第47話 臨勤・パーク②

 「指は揃えて、目は真っ直ぐ向けて敬礼しろよ。警備員のおっちゃんみたいなショボい敬礼しやがったら昼飯までずっと敬礼させるからな、分かったか!」

「「「はい!!」」」

「じゃあ、いくぞ。正面に対し、敬礼!」


安部の掛け声と共に、丸坊主の新隊員たちは機敏に敬礼をする。が、何人かはタイミングが遅れて揃わない。それは無理のない話で、彼ら新隊員はついこの間【宣誓式】を終えたばかりなのだ。

しかし、ここは自衛隊。働き方改革が叫ばれる昨今、まだまだブラック体質が抜けきれない自衛隊(主に普通科)では新隊員の【言い訳】には地本のオッサンも耳を貸してくれないのだ。

「お前ら、バラっバラじゃないか!揃うまで何度もやり直すからな!・・直れ!敬礼!直れ!敬礼!直れ!敬礼!」

安部の号令の度に新隊員たちは右腕を素早く上下させる。始めはバラバラだった敬礼も、連続して号令が掛かると段々揃う様になってきた。

「よし、いいぞ。ちょっとだけ自衛官らしくなってきたじゃないか」

ウンウンと頷きながら安部は横隊に並ぶ新隊員たちの前を歩く。

4指は揃ってるか?

右腕の角度は?

肩は上がりすぎてないか?

左腕はダランとしてないか?

一人一人、ゆっくりとチェックする。


安部は3月の後半から新隊員教育隊へ【班付はんづき】として臨時勤務を命ぜられた。班付とは、新隊員の世話をする班長のサポート役の事。教育の準備から戦闘訓練の副分隊長役、はたまた新隊員に目を配らせ時に優しく、時に厳しく、そして時に厳しくと新隊員のサポートも行う。

今も班長の新田3曹が中隊事務室に呼び戻されたので、代わりに基本教練を新隊員に教育中なのだ。


『・・・なんか、長くね?』

まだ「直れ!」の号令が掛かっていない新隊員たちは、表情には出さないが隣にいる同期に目配せして『長いよな?』と同意を求めようとする。

敬礼の姿勢をかれこれ3分近く保ったままだ。号令を掛けた安部はというと・・・新隊員たちに背を向けストレッチをしていた。肩を回し、膝を回し、首を回し。

明らかに【時間稼ぎ】に見えた。


・・・・・・



・・・・・・



更に2分が経過。

さすがにこれは長すぎるだろうと、新隊員たちは少しだけ隣を見合いながら顔を動かす。安部はストレッチはしてないが背を向けたままだ。

「あ、安部班付」

一人の新隊員が代弁するように口を開いた。

「直れの号令がまだ・・」

と言い終える前に安部が勢いよく振り向くと、新隊員たちはビクっと身体を震わせた。

「おい!号令掛けてないのに何しゃべってんだ!俺が『直れ!』って言うまで口も身体も動かすな!」

やってしまった・・・。

新隊員たちは目を細め、顔を歪めながら敬礼の姿勢を取り直した。


『まぁ、こうなるわな。俺も新教の頃やられたから』

安部の号令を長く引っ張る【手口】は、別に嫌がらせでやっている訳ではなかった。基本教練とは、号令が掛かったら瞬時に動かなければならない。そして、例え不格好な敬礼になったとしてもチマチマ動いて修正しては見た目も悪いので、一度決めたら直れの号令が掛かるまで決して動いてはいけないのだ。

なので、【脳】が身体に瞬時に信号を送れるようにするには、とにかくその姿勢を覚えるしかない。つまり、長い時間姿勢を保持ことで、身体に基本教練の動作を染み込ませるのだ。


「よし、今から『直れ』を掛けるけど、『やっと終わった~』みたいな、ダラーっと腕おろすんじゃねえぞ。・・・直れ!」

安部の忠告を聞いた新隊員たちは、痺れる寸前の右腕に活を入れながらおろした。

「うん、これでいつ敬礼を掛けても大丈夫だな。じゃあ、少し休憩するか」

ようやく休める・・新隊員たちの表情に若干の安堵感が漂うが、

「せいれーつ(整列)、休め!」

自衛隊はそこまで優しくないのだった。



*安部班付より

 「基本教練の目的は、『個人及び部隊を指揮して諸制式に習熟させると同時に、厳正な規律及び強固な団結を養い、もって自衛隊の各種行動に適応させるための基礎を作るにある』とある。

正しい姿勢もそうだけど、隊員の動作一つが全体の練度と見られる事を自覚しなければ基本教練は身に付かない。

10人並んで敬礼しても、たった一人【がきデカ】みたいな敬礼をしてたらその分隊は『あぁこの分隊はこの程度か』と軽んじられてしまう。

そして分隊の上級部隊も大したことないんだろう、そう思われてしまうんだ。

それが嫌なら、ひたすら練習しろ!

姿見使って、あるいは同期と一緒に号令を掛け合え!

基本教練が身に付けばあらゆる動作が活発に見え、娑婆シャバの人たちからも(一人前の自衛官)として見られなくもないかもしれないぞ!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る