第12話 空からの使者
パラパラパラと、ヘリのローター音が聞こえる。
この音は多分、ヒューイ(多用途ヘリUH-1J)だ。
長いこと演習場にいると、ローター音だけで何のヘリなのか判別できるようになる。別に特殊な能力という訳ではなく、単に暇つぶしでヘリを観察するうちに違いが分かるようになっただけなのだが。
2夜3日の小隊訓練。その中で小隊長ドライバーを命ぜられた。
小隊長ドライバーとは、その名の通り小隊長をパジェロに乗せ、小隊長の命ぜられるがまま走らせる車両操縦手のこと。
「おーい、武内士長。演習場管理班まで頼むわ」
「了解です」
「武内士長、大野監的まで」
「あいさー」
「武内士長、弾薬調達。セブンまで」
「了解であります♪」
といった具合に。
今は偵察のため須山国道を見渡せる地域にて待機中。
小隊長は明日予測される敵の前進経路を確認しに行っている。その間の小隊長Drの仕事はというと、「全力を以って待機」だ。
決してサボってるとか、怠けている訳ではなく、
『小隊長が不在の今、我が小隊長車が襲撃に遭ってしまっては、皇国の恥である』
ので、車両の外に出て周囲を警戒しているのだ。
その中でタバコを吸うのは敵を油断させる為である。他意はない。
四周の警戒を始めて十数分が経過した頃に、パジェロに積んである車載無線機から「10(ヒトマル)。こちら00(マルマル)。送れ」との声が。
相手は00、中隊本部からだ。
「はい、こちら10」
偵察中の小隊長が、携帯無線機1号を通して応答する。
「そちらに敵と思われる航空機が向かっている」
敵機・・・。もちろん小隊訓練での中隊からの状況付与なので実際に航空機が来るのではないが、航空機が何を積んでるのかで対処が変わるのだ。
一つは、VXやサリン、タブンといった【化学剤】。所謂(ガス攻撃)だ。
「状況ガス!」の号令が掛かったらその地域にいる隊員は防護マスクを8秒以内に着装しなければならない。
もう一つは、クラスターやナパームといった【空爆】である。
これはどの方向から来るのかによるが、クラスター爆弾は航空機の進行方向に沿って、投下地点から縦深約200M、幅約50Mが効果範囲なのでこれより外に最短で逃げなければならない。
「10は今いる地域から全力で離脱し、これを回避せよ。飛来予想時間は2分後!」
「10了解おわり!」
小隊長は叫ぶように応答し、無線通話を終えた。
無線を聞いていた私は、即離脱ができるようにパジェロを反転させ、いつでも走り出せるように準備した。
無線終了から1分も経たないうちに、小隊長が姿を現した。
「武内!離脱!離脱!」
「了!」
小隊長がドアを閉める寸前に、私はアクセルを踏み、全速力で走らせた。
カツカツカツと、タイヤが砂利を蹴り上げる音が続く。
この地域の演習道は北側に比べて整地されてる方だが、それでも戦車が掘り返したような深い轍や、雨で流されて転がっている岩などあり、走りやすくはない。
おまけにコーナーが続き、さながらセガラリーだ。
時速は・・・、見ている余裕がない!
「10、00!敵航空機はクラスターを積んで○×道を北に向かう模様!以上!」
中隊からの追加状況で、前進方向が決まった。
「武内!そこの角を曲がれ!」
指示された角を曲がると、その道は「戦車じゃなきゃ、無理じゃね?」と思わせる位の勾配と路面が荒れていた。
「武内、車両停止!車両はここに残置し、徒歩で離脱するぞ!」
私は急ブレーキに近い停止をし、すぐさまパジェロから降りた。
「武内、走れ!」
携帯無線機1号を背負い、途中で
『航空機クラスター投下!3、2、1、今!』
中隊本部の無線がカウントし終える直前、
「武内!その場に伏せぇ!」
と、小隊長。
私は咄嗟に右側の藪の中に倒れこんだ。棘のある草が生えてるのか、膝がチクチクして痛い。クソ!
時間にして30秒ほど経っただろうか。
「10、こちら00。敵航空機は離脱した模様。クラスター投下地点は、座標
××××、○○○○」
小隊長は演習場地図を広げ、座標を確認する。
「えー、こちら10。我の現在地は○×
小隊長が通話ボタンを離し、私に何かジェスチャーしている。
・・どうやら「武器、装具点検!」と言いたいようだ。
私は素早く小銃と、身に着けてる装備品を確認した。小隊長に向け親指を立て合図すると、小隊長は右手を軽く上げ『わかった』と合図し返した。
小隊長は胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けようとライターを探している。
私もそれに倣ってすぐに煙草を咥えると、ジッポに火を点け小隊長に差し出した。
ニッと私に笑顔を向け、煙草に火を灯すと、煙を深く吸い込む小隊長。
「10。人員、武器、装具、車両、異状なし」
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