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 ……んん。なんだ?

 ずいぶん暗い……けど、

 あっちの方は眩しい……


『ほんとうに? が、原告じゃあないとはいえ、気づかないかな……』

レイはそういう立場じゃないわ。』


 ニックと……ファラか?


『でもさ、訴状complaintぐらい読むものだろう?』

『ベルウェザー法廷トライアルも終わって、集団和解手続きに入ったから。多分、……畳むわよ。』


 僕のことを話しているらしい……二人を探しても、まったく目に入らない。というか、僕はに居るんだ?


レイはどうするだろう?』

『さて……案外、そのままノヴァルに残るんじゃないかしら。』


 声のする方に向かおうとしても、身体が動かない……真綿で縛られているようで。


『残るとなると、西海岸行きかな? 寂しい話だな。』

『ふふ。さあ、そろそろ行きましょう。』

「ちょ……ちょっと待って!」


 って、口が動いた瞬間。目が覚めていた。天井へ伸ばしていた右手……を、ニギニギして降ろし。掛け時計をチェックする。


(もう、お昼過ぎか……って、うわ?)


 ベッドについた手が、水たまり?……に触れて驚いた。起き上がってチェックすると。枕のあたりが、ぐしょぐしょに濡れている。


(すごい量の発汗……じゃない、涙かこれ)


 ルームミラーを覗くと。目の横に、くっきりと跡がついて。すでに思い出し難くなってはいるが、酷く悲しい夢の印象と一致していた。で、頭のほうは……それはもう。ズッシリと重たく、立って動くのも嫌なほどだ。


(昨日の今日だし、この頭痛なら。休んでも罰はあたらないだろう)


 そう思った途端、勤務先が無くなっていることを思い出し。笑ってしまった。いたたた……


『最近の求人倍率は、もともと上昇傾向でしたが。今月に入ってから……かなり上がっていますよね。企業規模によっては、人材の確保に苦しむところも出てきているようです。』


 ラジオを点け、頭から頸にかけて揉みほぐしながら。コメンテータの解説を耳に、二台の携帯電話セルラーをチェックするが。どこからも着信はなかった。


(ファーレルさんに掛けてみるか……メールの方がいいかな?)


 そこで思い出した。リチャード・ディクスン・ファーレル主任は訟務システム部の所属だけど、そこから……僕は。ついこの間に、異動したのではなかったか?


(あら? ファーレルさんって、もう上司でない?)


 じゃあ、昨日電話が来たのは……シンプルに。僕の異動先が潰れたのを、好意で教えてくれたのだろうか。え、でも?……だとすると、僕に自宅待機を命じる立場じゃないはずでは……??

 そう思うと、途端に。もう気軽に電話してはいけないように感じ始めた。でも……そうしたら、一体どこに聞けばいいんだ。これからの事を?


『現場は「すぐにでも」って言いますよね……でも、本当にすぐ配属するところは。定着率、悪いですよ。キャリアによらず、HR人事のもとで過ごす期間は意外に重要なんです。』


 あー、おおきいとこの話なのかな……と、他人事のように聞いてて、自分もノヴァル勤めじゃん!と思い出し。また噴いてしまって。それでハタと思いついた。


(待てよ。HR付になってる、ということはありうるんじゃ?)


 その場合、今の状況は何だろう。


(……無断欠勤かな?)


(ぎゃー!)となって、ステイツ・ノヴァルのHRはどこにあるんだ……と探したところ。ニックが夢で言った通り、西海岸のC州だった。


(ここから時差あるけど、さすがに「まだ朝」というわけには……)


 ラップトップは支給されていないし、セルラーではノヴァルの社員用システムには入れないから。ノヴァルに雇用されたときの書類をひっくり返して、HRの電話番号を探し出し。それらしい窓口に繋いでもらった。


「こちら社員番号11-405-0302、レイモンド・ウォール・マットロウです。O州で、D&Dダイク&ドレイクローファーム向けに臨時開設した事業所に勤務していました、システムアドミニストレータです。」

『11-405-0302……ですね、はい。』

「ローファームが撤退して、設備の撤収後にインフラ部門……へ異動したようなのですが、もう端末がないので。自分の状況ステイタスが確認できません。恐れ入りますが……」

『生年月日と、市民コード、それと前職をお教えください。』


 本人確認後、調べてもらった結果は……


『マットロウさんは、訟務システム部の所属になっていますね。』

「じゃあ、異動になっていないのですか。」


 訊いてすぐに、困惑する気配が伝わってきた。


『おや?……ええと、待ってください。訟務システム部……は、もう存在しない筈ですね。』

「……は??」


 雲行きが怪しくなってきた。ハバリ氏の件は「極秘のプロジェクト」と言われていたので。何となく予感はしていたが……


『先日の機構改正で、法務セクタがツリー型の組織に分かれましたので。訟務システム部の人員は、そういったところか、もしくは情報シス系の各セクタ……へ。異動となっているのです。ただ、なぜか……』


 僕は、消滅した「訟務システム部」に取り残されているというのだ。なんだそれ……??


『確かにおかしいですね。調べて、またお返事いたします。』

「……お願いします。」


 通話を切って、緊張の糸が切れ。フーッと、一息ついてしまった。とはいえ、突然こんな……変テコな問い合わせが来ても、何ら気を悪くせず。ここまで丁寧に対応してくれるとは、さすがノヴァル。これで僕の方も、打てる手は打ったことになるよな……と。この時は、まだ。

 この後、いくら待っても異動先の報せは来ず。HRへ問い合わせるたびに、違うスタッフに繋がって。と同じ会話が繰り返されることになる……とは、考えてもみなかったのである。


(あー、いたた……)


 頭痛は本当に酷かったけど。とりあえず、胃に何か入れよう……と思い。スリッパを引き摺って、共有の居間へと。


 這い出ることにした。

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