'LL MAKE YOU DO やってもらうぞ。
1B
『猟銃事件』から1年半の後、つまり……今から1年前のこと。
例の「
「マットロウ・サンは、関心がおありなので?」
丁寧なのか、鷹揚なのか。なんとも微妙な調子は、僕の立ち位置の反映で。「ボス」と呼んでいるけど、僕の上司ではないという。
「ええ、ちょっと驚いたので。」
「VIPカーでも騒いでる……ってことで、か?」
「いえ、そちらではなく。ホンゴクでの反応のほうで。」
「ステイツでも、そんなに変わらんよ。本当の一流どころは取り上げてないだろう。」
「あぁ、そうなのですか……」
そういえば。このあたりで「何ぁんだ、聞いてたほどじゃないなぁ……」という
「ホンゴクでは、この種の事故がほとんどないからな。その
「やはり、普通クラスの
そう返したとたん、精力的な眉の下で大きな目を愛嬌たっぷりにギョロつかせて、
「なんだ、やっぱり関心あるんじゃないか。」
「ここの事件へ影響あるのか、心配もあったのですが……。」
「ふむ、そうか。」
立ち話をしていた通路は、節電のためライトが大幅に間引きされ、居室のほうから差し込んでくる光のほうが強いほどだった。
ほとんど真横から、弱々しい光を浴びながら。ボスは、しばらく僕の顔を眺めていたが。
とくに含むところはなさそうだ、と判断したのか。眉を緩めて話題を変えた。
「見通しを聞いてるか?」
「本当に大変なのは、夏頃だとか。」
前の年から、
それで、キーファー証人が例の珍妙な
もっとも。反駁合戦の「主戦場」は、この州内ではない……という話もあった。本当にそうだとしたら、あの人。いったい何しに来てたのだろう?
それはともかく、
バイエル証人は、2005年式キャブラのエンジン制御プログラムの「中身」――いわゆる「ソースコード」を本当に「読む」というので、少なくともD&Dでは相当に警戒していたのだが。始まってみれば、フェイルセーフを担当するプログラムを「丸ごと」見逃すというミスをやらかしたそうで、専門家としての能力・資質に相当疑問があるぞ――と。嬉し気な声も、飛び交っていた。
しかも、ノヴァルのエンジニアも巻き込んだ実車試験では、エンジン制御のプログラムを一部改変してもなお、UAに対するフェイルセーフが利かなくなる状況を、バイエル証人は再現できていないという話であった。
一方のコードマン証人は、といえば。こちらもプログラムやシステムの
つまり、ノヴァル・サイドでは。どちらの専門家も「恐るるに足らず」――という雰囲気だったと思う。
さて。
ボスとの会話の時点では全く理解していないことだったが、陪審員の前での
まず、原告側と被告側、双方の専門家証人が、その時点の証拠をもとに主張を戦わせ。必要ならば実験をして、その結果をもとにさらに主張を戦わせて。
それらを双方の専門家証人ごとの「見解」に整理して。相手方の「見解」のなかで、陪審員の前で証言させたくないものを、裁判所に
そのうえで、陪審員から好意的にみてもらうために。相手方からの「排除」請求から免れた自分たちの「見解」を、自分たちの側の専門家証人に、どう証言してもらうか。また逆に、敵方で生き残った「見解」を陪審員へ刷り込もうとする敵側の専門家証人証言を、反対尋問でどう切り崩すか。
そういった公判に臨むための「作戦」を、念入りに詰めていく。そうした作業が大変なのであるぞ……とのことで。
夏前には双方の専門家証人の「見解」がまとまるので、それから
もっとも、「排除」がほんとうに上手くいけば、陪審員の前での公判が要らなくなる
「自分がどうして、ノヴァルに雇用されることに決まったか……覚えているか?」
「タイツォータや
「そうだ。」
――どうしてだったっけ? 一番単純なのは、たしか。
「それだと。僕への業務委託料も、どのみちノヴァルの代理人費用から出るので。ノヴァル側としては、ロー・ファーム側に『
「そっちじゃない。覚えてないか。」
「?……ええ。」
ボスの両眉の緊張(?)は、どうしてか。さらに緩んだようだった。
「ここにいれば、今まで以上に訴訟の中身を……耳にすることになるだろう?」
「あ、思い出しました。僕にも証言が求められるかも……でしたっけ。」
「少し違うが。でも、まあいい。」
ボスは、さらに饒舌になった。眉も自在に動き回る。
「訴訟スタッフとのやりとりは、裁判所の
「そう、そうでしたね。僕が……何か変な理解をしていて、そのような記録が残ると。ノヴァル側が、不利になる可能性があると。」
「イエス……しかしだぞ。」
眉がぐっと下がって、目頭に最接近する。
「ノヴァルの従業員としてここにいるマットロウ氏なら、『訴訟スタッフ』以外にはありえん。そうだろ?」
「なるほど。」
「そう、そこでだ。」
そう言うとボスは、両方の眉を二回。脱走する海老のごとく跳ね上げた。それも、目の表情を変えずにやるものだから……。
「……ッなななんです?」
「これまではそれだけの話だったんだが……いっそな。」
あやうく吹きかけた唾を飲み込む僕。
「……いっそ?」
「いっそ、マットロウ氏には。文字通り『訴訟スタッフ』として、一般的なエンジニアの感覚で『見て』もらおうじゃないか……と、いう話なんだ。トグラ氏の発案だが、俺もいいと思う。」
「はあ。」
トグラさんが?……どう反応していいか。
「本来のアドミニストレータの業務ボリューム、たいしたことないだろう?」
「それはまあ……」
「じゃあ、やってもらうぞ。」
「いいですけど、何をしたら?」
ボスによると、やってもらうことよりも、やってもらっては困ることのほうが多いそうだ。
また、
そうして、ボスに指名を受けた途端、目をギラギラと輝かせ始めて「あれも教えなければ」「これも必要だ」と、浮き足立つビルであったが……即刻、「教えすぎるな」と。ボスに釘を挿される結果になった。
それで、ちょっと萎れたビルは、一般向けの入門書で「教育」を開始したのだが。自動車ってものを全く判ってない僕には、それでさえ結構タイヘンであるという現実に直面して。しばしば唸り声が出そうになって、一生懸命抑えていた(ビルが)。
「かわいそうなのは燃料タンクでね。後部座席や、足回りの部品、トランクなんかの間で、何とか収まらなきゃならない。だから……」
「トランク……って、何のことです?」
「~・~・~!」(悶絶)
そんな具合で、2~3ヶ月ほど。ビル渾身の「レクチャー」が続いたのだが。
その後、夏前になっても。
肝心の、「やってもらうぞ」が……ぜんぜん来ないのだ。
こっちから聞くのも変だし、どうなったのだろう……と思っていて。ずっと思っていて、実際に目の前のバタバタが激しくなってきたある日。ハタと気づいた。
(これって、もしかして。「やってもらう」つもりなど
どうも、その疑いが濃厚そうだな……と。夏が終わり、秋の盛りになるまで。
そう思っていた。
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