中は、アホミタイに「すず姉ちゃん」でいっぱいだったからだ。


溜息混じりに席に着く俺の事を、「相田」が、心配そうに、見詰めている。

俺は、逃げる様に、「相田」の視線から、目を逸らす。







で、職員室、

でも、何で「時任」?



国分(国語教師、担任):「もう家には連絡したのか?」

京本:「はあ、未だです。」


国分:「若いうちはついつい羽目を外してしまいがちになる。 それは先生も経験有る。 でも家族を心配させるのは感心しない。 昨晩のご両親の心配は相当な物だったんだぞ、学校や俺の所に迄直接電話をかけて来て、時任の家に泊まっている事が判るのがもう少し遅かったら、警察にも連絡する所だったんだ。」


京本:「なんで、時任の家って?…」

国分:「俺が片っ端から電話駆け回ったんだよ、かみさんとのデートをキャンセルしてな。 お前が時任と仲が良いのは知っていたし、時任は一人暮らしだったから、もしかしたらと思った訳だ。」


時任:「その時宗次朗は、罰ゲームでコンビニに買い出しに言っていたからね、僕が代わりにお母さんに電話しておいたんだ。」


国分:「兎に角、時任も気を付けてくれ、イギリスではどうだったのか先生は知らないが、日本では親に無断で友達の家に外泊するなんて事はやっていい事じゃ無い。」


時任:「スミマセン、丁度宗次朗の携帯のバッテリーが切れていて、もう少ししたら家に連絡を入れようとしていた所だったんです。」


国分:「ソレにしたって、夜の11時は遅すぎるだろう。」




俺達は2限目の最初の15分を費やして、説教をくらい、

俺は「国分」の目の前で家に連絡を入れさせられて、また母親から更に10分程説教をくらい、


「時任」と二人して反省文を提出する宿題を貰って、漸く開放された。



で、職員室からの帰り道の廊下、



宗次朗:「庇ってくれたのか?」

時任:「僕達は運命共同体、ミタイな物だからね。 君がピンチなら当然助けるさ。」


アイドル顔の王子様(本当は女)が、ちょっと誇らしげに胸を張る。



宗次朗:「でも、俺が何処に居るのかも知らないで、良くそんな気が回せたな。」

時任:「勿論知っていたさ、君が何処に居て何をしているのかは、当然把握しているって、前に言わなかったっけ?」


俺は、さーーっと血の気の引く音を聞いて、貧血気味に、立ち止まる。



宗次朗:「ちょっと、待て、…お前、本当に、知っているのか? 俺が、何処で、何をしていたのか?」

時任:「ラフォーレで朝迄、円涼子と一緒だった、合ってるだろ?」


宗次朗:「それ、誰かに、ばらすつもりか?」

時任:「勿論そんな事はしないさ。 これで僕達は、お互いにイーブンな関係に成れたとも言える。」


時任:「コレからも、宜しくね。」


やっぱ、コイツ、超こえー、…







早美都:「昨日は、どうしてたの?」

宗次朗:「ああ、一寸、用が有って、時任ん家に、泊まってた。」


早美都:「用って、なに?」

宗次朗:「悪い、ちょっと、簡単には、説明出来ないんだ。」


何だか、「早美都」の表情が冷たい。

「時任」が「相田」と付き合っていた時に別の女と二股掛けていちゃついているのを目撃して以来、「早美都」は「時任」の事を快くは思っていないのだ。



宗次朗:「早美都、信じてくれ、」


俺は、「早美都」の手を握りしめて、真っ直ぐに「早美都」の目を、見詰める。

「早美都」は、何故だか、顔を真っ赤にして、



早美都:「なんなの?」

宗次朗:「俺は、時任なんかよりも、お前の方がずっと好きだ。」


「早美都」は、思わず、俺から目を逸らす、



早美都:「ばか、…」


でも、コレは、本当の事だ。







ソレで、携帯にテキスト・メッセージが届く。



相田 (テキスト):「ナンか有ったノ?」


それで、俺は、何と返せば良い?

「相田」と俺は目下喧嘩中である。 アイツとの喧嘩が3日も続かない事は既に学習済みだが、それでも、喧嘩中の友達を心配してくれるくらい「相田」は良い奴だ。


そんな「相田」に、俺は何を伝えれば良い?



宗次朗 (テキスト):「放課後、相談したい事が有るんだが。」


俺は、それだけ送ってから、チラリと「相田」の顔を盗み見る。

「相田」は、ちょっと困った顔で、俺の事を睨みつけ、



相田 (テキスト):「仕方ないから、聞いたげる、」

相田 (テキスト):「でも、こないだの貸しは、キッチリ利息付けて払ってもらうから、」


アレって、貸しなの?…

利息って、なんなの?…



苦し紛れのその場凌ぎで時間稼ぎしただけに過ぎないのだが、…

さて、どうしたモノか。







博美:「宗ちゃん、ちゃんと説明して!」


そして、思っていた通り、「博美先輩」からも説教を喰らう。


「アカリ先生」はと言うと、ハミングしながら俺の顔をチラ見して、嬉しそうにニヤリと微笑んでいる。

「先生」! もしかしてナンか気付いてるんですか?…



結局、昨日の事は、暫くは、誰にも話さない事に決めた。

「友達」を余計に心配させない為に「友達」に「嘘」を吐く。


ソレは、重大な裏切りなのだろうか? 何が正解かは、判らない。

でも、本当の事を打ち明ける事で、何が起きるのかが判らない内は、無闇に問題だけを提起すべきではないと、そう感じたのだ。


何時かは「友達」に本当の事を打ち明ける日が来るかも知れない。

でもソレは、もう少し、俺の頭の中で整理が付いてからの方が、良いと、思えたのだ。







それで、いつもの空き教室。

ココで、俺と「相田」がキスした事は、5年間口外無用の契約に成っている。



相田:「まさか、私が「キレた」事への当てつけじゃないだろうな。」

宗次朗:「それは、違う。」


相田:「全く、心配させんな。」

宗次朗:「悪かった。」


相田:「それで、ナニ、相談って、」

宗次朗:「なあ、お前、日曜日、何で急に機嫌が悪くなったんだ?」


宗次朗:「俺は、独り善がりだから他人の気持ちに気付けない。 何かお前を傷つける様な事をしたんだったら、謝る。」


宗次朗:「だから、教えてくれないか。」

相田:「嫌。」


相田:「絶対にアンタには教えない。」

宗次朗:「未だ、怒ってんのか?」


相田:「別にもう怒ってないわよ。て言うか、何時迄も怒ってるのって疲れんの。面倒臭い。」

宗次朗:「だったら、教えてくれよ。」


相田:「それと、今回のアンタの無断外泊と、何か関係あんの?」

宗次朗:「まあ、全く関係ない事もない。」


相田:「兎に角、あの件に関しては、私は墓場迄持って行くわ、アンタも早く忘れな。」

宗次朗:「それじゃ、利子付きの返済は、チャラって事で良いんだな。」


相田:「それとコレは別よ。最低でもサンジェルマン(スィーツ屋)のデラックスショート及びカフェラテね、」

宗次朗:「何の為か判らない償いはしたく無いな。」


相田:「それと、アンタ、クリスマス・イブ身体開けときなさい。」

宗次朗:「何で?」


相田:「何でもよ、どうせ何にも用なんか無いでしょ?」

宗次朗:「デートでもするのか?」


一応、コイツ赤くなるのな、



相田:「馬鹿じゃないの?」

相田:「なんで私がアンタと、わざわざイブにデートしニャきゃニャんニャいのよ。」

宗次朗:「じゃあ、ナニすりゃ良いんだ?」


相田:「それは、これから考えるの!」

宗次朗:「まあ、判ったけど。 何か準備が居るなら、早めに教えてくれよ。」




相田:「ねえアンタ、昨日、円先輩と一緒だったんじゃないでしょうね?」


何で、女って、こうも、…鋭い?



宗次朗:「聞かなかったのか? 俺、時任の処に居たんだ。」

相田:「ナンかおかしいのよ。 なんでアンタミタイのが、時任クンと仲いい訳?」


何で、女って、こうも、…鋭い?



宗次朗:「さあな、お前がアイツを振った時に、色々相談に乗ってやったからじゃないか?」


と、言う事にしてある。



相田:「兎に角、アンタのイブは私のモンだから。 部屋の大掃除させるか、溝浚どぶさらいさせるかはコレから決める。」

宗次朗:「なんで、ワザワザクリスマスにお前んちの掃除を手伝わなきゃならんのだ?」


相田:「反論は受け付けません、これは償いなんだから、」

宗次朗:「意味不明だな、」






それで、俺は憂鬱な気持ちで下り電車を待っている。

勿論、「すず姉ちゃん」が待ち伏せていて、声をかけてくるなんて事は無い。


それで、家に帰れば、朝の300倍位は小言を喰らうのだろう。

まあ、でも、其れ位はしょうが無いか、…とも言える。


冷静に考えれば、俺は「すず姉ちゃん」の思う壷に嵌ったのかも、知れない。

でも、俺自身、多くの物を得られた事は、確かだ。


不思議な事に、少なくとも俺はもう「西野敦子」に怯える必要が無い事だけは、実感していた。


恋愛に失敗する事は、誰にでもある事で、

恋愛をやり直す事は、誰にでも出来る事だと、


恋愛は「練習」なのだから、「完全パーフェクト」である必要は無いのだと、…実感していた。

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