1C
昨年の秋は、夏の終わりを引き延ばすように。厳しい暑さの残る日が、多かったように思う。
皆が、ここのパーキングに出て。アンブレヒト・キーファー証人の乗ってきた新興国の珍車……「ウォレス・シェヴラテイン」を囲んでいるときも、気温は30℃にも昇っていた。
当のキーファー氏は、とっくに居室でくつろいでいるというのに。シェヴラのエア・コンディショナーは付けっぱなしで。二人乗りだから、皆いろいろな理由を口にしながら、キンキンに冷えた車室に居続けようと頑張っている……ように見えた。
むろん暑さがイヤなら、居室に待避していればいい。
なのに。D&D
このとき佳境であった陪審公判で、ノヴァルが——
——原告から、追いつめられていたからに他ならない。
ボスの「パストーラ」はハイブリッド車であり、そしてビルの「マンファリ」はマニュアル車なので、普通のオートマチック車であるキャブラとは違い過ぎて。原告であるブックホルドさんと、同乗していたゲッテさんの……事故当時の状況をおさらいするには向いておらず、仕方なくシェヴラを使うことにしたのだという。
まあ、もうこのころには。
(なお、ジェンのSUV「リワンゴD」は、室内が強烈にパーソナライズされていたので、使うことがはばかられた模様である……)
僕はといえば。いつもの「定位置」から、
「行ってこい、ノヴァルの所有車だし……いざというときに動かせたほうがいい。」
——と、すれ違いざまにボスが。額の汗を拭いながら僕に声をかけてきた。
(そんなに特殊なのかな?)と思いながら、出ていってみると。
「後で
——と、ビルに耳打ちされた。
(何か、話が違うようだけど。
「キーはこれ。わかるか?」
「ふつうですね。始動も……ボタンじゃないんだ。」
シェヴラという車は。二人しか入らない……前後より幅のほうが長いという
ハイスクールの頃に借りていた車も、今うちでシェアリングしている車も、所謂「ミニバン」だった。それらと一番違うのは、シフト・レバーとパーキング・ブレーキが、運転席のすぐ右にあること位で。
「僕は、こっちのほうが良いかも……ですね。」
「新興国では、まだこっちのが普通らしい。しかも、こいつは商用バンを元に開発されたというから、おそらくそれで……」「あれ?」
助手席側の窓から上半身を突っ込んで、運転席の僕に説明しようとするビル……を。また薀蓄かな?と、思わず遮ってしまった。
「その助手席、これで一番『前』なんでしょうか。」
「エンジンを右側に傾けて積んでるから、足下の関係で助手席を後退させてるんだ。後ろにも下げられないのは、ガソリン・タンクが座席の下にある所為だろう。」
「えっ、この下ですか。」
「そうだよ。そのおかげで、ワット・リンクという機構をデフ・ギアの後ろ側に配置できたんだ。こいつはね……」
——などと、色々説明してくれてたが、僕の記憶には殆ど残っていない。
辛うじて覚えているのは。
欧州の名門ブランド「ウォレス」を買収して「新興国の勇」と言われていた同企業が……このシェヴラテインを
「2005年式のキャブラも、
「僕が、お役に立てるんですか?」
あれだけ固執していたシェヴラで、エンジンもかかっているのに。相変わらず説明は多いものの、
とうとう……「やってもらうぞ」が、来たのだろうか?
「陪審員の反応が、こちらの想定と違っている。」
「想定……って、
「ノヴァルは、陪審コンサルの費用をケチったんだ。一人だけ……それも身内ときた。」
この日のビルは妙に
「
「それもあるが、
「もしかして、怒ってます?」
「……少しね。」
いつもの表情が戻ってきて。ちょっと僕に、喋りすぎたと思っているようだった。
右手でシフトレバーを握ってみる。
根本のほうには、レバーが前後に移動するための溝があって、前から順に:P→R→N→D→3→2……と、シフト位置がマークされている。このうち「P」だけが点灯していた。
右足でブレーキを踏み込むと、レバーの握りにある「Lock」ランプが消える。なるほど、これでレバーを
「今回の陪審は、ずいぶんとレベルが高い。」
「レベル……ですか?」
「コンピュータの話に、臆すところがない。」
でも、ビルは本当に「コンピュータ音痴」なので。パソコンを普通に使えている人なら全員レベルが高く見えるのでは?……と失礼なことを考えてしまった。
「
「そうなんですか。でも……」
ビルの表情は。もう、続きが期待できないかな……と感じたほど、堅くなっていた。
「確か……陪審員って、不適格な人を。前もって、抗議して落とせるんですよね? 勝ち負けを 判断する人たちが、その……偏った考えの持ち主だと、困りますから。」
ビルは、微かに頷いた。
「
「ですよね。」
「もちろん、
この州はこのところ景気がいいから、パソコンのスキルの高い——所謂「パワー・ユーザー」みたいな人が揃ってしまったのだろうか? でも……どうしてそれで、うちに不利になるのだろう? 今まで割と、自信満々だったように見えるのだが……。
「次の公判は、明後日。」
「……それで?」
「公判戦略のやり直しで、ドタバタだ。今日は夜中までつきあってもらうことになるよ。」
「それは勿論……」
「今からね。さあ、
そこで初めて実感した。ようやく「その日」が来たのだ……と。
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