エピ033「スキとキスの反応式」

その夜、俺は「相田美咲」にE-Mailを送った。

当然と言うか、幾ら待てども返信は来ない。


何だか、無性に嫌な予感に襲われて、俺は、とうとう我慢できずに、携帯に電話を掛けてみる。

当然と言うか、幾ら待てども「相田」が携帯に出る気配はない。




暫くして、「テキスト・メッセージ」が送られてきた。



相田 (テキスト):「ナニ」

宗次朗 (テキスト):「具合悪いって聞いたから、」


相田 (テキスト):「なんでアンタが心配すんのよ」

相田 (テキスト):「今サラ、」

宗次朗 (テキスト):「何か、怒ってんのか?」


相田 (テキスト):「だからナニ」

宗次朗 (テキスト):「もしかして、円先輩を連れてった事か?」


相田 (テキスト):「分ってんならイチイチ聞クナ」

宗次朗 (テキスト):「何でそんな事で怒るんだよ、」


相田 (テキスト):「分かんないならモウ良イ」

宗次朗 (テキスト):「何か、誤解してないか?」


相田 (テキスト):「勘違いしてんのはアンタでしょ」

相田 (テキスト):「もう寝ルから」


宗次朗 (テキスト):「教えてくれよ、何でそんな怒ってんだよ?」


その夜それ以上、「相田」からテキスト・メッセージは帰ってこなかった。




ふとあてた唇の奥に、「円先輩」の舌の感触が、未だ、残っている。


あの後、どうやって家まで辿り着いたのか、記憶が定かでない。

何を話したのかも、よく覚えていない。


きっと「円先輩」にしてみれば、全然大した事のない、気の置けない者同士の些細なじゃれ合いのつもり、だったに違いない。


それなのに、解析不能な「罪悪感」が、俺の胸にこびり付いたまま、離れない。




キスなら「相田」とだって、した事が有る。

そんなものは、口と口とをくっつけるだけの行為であって、

そんなモノに、心を縛られる必要など無いって、解っている筈なのに、

どうして、こんなにも俺は、一体何時まで何処を「漂流」しているのだろう?


結局俺は、偉そうに知識ばっかり先行するだけで実践が空っきしだから、実際に自分の身に降りかかった現実には、こうも怯えてしまうのだ。


そんな不安を紛らわせたくて、俺は「相田」にすがろうとしたのだろうか?

それともまさか俺は、「相田」に許しを請いたかったのだろうか?


でも、何で、…

「相田」は急に、不機嫌になったんだ?



宗次朗:「わかんね、…」







次の日の月曜日、流石に「相田」は学校には出てきたが、相変わらず俺とは口を利かないつもり、らしかった。



早美都:「どうだったの、昨日?」

宗次朗:「まあ、良かったんじゃないか、人もいっぱい来てたし。」


早美都:「相田さん、どうだった?」

宗次朗:「ああ、良かったんじゃないか。」


早美都:「ふーん、…喧嘩したの?」

宗次朗:「なんで?」


早美都:「宗次朗って分かり易いんだよ。 …何が有ったの?」

宗次朗:「何って、…」


と、言う流れで、俺は昨日の一連を早美都に説明する。勿論「円先輩」にキスされた件は、…口外無用だ。




早美都:「うん、それは宗次朗が悪いね。」

宗次朗:「どうしてそうなるんだ?」


早美都:「どうして先輩を連れて行ったりしたの。」

宗次朗:「だって、行きたいって言うから、…仕方ないじゃん。」


早美都:「そうだとしてもさ、相田さん、あんなに楽しみにしてたじゃん。」

宗次朗:「楽しみ?」


早美都:「そうだよ、それなのに先輩を連れて行ったから全部台無しになっちゃったって、そういう事なんじゃないかな?」


「相田」が、楽しみにしてた?

俺が何を、台無しにした?


でも、別に俺と「相田」は恋人でも彼でも彼女でもない。しいて言うなら「友達」だが、「友達」が別の「友達」を連れて行ったからって、あそこまで不機嫌になる必要が有るのか?



早美都:「よく解んないけどさ、早いとこ謝った方が良いんじゃない?」

宗次朗:「俺が謝るの?」







当然の様に、その日「相田」は部活には顔を出さなかった。…教室ではあんなに愛想良く振る舞ってたくせに!



博美:「それは宗ちゃんが悪いよ。」

宗次朗:「先輩も相田の味方ですかぁ?」


博美:「どっちの味方って訳じゃ無いけど、考えて見て、この侭美咲ちゃんが部活に来なくなって、宗ちゃんの事ずーっと無視し続けたとしたら、宗ちゃん、…耐えられるの?」


宗次朗:「別に、…平気ですけど。」

博美:「ふーん、だとしたら、…見損なったなぁ。」


「アカリ先生」が、紅茶のカップを静静とソーサーに戻しながら、…ニヤリと俺の顔を見る。

…って「先生」絶対面白がってるよね!




「相田」が俺と話したくないなら、それが「相田」にとって良い事ならば、俺は本心から、それでも構わないと思うのだ。 …これって、「時任マリア」が言ってた事と同じような気がするな。


兎に角、俺に「相田」をどうこう束縛する権利は無い。


最終的に「相田」が俺を選ぶ事など有り得ないのだ。 今は「相田」は極端にスキンシップを怖がる「恐怖症」を患っていて、俺だけが「相田」の秘密を知っているから、俺は「相田」にとっての特別で、何かに付けて愚痴を聞いたり、鬱憤をはらす捌け口になっているだけであって。 いずれは「相田」もそんなハードルを克服して、本当の「恋愛」を始めるに違いないのだ。


だったら俺は友達として、「相田」の本当の「恋路」を邪魔しない方が、絶対に良いに決まっている。


それなのに、俺が「先輩」を連れて行った位でブチブチ機嫌を損ねる「相田」の方が、悪いに決まっている! …一体アイツは俺の事を「何」だと思っているんだ!






ホームで下り電車を待つ俺の背中を、誰かが叩いた。



涼子:「へへ、宗ちゃんだ、おひさ~、…」


チノパンにスニーカー、真っ白なセーターにオレンジのマフラー、ちょっと大きめのダッフルコートにすっぽりニット帽を被ってる。



宗次朗:「昨日会ったでしょ、…て言うか、何で、…あんな事、したんですか?」


途端に、「円先輩」がしおらしくなる。



涼子:「ゴメン、もしかして、…嫌だった?」

宗次朗:「嫌じゃ、無いですけど。…意味解んない。」


宗次朗:「先輩って、誰とでも、…キスするんですか?」


俺は、思わず、心無い「黒い噂」の事を、思い出す。

俺は、思わず、自分がどんなに「酷い事」を口走ってしまったかに気付いて、…



宗次朗:「済みません。」


「円先輩」は、俯いたまま、…



涼子:「好きじゃない人とは、しないよ。」


独り言の様に、呟いた。



涼子:「好きな人としか、しないよ。」




…俺は、混乱する。


好き? すき? スキ?

好きとは、一体なんなんだ?



好きとは究極的には相手パートナーに命を預けても構わないと思える程の「信頼」の気持ちである。

誤解を恐れずに言えば、子孫繁栄のリスクを共にする為にお互いを縛る「呪い」と言えなくもない。


その究極段階に至る為に、お互いを探り合う行為が、キスであったりペッティングであったりする訳だ、一部の鳥では奇妙なダンスだったりする。


つまり、キスをすると言う事は、もっと仲良くなりたいと言う気持ちの表れなのだ。



でも「円先輩」は、以前別の男と、キスどころか性交渉にまで至っている。

その男の事はどうなったんだ? 本当は好きではなかったのか? もう好きではなくなったのか?

相手に妻子があったから、社会的に認められないから諦めたのか?

それともそんな噂は、本当は根も葉もない出鱈目だったのか?


それとも「円先輩」は、誰とでもこんな風に、好きになりたいと、…そう思っているのか?


そんな「円先輩」に対して、俺は、どう接すれば良いのか分からなくて、…混乱する。


どうでも良いけれどそんな話は、とても駅のホームでする様な事では無い、それ位は、幾ら未熟な俺にでも、…解る。



宗次朗:「先輩、何処か静かな所に、行きませんか?」

涼子:「…、うん、そうだね。」







20分後、…

俺と「円先輩」は、駅からそう遠くない「シティホテル」の、507号室に居た?!


え、…なんで?

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