第20話 そうかえん!準備編①

 夏!

梅雨の時期は曇りか雨か霧が続く東富士演習場にも、漸く夏が訪れる。

1000M上空から降下する空挺隊員。

茹だる暑さの中、研修として行軍させられている防衛省事務官の卵たち。

乾ききった演習場の土を、そこかしこにまき散らしながら走る装軌車。

そして、演習中の隊員たちの心を折らんとばかりに大合唱する、蝉の声。


娑婆の人の夏の風物詩と言えば花火大会が挙がるだろう。

陸上自衛隊の場合は、そう、総合火力演習(総火演)である!


7月の中旬になると、総火演の準備で中隊は忙しくなる。

保有する武器や車両の整備は勿論、普段は使わない野外炊事車や

1t水タンクトレーラー(通称・みずトレ)の作動確認、

本部管理中隊(通称・本管ほんかん)から鉄条網と杭、

10ポンドハンマーの借用、標的の作成、

エンピや飯缶ばっかんの員数確認&整備。

連隊では停弾堤ていだんてい(榴弾等を受け止める土盛り)の整備に観客席の設置で各中隊から人員を集め、尚且つ8月は夏期休暇もあり恒例の中隊&営内点検も重なるので結果人手が足らないという、訓練陸曹が悲鳴を上げてしまうのもこの時期特有の風物詩だ。


「1中隊気を付け!」

佐藤3曹の号令とともに不動の姿勢を執る武村士長ほか4名の陸士たち。

「1中隊、佐藤3曹ほか5名、集合終わり!」

ビッと敬礼し、本管の幹部(佐野3尉)に報告する佐藤3曹。

「休め」

武村は号令と同時に足を軽く開き、中帽ライナーの顎紐を緩め、被りなおす。まだ8時前とはいえ、暑くて敵わないので中帽を浮かせて頭部に空気を送り込む。

「ほんっとに暑いなぁ」

迷彩シャツをパタパタさせて、上半身の体感温度を下げようとするが、涼しいのは初めだけだった。


今回、佐藤3曹以下1中隊の面々に与えられた任務は、

【総火演における観客席の設置支援】である。

総火演が行われる畑岡射場。ここに多くの人が見れるよう階段席が設けられるのだが、なんとこの階段席。自衛官が組み立てるのだ。

「自分、新隊員の時に総火演来たことあるんすけど、あの階段席がメイド・イン自衛隊だとは思いませんでした」

「だろ?俺も中隊配属されるまでは知らなかった」

安部1士の驚きに武村も同意した。普通、ああいったモノは専門の業者が建てると想像するだろう。

だがしかし、そこは【普通】の斜め右上をいく自衛隊。ヒトだけは容易にかき集められるので、まさに【人海戦術】で何でもこなしてしまうのだ。


観客席設置支援で連隊から駆り出された人員は三十名弱。各中隊から数名程度が差し出されているのだが、やはり陸士が多い。炎天下の作業になるので、若くてつぶしの利く陸士が宛がわれるのだった。

支援隊は3t半に揺らり揺られて畑岡射場までまっしぐら。


「支援隊、下車」

今回の支援隊の長である本管の佐野3尉が3t半の降板を降ろし、支援隊の隊員がガタンガタンと音を立てながら下車していく。

「は~、やっぱ畑岡射場って広いっすねー」

安部1士は手のひらを額に当て、ぐるりと見回す。

「あぁ。ここは基本、戦車が主に射つからな」

「へぇ。小銃はここではやらないんすか?」

「いや、そんな事はねえよ。俺は去年ここでミニミ射ったしな。こっから見て、左前方の小高い山。あそこを狙ってな」

ホウホウ、と頷きながらタバコを咥えポケットに手に入れライターを探す安部1士。それにつられて武村と平本士長もタバコを吸いだす。

「でも、当日はすんごい強風で、砂煙が舞ってとても狙える状況じゃなかったんだよ。オマケに、砂が薬室の中に入っちゃって故障ばかりだったし」

「えぇ!ミニミって米軍も使ってるじゃないっすか。イラクで使えたんすか?」

「それは知らんけど、毎回撃発不良起こすから『バン!故障!バン!故障!』

って、機関銃のクセに単発銃みたいな感じで最悪だった」

分隊支援火器MINIMI。かつて自衛隊には【62式機関銃=62MG】があったのだが、これまた故障が多く、例えば62MGはMINIMIと同様に銃身に握把あくは(取っ手みたいなもの)が付いてるのだが、これが非常に外れ易く、突撃の際、「前へ!」の号令と共に62MGの握把を掴んで勢いよく走り出す!のだが、途中でメチャ軽いことに気付き、見ると銃身部だけ持ち歩いていた、なんていう伝説がある(私も経験あり)。

他にも、命中精度が悪く弾をばら撒くだけとか、部品数が100点(MINIMIは通常分解で50以下)あって分解結合が面倒くさいとか、とにかく評判が悪かった。

そして付いたあだ名が【62式言う事聞かん銃】。

その後継機関銃として採用されたのがMINIMIなのだ(因みに、MINMIという歌手が歌番組に出た時は『・・ミニミ?』と一瞬間違えそうになる。ならんか?)。

武村士長の機関銃普及教育が終わりに差し掛かる頃、「支援隊は集合」と佐野3尉が号令をかけ始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る