第61話 そうさく! 1st,day

 「おーい、1中隊捜索班集合」

富士野曹長が手招きして武村たちを呼び寄せる。

現在時1610。駐屯地からあまり離れていない東富士のとある場所は、割と防御訓練でよく使う。武村も新教隊時代に戦闘訓練でお世話になっている。なので、他の隊員も地図は無くてもある程度の地形は理解していた。

「まず状況を説明するぞ。本日1150、〇×連隊△中隊の3曹がB道を前進中、銃剣が無い事に気付きその場で小隊長に報告。△中隊は状況を一時中止して周辺を隈なく捜すも発見できず。銃剣紛失の一報を受けた〇×連隊は東富士演習場管理部に通報。管理部は富士学校長に報告すると共に、我々の駐屯地に捜索要請。で、連隊本部からウチが指名され現在に至る、と」

「どういう経路を通ったか分かってるんですか?」

「あぁ。3曹が率いる分隊は我々がいる道路、A道で横に展開し、そのままこの坂を上って行った。3曹の居た位置はこの坂…、B道の左側を通ったそうだ」

B道は車が1台通れるくらいの細い道路で、両脇は木々が生い茂っていた。

「その3曹が銃剣を最後に確認したのはどの辺りなんですか?」

これは重要な情報だ。捜索はそこからスタートになるからだ。

「それはだな…」

やや言いにくそうに富士野曹長は指さす。その指先は武村たちの間をすり抜けた先を差していた。

「こっからずっと下った○○地区で一度手で確認したらしい」

○○地区は、武村たちのいる場所から直線距離で約300メートルくらい後方にある。

「え~、遠くないっすか?てか、合間合間で確認しなかったんですか?」

「3曹の分隊は他の分隊より遅れていたらしい。○○地区でWAPCより下車展開して、遅れを取り戻す為にひたすら坂を駆け上がって来たそうだから、装具点検を怠ったんだろう」

確かに、○○地区からこのA道まで上がる坂は、かなりキツイ。おまけに細かい砂利で足を取られやすく、地味に体力も持ってかれるのだ。

武村士長、と平本は小声で聞く。

「自分、捜索は初めてなんすけど、どういった事やるんすか?」

「どういった事…。平本、お前新教隊の時に捜索はやらなかったか?」

物品の管理は新隊員時代に徹底的にたたき込まれる。武器や装具などの官品かんぴんは勿論、個人の私物、例えば脱落防止用で使うブラックテープやボールペン1本でも見つかるまで捜させるのだ(私物の場合はある程度で終了する)。

因みに、新隊員が一番よく落とすのが空砲の空薬莢だ。小銃には【薬莢受け】という器具を装着し、射撃後に射出された薬莢が袋の中に入る仕組みだ。しかしこの薬莢受け、開閉式になっているため衝撃で開いてしまう事がある。よって空砲を射つ際は薬莢受けがしっかり閉じているか確認する事も教育される。

「一度、同期が空砲無くした時は区隊全員で捜しましたが、割とすぐ見つかったんで捜索で苦労したって事はないっす。あぁ、でも…」

平本は苦笑いし、

「89(式小銃)の分結(分解結合)の時に槓桿こうかんがどっか行っちゃった時はマジ焦りました。作業台の足元に落ちてたんで直ぐ見つかったっすけど、助教に『槓桿さんごめんなさい!と言いながら腕立て伏せ実施!』って怒られた事はあるっす」

口をてへ♡ぺろしてる平本に武村は呆れる。

「お前なぁ…。まいっか。演習場での一斉捜索は横隊に展開してやるんだけど、今回のような移動していた場合はその経路を辿りながら捜すんだ。捜し方も四つん這いになって、目線は左右に隈なく振る。あまり草とか土をどけるなよ。ひょっとしたら除けた土の下に目標物が隠れてしまうかもだからな」

「そこまで気を遣うんすか」

「当たり前だろ?自衛隊では武器関係の物は100%回収!例えバネ1個でも無くしたら大問題だ。だから発見するまでずっと捜すぞ。絶対に!」

武村の説明に、平本は少し気おされてしまった。ビビらせちゃったかな。

武村はフォローするように付け加えた。

「ま、今回は薬莢じゃなく銃剣だから、あんなデカいのそう見落とすって事ないだろ。すぐ見つかるさ」

この時は武村だけでなく、中隊全員がそう思っていた。



「1中隊、前へ!」

富士野曹長の号令で、隊員たちは四つん這いで捜索を開始した。時間は1630を過ぎていて、陽が山に隠れてしまい辺りは陰ってうす暗い。

1中隊の捜索範囲は〇〇地区からA道まで続く道。富士野曹長から指名された武村を中央に、1中隊の捜索隊10名は左右に分かれている。

この経路は3回(!)訓練部隊が往復してるため、より精密に捜索するよう各人の距離間隔は50㎝となっている。密集隊形だ。

「ちょ、近いっすよ武村士長」

「うるせ、集中しろ集中」

「おい武村、お前早すぎんぞ!横一線を維持しろ!」

隊員たちは何かの神を崇めるがごとく、地面に這いつくばり目線を地表に走らせる。手は上から押し付けるように地表の感触を確かめる。違和感があればゆっくり落ち葉や草をどけて確認する。そして何も無ければまた捜す。

これをA道に到達するまで繰り返すのだ。

「武村士長、目の前に太っとい木があるんすけど、これ避けて捜すんすか?」

「いや待て平本。ひょっとしたら木の枝とかに引っかかってるかも知れないから、木の周囲もしっかり見ろ。私が左側を見るから、お前は右側を頼む」

「了解っす」

モゾモゾと、迷彩服姿の成人男性二人が木の周りを這っていく。何とも言えない光景だ。

「こっちは異状なし。そっちは?」

「何もなしっす」

二人は溜息を吐いて、再び前へ進む。

「武村士長、もうどのくらい進んだっすかね」

武村は止まり、周りを見渡す。

「うーん、あの路面が抉れた右カーブが見えるって事は、あと半分くらいじゃね?」

「まだ半分もあるんすか!?もう終わりかと思ったのに」

「それはないな。今の中隊の行進速度は、たぶん亀に負けてると思うぞ」

辺りはだいぶ暗くなっていた。武村は腕時計を見るが暗くて文字盤がよく見えないので、バックライトを点灯させる。オレンジ色に浮かび上がった文字盤にはデジタル表記で1659と刻まれていた。もうじき国旗降下だな…、と思っているとラッパの音が小さな音で聞こえてくる。

「あぁ、もう課業終了じゃないっすか。娑婆しゃばの会社だったら残業っすよ、ザンギョー!」

「はっはっは、バカだなぁ平本士長は。自衛隊は24時間勤務が基本だから、超過勤務っていう概念がないのだよ」

「武村士長、それって自衛隊は超絶ブラックって事じゃないですか」

「ん?今頃気付いたか?労基署に駆け込んでも『自衛隊さんは別枠なんで』って、全く取り合ってくれないからな。勤務態勢に不満がある場合は、まず営内班長に相談してだな、そのあと小隊長と面談して必要があれば中隊長がお前から話を聞き、更に2佐以上の、つまり連隊長が…」

「それ完全に諦めさせる方向じゃないっすか。なんすか最後の連隊長って」

「しょうがないだろ。防衛省訓令でそうなってるんだから」

そんなバカ話してる間に、武村たちは開けた道に出た。A道だ。

「1中隊、その場に立って道路上に集合!」

富士野曹長の号令で、1中隊の隊員はヨタヨタと並び始めた。ずっと膝をついてたので膝が痛いのだ。

「痛っつ!ひ、膝が」

「やっべ、歩き方がウォーカーになってる」

「こりゃ月曜は受診だな」

なかなか整列しない隊員たちを見て、富士野曹長は喝を入れる。

「オラお前たち!デイサービスのじい様か!愚痴ってないでとっとと並べ!」

武村は痛いのを我慢し、ヨタヨタしながら列に入った。

整列した隊員たちの前に立ち、富士野曹長が聞く。

「一応聞くけど、銃剣発見できた者?」

当然だが、誰も答えず。

「「「な~し」」」

「…じゃ、俺は報告して来っから、1中隊はその場で膝をストレッチして待機」

困り顔の富士野曹長は、○×連隊の隊員の元へ向かった。


10分後。富士野曹長が戻って来た。もうすっかり暗闇なので表情は分からないが、あまりいい雰囲気でないのはわかった。

「え~1中隊。今日は銃剣を発見できず、という事で、明日また捜索を実施する。明日の捜索参加人員は中隊に残っている隊員から指名。あ、これはもう中隊に連絡して訓練陸曹に選んでもらってるから。

で、今日捜索に参加した者は明日土曜は休み。万一明日見つからなかったら日曜に参加する事になるから、そのつもりでいてくれ」

とりあえず明日は休みが確保された事に、隊員たちはホッとしていた。

「良かったっすね武村士長。明日は休みになって」

「だな。明日銃剣が見つかれば日曜も休みになるんだろ?明日見つかるよう祈ってなきゃな」

大して信心深くない祈りを天に捧げてる武村に、富士野曹長が近づいてきた。

気配を察知した武村が、富士野曹長を見返す。暫く見つめ合っていたが、

「……………………(じーーーーー)」

「どうしたんすか富士野曹長?」

無言の富士野曹長からの圧に、武村は不安に襲われた。

「……………………(じーーーーー)」

「あぁ、さっきの話ですか?ちゃんと聞いてましたよ。明日は休みで良いんすよね?」

「……………………(じーーーーー)」

「違うんですか?別件?」

「……………………(じーーーーー)」

「ちょ……マジ一体どうし…」

「……………………(じーーーーー)」

「!?ま、まさか……」

「……………………(じーーーーー)」

「明日は私も……捜索…ですか?」

「………頼れるのはお前しかいない」

「ちょ、ま……な、なんで私だけなんすか!?」

「ドライバーがいない」

「そ、そんなバカな」

「1小隊の陸士ドライバー2名は連隊のよさこい支援で神奈川。2小隊は1名は同じよさこいでもう1名は徒格とかく(徒手格闘)の試合で武道館。3小隊はお前がドラ確定であともう一人は銃剣道の遠征で不在だ」

消去法で次々にドライバー候補者がいなくなり、自分しかいないという状況が受け入れがたかった。てか、よさこい人持って行きすぎだろう。

「なーに、明日午前中に見つかれば半日休みになるんだから、あまり凹むなって!きっと見つかるさ…………………………多分」

「最後の方、声小さいっすよ」

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