6F

「かなり久しぶりだね、君とは。」

「ええと、ハートさん……ですよね?」


 笑顔で軽く頷かれたその方は、州警OHPのOBで。かつての部下たちに混じって、しばしば出張所ここを訪れていたヘンリー・ハート氏に間違いない――――とはいえ。暗い褐色のコートを着込み、ほぼ同色の革手袋と毛糸帽を身に着けた、この姿は。荒れた屋内の陰に溶け込むような出で立ちは、僕の記憶の中になく。そういった装いと似た色の眉や髪、口髭などで隠しきれない肌だけが……日陰のなかで浮き上がっていて。落ち着いた表情で、右手の振りだけで。着弾点から遡る射線を見立てながら。ひそひそ声で、僕に促した。


「もっと奥に行こう。」


 それで僕たちは、キッチンまで退いて。かつて冷蔵庫があったあたりから、居室を介して通りのほうを眺めた。天井の照明が全て外されていて、洞窟の奥のような暗さが。かつては窓があった開口部の手前までおよんでおり。逆光に舞い上がる塵芥は、だんだん収まりつつあったので。僕は、次に起こることを嫌でも想像してしまって。こう囁いた。


「ここは、裏口がありません。ガレージの横からパーキングに出ても、向かいから丸見えです。もし、下まで降りてきたら……」


 ハートさんは人差し指をご自身の唇にあてた。よく判っているよ……という感じだ。それで僕は、この方が。かなり前からに詰めていて、先ほどの三人はもちろん、射撃者からも。存在いることを知られていないらしいと、察することができた。


「……レイモンドォ!」


 行きかう車の音を切り裂いて、はっきり名指しする憤怒の叫び……を、もろに浴びてしまい。血の気は引き、全身が震え上がった。ここの向かいの建物は、古くからのスーパーマーケットグローサリー・ストアであったのだが。出張所ここを開設した頃には営業を止め、シャッターを降ろし。以来、ずっと無人であった。それが寧ろ。ノヴァルにとって、都合がよかったのだが――


「マットローッ!!その中だと判ってるぞ!」


 かなり年配の男性が。狙撃銃(?)を構え、声を枯らして叫ぶのにも打って付けである……とは、思いもしなかった。近隣の店舗……少なくとも、お隣のアウトドアショップ「プリズモダール」は営業している筈だが。明瞭に銃声が轟いたわけでもないから。店内からでは察知できなくても無理はない。この街道自体、行きかう車は多いのだが。わざわざ歩くような人は、誰も……。


「誰の邪魔も入らん! すべてを話せ!」


 えっ?


「十三年前のことからだ! さもなければ……」


 十三年前……?……といえば、


「……のようになるぞ!この銃で、同じようにな!!」


 ……だとすれば、この声の主は……生き残りか。いや。いくら何でも、こんな高齢ではない筈だ。そうすると、生き残れなかった側の――


に掛けろ!!」


 大声と同時に、スーパーグローサリーで使っていたのぼりと思しき長布が。地面に届かんばかりに伸びてきた。かつては純白であったと思われる生地に、赤いスプレーで、幾つもの数字が縦に書きなぐられている。に電話しろというのか――おそらくは犠牲者の遺族である狙撃者じぶんに。あのとき、警備システムが都合よく無力化したことについて。納得のいく説明をせよ……と?


「やめなさい、君の番号を知られるよ。」


 デイバックから取り出した携帯で。キー操作を始めたら、ハートさんに耳打ちされた。


「あそこは……二階がから、一階まで降りるしかない。そうすると、車が邪魔になって撃ちにくい。」


 なるほど。少なくとも店舗の側は、天井が高いから……か。シャッターの上は、三階なんだ。

 とはいえ、ずっとここに居るわけにもいかないし。あちらが一人とは限らない……とも思ったが。ハートさんは意外なことを言い出した。


「すぐ警察が来る。もっとも、に及ばんかもだが。」


 え? それは一体……と。

 思ったのと、ほぼ同時であった。


「何だ?お前は……どこから……よせ!!」


 驚きに染まった大声が、迫るに掻き消され。獣が暴れるような振動と、下げ缶bucketを蹴るような金属音と、苛立ちと敗北の呻き声を。圧倒し、上書きするように、頼もしきサイレンの音が近づいてきたのは。

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