「手紙」8

                   ***



三年後――。



ここは大切な想い出がある場所、香川県小豆島。

例のノート片手にカフェの外にある椅子に腰掛け、大好きな景色を眺めていた。



季節は夏真っ盛り。3年前に来た時と同じ季節。



チカチカ光る携帯電話に気付き、ゆっくり手に取った。最近では、ここでも電波が入る様になった。ディスプレイ画面には、留守番電話が入った事を知らせるマークが表示されている。



旅を終え、戸谷さんと三田さんに再び会い、旅を書く事を決意した。戸谷さんが働く出版社のホームページに特設コーナーがあり、そこで旅の思い出を綴った。

東京で仕事をしながら、2年もかけて書き終えた。今日はその最終話がアップされる日だった。そしてそれが、書籍化されるという事が発表される日。



留守番電話サービスにアクセスし、メッセージに耳を傾ける。



『恵利、本になるのか!?すげーじゃん。今度はいつ逢える?年末は家族でオーストラリアに行くんだ。メリッサにも伝えておく―― って、なんだよ!今喋ってんだろ?』


『恵利ちゃん、俺あの中だと超良い男っぽ――。』



そこで通話が切れ、思わず笑ってしまった。



梨香さんと勇作君、二人はあれから結婚し子供を授かった。二人の結婚式、梨香さんの出産にも立会い、私は酷く泣きじゃくった。



人の命が生まれる。それはなんて綺麗で素敵な事なんだろう。勇作君よりも先に赤ちゃんを抱かせてもらい、この世にこんなに愛しいものがあるのかと感動した。



『ネチ子ぉ!あんたねぇ、もっとあたしを綺麗だとか男にモテるとか書きなさいよねぇ?それにぃ、あたしそんなに下ネタとか言ってないしぃー。まぁ、とにかくオメデトウ。自称あんたの母親としては、鼻が高いわ。うっ、駄目ね、年取ると涙もろくって―― って、やぁねぇ!若いってフォローしなさいよぉ!』



キャサリンさん、日本に戻ってからも頻繁に会っていた。初めてキャサリンさんのバーに遊びに行った時、サプライズでそのまま働かされた。色々な人を紹介してもらい、ノンケをこのバーに立たせたのは私が初めてだと言っていた。バーで働くキャサリンさんの姿はキラキラと輝いている。相変わらず話す内容は、放送禁止用語ばかりだったけど。



私を娘のようにして、可愛がってくれている。



「恵利姉、なんで外に出てんの!?バカ!」



買い物袋を両手に抱え、美紀ちゃんが帰ってきた。美紀ちゃんは今や髪の毛も肌も黒くなり、まさにこの島の住人そのものに見える。



「おかえり。今日はまだ涼しい方じゃない」


「バッカだねー、体を大事にしてよね!てか、旦那はいつこの島に来んの?」



美紀ちゃんは、にこにこしながら顔を覗き込んでくる。楠木マスターの分身の様に、いつも島の皆の中心に居た。3年間この島で育ち、本当に強くなったみたい。今では咲さんが不在の日でも、店の経営が出来るほど。



「ねぇー綾ちゃん、パパに早く会いたいねー」



そう言いながら、私のお腹に声を掛ける。



私は1年前に結婚し、子供を授かった。出産はこの島でしたくて、妊娠してから此処に移り住んだ。この景色を、これから産まれる我が子に見せてあげたかったから。



名前はあや



漢字は違うけど、この子を彩の生まれ変わりだと信じてそう名付けた。

綾織物が沢山交差されて綺麗に仕上がる様に、色々な人に出逢って、色々なことを経験して、最後には身も心も綺麗な女性に育って欲しい。そう、願いを込めて。



「そろそろ咲姉と晃が帰ってくるから、ちょっとこれ冷蔵庫入れてくる。恵利姉、大人しくそこで待っててよね」


「子供じゃないんだから、平気だよ」



美紀ちゃんがお店の扉を開くと同時に、コーヒーの良い香りが風に乗って届けられた。空を見上げ、心の中で楠木マスターに声を掛ける。



楠木マスター、約束通り戻ってきたよ。私ね、母親になるの。



目の前に広がるのは、変わることのないお気に入りの風景。そして手には、楠木マスターから貰った宝物のノート。ぱらぱらページを捲り、名言達を読み返した。最後のページを読み終え、ふと思い出す。



『恵利ちゃんの幸せが見つかったら、一冊の本の“あとがき”の様に、白紙のページに書いたらええ』



楠木マスターはそう言ってこのノートをくれた。その時、あとがきを書いてくれと戸谷さんに言われていた事を思い出した。このノートの最後のページに、それを書こうと決意する。



この旅を読んでくれた人達へ

旅の最中、彩に書いていた手紙のようにして――。



この旅で感じた全てを、ここに。

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