5F
「さきほど貴殿の車がおかしくなったのは、俺のしていたことが原因だ。勿論そうなると知りながら、だ……弁解の余地はない。」
「ええっ? どういうこと…………です?」
びっくりしてボスの方を窺ったが、「あくまで第三者でございます」といった風で。空気のように反応しないので、却ってハバリさんの「告白」を肯定しているようにしか受け取れず。
「ガレージで、何かされていたのでしょうか?でも、私の見る限りでは……」
埃や機械油で手を汚す作業をしていたようには見えなかった。シェヴラを預かるガレージは、居室との間が壁一枚で仕切られているにすぎないから。仮にドアの施錠を忘れることがあった(※シェヴラテインはスマート・キーではないので、これはありうる)にせよ、そこを突いてハバリ氏が。ボンネットの開け閉めや、内装を剥がしていたりすれば、音や振動で判る筈であり。またガレージは、物置としても使っていたから。何か作業をしたければ、そのためのスペースを作ったりする必要もある。このときにどうなっているかまでは判らなかったが。隙を見て、急いで「細工」をしたのであれば。「何かいつもと違う」位、シェヴラをガレージから出す際に気付いていた筈なのだ。
「車には触っていない。」
「ですよね……?」
「無線を使ったからな。」
「無線……LAN?」
「”インフォテインメント”だ。」
ハバリ氏の口から飛び出したのは、「情報」と「娯楽」とを合体させた、車屋独特の用語だった。その響きから、クイズゲームのようなものを連想してしまうが。TV放送やデータ配信に対応したナビゲーション・システムのうち、初めから車に組み込まれているものを指しているといってよかった。
それで僕は、ビルの愛する
『このナビゲーションな、ちょっとしたものだよ。』
『渋滞を教えてくれるとか?』
『はは。それ位なら社外品でも……fm多重放送でデータ配信を受けるやつで可能だ。こいつに出来るのはそれだけじゃない。』
『というと。』
『地図の自動更新が付いてるんだ。
『それは……年に一度くらいですか?』
『もっと頻繁だよ……工事中のビルの伸び具合を反映する位には。でもそれだけじゃあない。』
『というと?』
『タイヤの減りとか、ウインドウ洗浄剤の残量をモニターして。ドライバーにアドバイスしてくれるんだ。ナビゲーション・マップから「ここで週末にセールがあるよ」ってね。』
えぇ?……それ、ちょっと薄気味悪くないですか?——とは言わずに。
『はー……そんなことまで出来ちゃうんですか?』
『すごいだろ? センサが出力するデータが、WiFiで……ノヴァル側のクラウドに自動で送信されて、何か「お勧め」があればクラウドから返ってくる仕組みなのさ。』
マンファリをビルが購入したのは数年前のことで。その時点では最新式だったらしい。シェヴラテインは、それより2~3年ほど新しい筈だが。ナビゲーションに関して言えば、僕には違いが判らなかった。
『カーショップで後付けも、できるんですよね?』
『できるけど、機能が限られちゃうね。』
『そうなんですか。GPSと通信機能があれば……』
『いや、こいつは車載ネットワークと繋がってる。ほら。』
そう言って、マンファリのナビゲーションに、航空機の計器盤のような画面を表示してくれた。色々な数字が、目の前でどんどん変わっていくのを。
『車載センサーの出力を、ECUからリアルタイムに受け取れるんだ。』
『じゃあ、逆も?』
『逆は無理だ……
『そうですよね。』
『もっとも。最近のモデルなら、スマートフォンからエンジン始動もできるらしいが。』
最後の方は、そんなことしてどうするんだ……という口調であったが。つまらなそうに「インフォテインメント」という用語の存在を教えてくれた。
「シェヴラテインは、
僕が黙ってしまったからか、ボスが口を挟んだ。
「いいや。ノヴァル車ですらデータ通信で制御する機能がついたのは、最近のことだ。ウォレスのモデルでは、そこまで行っていない。」
「車に手を加えず、やってのけられた……と?」
「むしろ古いモデルのほうが、
「誰に、です?」
「ちょ……ちょっと待ってください。」
僕には、インフォテインメントから車載ネットへのアクセスを制限している
「
「その通りだ。」
「なら、」
「『親機』を載せた車で、貴殿のウォレスを追跡していた。」
「……!!」
『追跡』。
ハバリ氏は、いま確かに『追跡』と言った。
WiFiの電波が届く範囲は広いとはいえない……そこに入るための追跡だった、とすれば。
ずっと、シェヴラの後ろに付けていた。
古ぼけた、石炭色のセダン………………
高速を降りて、上がり直した僕を……待ち受けていて。
…………まるで、僕の行き先を知っていたかのような
あれは…………………………あれに乗っていたのが。
ハバリさん……だった、から…………なのか。
だとしても、それでは、どうして、いったい、
「どこから『親機』を……?」
「ここだ。」
「へ?」
「ここにあった『親機』を使った。」
ここ……?
不意を突かれた感じだが、この施設は。嘗て、ノヴァル正規の整備工場だったことを思い出した。そして。今はアウトドア店「プリズモダール」になっている隣の敷地には、ノヴァルの正規ディーラーの建屋があったから。看板を下ろす際に、そこにあった諸々の設備がここに集められていても。おかしくはない……確かに。ここの改装の際、ファーレル主任から「ここからここまでのは、そのまま。手を付けないで」と言われていた器具が相当あった。そして、ハバリ氏は真っ先にそういった「遺産」をチェックしていたではないか。
とはいえ。何と言うか、現実感みたいなものがなかった。ハバリ=ガンは――「ハッキングする」ような方には、とても見えないのだ。だから、つい……物証みたいなものを求めてしまった。
「その『親機』……は、まだお車の中に?」
「あの車はレンタカーで、もう返却したよ。」
「じゃあ、ここへ――お持ち帰りに?」
「もう、ここにはない。」
「え、では何処に?」
「さあ、俺にはわからん。」
「?……?……?」
ハバリ氏は。ひとり困惑する僕の前から、ボスの方へと向き直り。静かに、しかし
「この
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