第13話 がいしゅつ!

 今日は土曜日。

特段の勤務(警衛上番、当直、訓練等)が無ければ、自衛隊は基本土日、祝祭日が休みとなる。なので平日の騒がしさとは異なり、連隊の殆どがお休みモードとなっている駐屯地の朝はシンとしている。

休日の場合、駐屯地の起床時間は0700だ。起床ラッパは7時ジャストにスピーカーから聞こえてくるのだが、平日のように廊下に出て点呼を受ける事はない。


(あまり)というのは、時々休日でも整列点呼を受ける事があるからだ。

点呼には【整列点呼】の他に【就寝点呼】があり、就寝点呼の場合は当直士長(若しくは陸曹)が各居室を回り点呼を行ってくれる、というもの。

もちろん点呼時は自分の居室にいなければならないが、居室で当直が確認できるのであればベットの上でくつろいでいようがTVゲームをしてようが構わない。

言わば、就寝点呼は休日を隊舎で過ごす隊員たちに対する、当直からの『心遣い』なのだ。

整列点呼は、平日に行っているもので当直に示された時間に示された場所で点呼を受ける。

「点呼は娯楽室前」と言われれば娯楽室。

「点呼は居室にて整列点呼」と言われれば居室。

「点呼は中隊朝礼場」と言われれば中隊朝礼場。

という感じ。


休日前の晩、例えば金曜の夜であれば点呼の際に当直幹部から、「明日の朝は就寝点呼だからなー」と達されると「明日はゆっくり寝れる♪」となるし、

「土曜の朝くらい起きんかい!」という考えの当直だったら眠い目を擦りながらも整列して点呼を受けなければならない。


全ては、当直幹部の御心のままに・・・。


『パーパラーパパーパラーパパーパラァパーパパ♪』


0700ちょうど、起床ラッパが静まり返った駐屯地内に木霊する。

平日であれば営内で最下級の平本1士が真っ先に飛び起きて、居室の電気を点けるのだが今日は休日。平本も起きているだろうが体までは起こさない。

当直から点呼の指示がまだ出てないからだ。


『1中隊起床。本日の点呼は就寝点呼。これより各班を回る』


明らかに寝起きっぽい当直士長の気怠い放送を聞き、私は身体を起こした。

「武内士長、今日外出早いんでしたっけ?」

平本1士がこれまた眠そうな声で聞いて来た。

「おー。今日は新宿に行くからな」

「あぁ、高速バスに早く乗らないと渋滞に巻き込まれますもんね」

昨日も確か同じ会話をしたと思うが、平本1士は既に忘れてるようだし、私も今気づいたくらいだから、まいっか。


トイレで用を足し、洗面所で顔を洗い終え営内に戻る途中、当直室前で当直士長に声を掛けられた。

「武内、お前らの朝飯まだ持ってってないだろ?」

「そっか。今日は飯受領でしたっけね」

休日の朝は隊員食堂も休みなので、おにぎりやサンドウィッチが当日の朝に糧食班で配られる。当直士長が1士など数名を率いて中隊のリアカー(通称:多目的人力輸送車)をもって受領に向かうのだ。

「班ごとにもう分けてあるから。ほら、これが5班の分」

気の利く当直士長は、既にパン箱で各班ごとに朝飯を分けてくれていた。

「ありがとうございます。あ、それと、私もう少ししたら外出証を受領したいんすけど」

「もう少しって?」

「そうっすね、0745には・・・」

「了解、分かったよ」

朝食の入ったパン箱を持ち、当直士長に軽く会釈しながら居室に戻った。


「すいません武内士長。寝ちゃいました」

居室のドアを開けると、平本1士が申し訳なさそうに謝ってきた。

飯受領は基本、営内に残る最下級陸士の仕事だ。

この場合は平本1士なのだが・・・。

「別にいいよ。私もちょうど当直室前を通った時に『持ってけ』って言われただけだから。誰が取り行っても一緒だろ?」

すんません、と言いながら私からパン箱を受け取り、ベットでまだ眠っている諸先輩のキャビネットの上に、朝飯を配りはじめた。

私も平本1士から朝飯を受け取り、外出のための着替えを始めた。時間が惜しいので朝飯は高速バスの中で食べる事にする。


ジャスト0745。当直室の前に立ち、ノックする。

「3班武内士長、入ります」

言い終えると同時にドアを開け、ちょうど当直幹部と目が合ったので10度の敬礼をし、申告する。

「武内士長は、外出証の受領に参りました」

再び、軽く敬礼。

「武内、今日はどこに行くんだ?」

保管箱から自分の外出証を探しながら、当直幹部の質問に答える。

「新宿に行って、あとは現地で決めようかなと」

「新宿ぅ?お前、この時間の歌舞伎町は大した店やってないぞ」

どうしてこう、自衛官って(外出=風俗)という図式が生まれるのか。

「違いますよ。ゲーセン行って、飯食って、本屋行って終わりっすね」

「分かった分かった。そういう事にしとくから。くれぐれも事故の無いようにな」

「ちっとも分かってねぇっすよ。あ、確認お願いします」

身分証に外出証を紐で縛着し、脱落防止が成されてる事を当直幹部に確認してもらう。

「よし!じゃあ気をつけてな」

「はい!武内士長、用件が終わり帰ります!」

踵を返し、退出しようとしたところで、当直士長に声を掛けられた。

「武内。俺らシュークリームとか、全っ然期待してねぇからな」

「お疲れっした~」

早々に退出し、隊舎を後にした。



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