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「ほう。スタック・オーバーフロー……とやらを、起こせる――それで?」

「……。」


 ハバリ氏は。小馬鹿にしたような口調で、疑わしさを露にしている素振りだが。(は食いついてる!)と、僕は思った。自分から喋ってくれるんだ、下手に遮ってはいけないぞ……そぅら来た。

 

「まさか。いつまでも処理が終わらないから、アクセルへの反応が悪くなる……とでも?」

「そういうこともあるかな、とは。」


 いかにも中途半端に答えたところ。ハバリ氏は、さらに身を乗り出してきた。


「この鑑識が。貴殿のシナリオには致命的な欠陥があろう……気付いていないのか?」

「欠陥、ですか?」

ECTS電制スロットルケツにある……あちらさんの専門家連中でさんざんった、スロットル開度出力コードな。貴殿が言いたいのは、そこだろ?」

「はい。ハングアップしたのは、その……『タスクX』だと思います。」


 タスクX。あまりに大きく、あまりに複雑で、あまりに多くの処理を受け持つことから。原告が「キッチンシンク」と呼んでいるだと。

 そう答えた僕に、ハバリ氏は「もう論破した」という態度をとった。


再帰recursionが発見されたのは、中じゃあない。もっと優先度の低いタスク群だ。しかも」

「しかも……」

タスクXそっちには、専用のスタック領域が1キロバイト割り当てられている……ECTS汎用領域の4キロバイトとは別個に、だぞ。」


 ハバリ氏が言っているのは、メモリ上の「バケツ置き場」が。タスクX用のと、それ以外のタスク用のとで。全く別に用意されている……ということだ。

 軽く頷いた僕に、畳みかけてくるハバリ氏は。生き生きとして、喜んでいるようにも見えた。


「だとしたら、どうなる?……言ってみろ。さあ。」

「再帰で処理のループが起きていても、それで完了しないのはタスクXの仕事ではない……から。リアルタイムOSオペレーティングシステム側のマルチタスク機能で割り込んで、タスクXは動作できる……?」

「だよな。」


 もういいだろ、という身振りだったので。僕は、さらに自分の考えを言ったものか迷っていた。

 というのも、ハバリ氏には判っているはずなのだ。僕と同じように、マキシミリアン・バイエル氏の証言記録トランスクリプトを読んでいるのなら。次のやり取りダイレクトを、忘れるはずがない……


A:『NUSAは、スタック領域4096バイトの94%が使用済みになっているとは考えていませんでした。ノヴァルの説明を信じ、再帰が起きるとしても41%しか使用済みでないと考えていたのです。』

Q:『再帰が起きて……残り6%を食いつぶしたら、どうなるのでしょう?』

A:『スタック・オーバーフローです。2005年式キャブラで起きるとすれば、スタック領域のすぐ隣にあるのはOS内で保護されていないクリティカル・データ・ストラクチャ……つまり、オペレーティングシステムに何をすべきか伝えるための覚書ですよ。』

Q:『つまり……メモリ内の、許可された範囲を超えて動く状態になって、OSが使用中のメモリにまで入って行ってしまうと?』

A:『落書きをし続けるようなものです。』

Q:『OSで実行中のものを上書きしてしまうのですか?』

A:『その通りで。それらは、各タスクの状況や、次に動くタスクはどれか……を常に把握しているクリティカル・データ・ストラクチャです。』

Q:『メモリー破損の原因に?』

A:『なります。スタック・オーバーフローはそれ自体でメモリー破損を引き起こします。破損するのは保護されていないOSのデータですから、副作用としてこともありえます。』


 僕は、口から出かかっている反論をこらえた。なんとかしてスタック・オーバーフローを起こせるのであれば。確実ではないにせよ「タスクXを殺す」ことが。可能かもしれないと、ハバリ氏も判っている筈なのだ。そこのところを……僕がきちんと理解してることも、ノヴァルが決して認めないであろうことも。

 だから、何も言わずに。お互い目を合わせるだけの時間が過ぎていった末に、果せるかな。ハバリ氏は、僕の方へ半身になっていた姿勢を戻し。


「残念ながら、じゃあなかったようだな……」


 カウンターから、目だけをボスの方に向けて。


「……と、言いたいのだろうが。それでいいのか?」

「ええ、我々ノヴァルとしては。」

「だとよ。貴殿に庇ってもらって悪いがな。実のところ、その辺りの仕組みは俺にも判らない。」


 その告白の意味する処が脳へ届くより先に、僕が震え上がったのは。ボスが、こう返したことだった。


「ですが。マットロウ氏のほうは、我々ノヴァルと争う心算おつもりかも。」

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