2D
「
「正確には。サブCPUの担当のうち、運転手のペダル操作で起動する『ブレーキ・エコー・チェック』だけ、ですね。」
あの、やけに暑い日の駐車場で。シェヴラテインの車内にてBBLさんから受けた「最終フェイルセーフ」の説明と、何回も読み直したバイエル証人の
ブレーキ・エコー・チェック。ブレーキ・ペダルのセンサ信号に対して、メインCPU側が返す「
『ブレーキペダルを踏みつけてから、0.2秒以上踏んでいれば、直ちにブレーキ・エコー・チェックが働く筈ですよね?』
バイエル証人への反対尋問で、このようにBBLさんは言っていた。ブレーキが「踏まれた」ことを真っ先に知るのはサブCPUである。0.2秒待ってもメインCPUからの「エコー」がOFFのままなようなら、サブCPUはモーター駆動ICに対して「すぐにスロットル弁を絞れ!」と指示することになる。
その動作の後に「エコー」がONに切り替わった場合のことは、証言記録からは読みとれない。しかしバイエル氏の説明では、サブCPUが強制的にエンジンを停止する指令を出すから、その準備としてスロットルを絞っているのだそうで。おそらく、0.2秒を過ぎてしまうと、もはや挽回はできないのだろう。
「ブックホルドさんの車が、衝突する前にエンジン停止していた証拠はないわ。でも、サブCPUのブレーキ・エコー機能は有効だと…マットは、そう思ってくれているのね?」
「ええ。」
ロージーの言おうとしていることが、僕には予測できた。
「あの証人は……ブレーキを踏み掛けた状態からでは、ブレーキ・エコーは有効でない……と。言っていたわよね。」
「ええ……そのまま踏み込んでも作動しませんから。僕もその通りだと思います。」
バイエル証人が、陪審員の前で強く拘ってみせた点に。そのまま同意しているように言った。
「ブレーキ・エコーは、ブレーキ信号をONからOFFにするのでも効きますから、ブレーキから足を放せばいいのですが。そんなことになってたらもう…怖くて無理でしょう。」
「なるほど。」
ロージーも、よく知っている――という反応だ。ブレーキ・エコー機能が書き込まれていたのは、NUSAレポートの図面ではなく、ロージーの描いた図面であったこと――を、僕は思い出していた。
「それが事実であっても……よ。ブックホルドさんの右足が、アクセルでなくブレーキに掛かっていたのなら、既にスロットルは絞られて、エンジン・パワーは落ちていたはず……ということも判っているわよね。」
「ええ。」
それは。あの日に、僕がBBLさんから尋ねられ。そして(どうやらその翌日の)反対尋問で、BBLさんがバイエル氏に投げかけていたこと……だった。
しかし。路上に長々と
「なら。あの事故のとき、ブックホルドさんは結局のところ……ブレーキと間違ってアクセルを踏みながら、サイドブレーキを引いていたのだと。マットも、そう思っているのね。」
そこだ。BBL氏は何故、はっきりとそう尋ねなかったのだろう?
Q『サイドブレーキを引いていても、通常のブレーキを踏んでいても、あるいは両方を同時でも……この車のブレーキ痕は残りますよね。』
なんとも奇妙な質問で、バイエル氏も回答に困っていた。BBLさんとしては、この質問を陪審員に聞かせるだけでよかったようなのだが。
「ブックホルドさんがブレーキを使用していた……との目撃証言がありましたよね。」
「ええ。でも、外から見たら……煙が上がっていたにしても。何のブレーキを使っているか迄は、わからないでしょう?」
でも、それなら『サイドブレーキを引きながらアクセルを踏んでいた可能性もありますよね?』と聞けば良い筈なのだ。
「いったい、何が気になっているの?」
「いえ、特に。」
「何も?」
「実際の運転操作を考えると、この第四階層は……ベストでないにせよ、効果的だと思います。」
「……。」
ここでロージーを試しても仕方がない。BBLさんが微妙な聴き方をしていた理由。「目撃者」がブレーキランプの点灯を見ていた可能性があるからだ、と僕は思っている。
ビルに呆れられて、シェヴラで確認させられたこと……サイドブレーキではブレーキランプが点灯しない。BBLさんは、この「目撃者」のことを陪審の前でやりとりしたくなかったので、微妙な聴き方にとどめたのではないだろうか。あるいは既に、別の証人尋問にて挙げられていて、それを踏まえるとこのようにしか言えない…ということかもしれない。
とはいえ、バイエル氏の側からも。実際に何が起きたのか?という点で、歯切れの良い説明はなかった。スロットルが全開の状態では、下流へと好きなだけ空気が入っていくため、スロットル直後の吸気路の
(なお、フルスロットルの状態でも、
しかし、ブレーキペダルがONになっている状態で異常が起きたとしても、スロットル開度が異常値になる障害だけでは、下手なブレーキで
バイエル氏の説明で明瞭には示されていないこと。それは、メモリ上のスロットル開度データが「壊れて」も、タスクXがまともに動いていれば、新たな出力値で置き換えられるから、異常が継続しないこと……である。
従って。エンジン制御の側に原因があるとするなら、ブックホルドさんの足がブレーキ上にあるときに、スロットル開度が異常値となるだけでなく、タスクXもスロットル開度出力を停止しなければならない……ということになるのである。
ふたつの異常が、それも「タスクXの停止」の側が「スロットル開度データの異常化」よりも若干、先行して起きなければいけない。そんな(一見して)レアなことが起きたと言わなければならないのだ。
だから、ロージーに同意してみせるのは自然なことだった……この証人尋問の内容だけを見るのならば。
というのも。まだ、悟られたくなかったのだ……バイエル氏の証人尋問の少し前に、西海岸の
それは。タスクXが一見正常に動作しているようにみえながらも、スロットル開度を「最大」にしてしまう不具合……「フルスロットル・バグ」が、バイエル氏のソースコード解析で発見されていたこと。なのに原告側で陪審員に示すことが許されなかったのは、もう試験をして立証する時間がなかったからに過ぎないこと、を——
「でも、第一から第三までの階層が……実質、役に立たないというのはショックですよ。」
——読みとられないよう、ロージーに調子を合わせていた僕は。
「成る程。それはそれは、そうだったの……。それで、
いつの間にか、背後にいたジェンに。不覚をとる羽目になったのだ。
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