「手紙」3

                    ***



それから一週間後――。

マイクさんとミシェルさんに協力してもらい、再びブリスベン空港に来ていた。



「大丈夫かな、もうそろそろ着く頃なんだけど」


「大丈夫よエリ、きっと来てくれるわ」



ミシェルさんに肩を撫でられ、不安な気持ちが少し楽になった。



ここ一週間、腫れ物に触るようにして梨香さんに接してきた。だけど梨香さんの方は何時いつもと全く変わらない。でもメリッサの言う通り、何処かに悲しみを潜ませているように見えた。



やっぱり、私だけの力では無理だと思う。そんな思いもあり、梨香さんに内緒である人に助けを求めた。メリッサにも話してみたら、協力してくれると言った。

意外とすんなり実現まで漕ぎ着けた、協力者をこの国に呼ぶということ。祈るようにその人の到着を待った。



するとその時、懐かしい姿が目に入る。思わず顔がほころんでしまった。



「おー、マイクとミシェルまで居るじゃん!」


「ハッハッハ、変わらないなぁ!」



マイクさん達と再会のハグをしてから、私に目を移す。



「恵利ちゃん、元気だった?」



私は助けを求めた――。勇作君はそれを、快く受け入れてくれた。

久しぶりに会ったけど、全然変わってない。



「ちょっと痩せたか?海外に来たら普通太るんだぞ?マイクの腹みたく」



そう言ってマイクさんのお腹を叩く勇作君は、梨香さんにそっくりだった。



「ユウサク、ここでは日本語禁止だ。リカだってそうしてるぞ」


「懐かしいなーその言葉、昔よくマイクに罰金だって金取られたっけかな」



勇作君は留学していただけあって、現地の人の様に慣れた様子で英語を話す。関心して見つめていたら、目が合った。



「それでリカは、元気なの?」



作り笑いをして見せると、それ以上は何も聞かずに宥めるように頭を撫でてくる。その仕草がとても懐かしく感じた。こんなに早くまた再会できるなんて思ってなかった。旅に出た頃を思い出してしまう。



また梨香さんと勇作君と過ごせる。そう思っただけでワクワクしてきた。

残るは、梨香さんが素直にそれを受け入れるかだけ。



私達はマイクさんの車に乗り、再びゴールドコーストに戻る事にした。

車内では楽しそうにダンさんとの思い出話が飛び交う。勇作君に会えて、マイクさんもミシェルさんもとても嬉しそうだった。









ダンさんの家に勇作君を招き入れ、マイクさんとミシェルさんはアッシュモアに帰って行った。後日、梨香さんが了承すれば皆でダンさんのお墓に行こうと約束した。



梨香さんは今学校に行っていて居ない。いつ帰ってくるのか考えるとドキドキした。せっかく勇作君に来てもらったのに、梨香さんに追い返されでもしたらどうしよう。そんな心配をする中、勇作君は嬉しそうに家を見回している。



「懐かしいな、この家」



すると突然チャイム音が鳴り、体が飛び上るほどに驚いた。



「恵利ちゃん、何もそんなにビクビクしなくても。話してくれたメリッサが来たんじゃない?」



そうだった。メリッサに了承をもらってから、勇作君に能力のことも含め先に紹介しておいた。勇作君はあまり驚いてなく、普通に話を受け入れていて、その様子に驚いたのを覚えてる。



ふぅっと深呼吸をしてから、玄関の扉を開けた。



思わずぎょっとした顔を作ってしまった。そこにはメリッサだけではなく、梨香さんも居たから。メリッサはばつが悪そうに作り笑いで言う。



「リカとその、そこでバッタリ会ったの」


「最近は暑くなくなって外に居ても過ごし易いなー、ただいま――。」



そう言いながら中に入った梨香さんは、勇作君に目を移して固まってしまう。私がわたわた動揺する中、勇作君はなんて事ない様子でよっと言って手を上げた。

梨香さんは顔をしかめる。



「勇作?」



予想外。心の準備も出来てない状態のままで二人が再会してしまった。

私の作戦なんて所詮こんなもの。慣れない事するから上手くいかない。



「勇作、おまえなんで此処に居るの!?」



私の心配とは裏腹に、梨香さんが喜びの声を上げた。

思わずメリッサと目を合わして、ホッと肩を落とす。



「いや、梨香が大変だって恵利ちゃんが言うからさ、急いで来た」


「私が大変?」



そう言って見つめられ、悪さをした子供の様にしてメリッサの後ろに隠れた。

メリッサはこの状況を助けてくれようとしたのか、ぼそっと呟く。



「リカ、英語で話してってば」


「あ、悪い。ユウサクが来るなんて思ってもみなかったからさー!サプライズだろ?やるなエリー」



メリッサの後ろからそっと覗いてみる。梨香さんは心から喜んでいるみたいだった。嬉しそうに笑顔になる梨香さんを見て、作戦は思うようにいかなかったけど、結果喜んでるみたいだから良かったと安心した。だけどこの後、予想外のことがもう一つ起こってしまう。



「私が大変なんて嘘ですっ飛んでくるなんてよー、ユウサク私に惚れてんだろ?」



梨香さんが冗談交じりに笑い飛ばす。その冗談がきっかけで、いつも通り二人の言い争いが始まるかと思った。だけど――。



「ああ、惚れてるけど」



その返答に、三人が一気に言葉を失った。梨香さんも久々に勇作君と言い争う気満々だったのだろう。戦力を失くした様に唖然としている。



「お、おまえ、からかってんのか?全然面白くねーぞ!」



顔を赤くさせながら想像とは違う形で怒り出した。

それに対し勇作君は、あっけらかんとしている。



「気付いてるかと思ったけど」



まるで自分の事の様にドキドキした。



全く気付かなかったけど、今思い返してみれば、そうだったかもしれないとも思う所もある。勇作君が誰にも言ってなかった悲しみは、親友を亡くした悲しみだけじゃなかった。好きな人が、亡くなった恋人を想い続ける事――。 その悲しみとも、闘っていたんだ。



「英語が得意だからって調子乗ってんなよ!くそ、腹立つ!着替えてくるわ」



梨香さんの顔は赤いまま、二階の部屋に慌てるようにして駆けて行った。

梨香さんが二階に消えた瞬間、勇作君は力が抜けた様にその場にしゃがみ込む。



「はあ、ぶん殴られるかと思った」



その発言に私とメリッサは思わず吹いて笑ってしまう。

あっけらかんとしている様に見えたけど、きっと誰よりも緊張していたんだな。



「こんな時に何だけど、初めまして、メリッサよ。会えて嬉しいわ」



二人は笑顔で握手を交わした。そしてメリッサは、さらっとした口調で言う。



「私の能力の事をエリから聞いたのよね?もしもそういう事が理解出来なかったら、止めて欲しいって素直に言って。気にしないから」



“信じてもらえなくても大丈夫”それをまるで自己紹介の様にして言うメリッサに、なんだか居た堪れない気持ちになった。



「いや、リカとエリの親友だろ。疑ってないよ」



優しい笑みでそう言う勇作君に、メリッサはホッとした表情を見せた。



「エリとの電話でメリッサの事を聞きながら、俺も決心したんだ。前に進もうって」



それを聞いて初めて、勇作君は自分の想いを伝える為にここに来たんだという事を知る。梨香さんはきっと、酷く戸惑っているだろうな。だけど私の心の奥底は、むず痒い喜びで溢れている。



勇作君は立ち上がり、辺りをきょろきょろ見回した。



「メリッサ―― 今ダンは、ここに居るのか?」



するとメリッサは、自然と誰も居ない場所に視線を移す。



「居るのか。話しかけたら、聞いてくれるかな?」



メリッサはこくんと頷き、今も尚、誰も居ない場所を見つめていた。

ふと視界に人影が入り、階段に目を移してみる。そこには、着替え終わった梨香さんが居た。足を止め、黙ってその場に立ち尽くしていた。



「ダン、リカを奪いに来たこと怒ってるか?だけどリカと付き合う前から、おまえは俺の気持ちを知ってただろ?おまえの後にリカを幸せに出来る奴は俺しか居ない――。 そう、思わないか?」



勇作君の愛の告白。それはダンさんには、どう写ってどう感じるのか。

少なくとも私は、その告白に感動してしまった。



階段を降りきる事の出来ない梨香さんは、その場にゆっくり座り込む。

それはまるで、梨香さんの気持ちを表す様だった。勇作君のもとに行くに行けない、梨香さんの気持ち。









そのまま夜を迎え、メリッサは梨香さんを心配して泊まってくれる事になった。



二階には部屋が二つ。一階にあるベッドルームは物置になってしまっている。

梨香さんはあれから部屋に篭ったまま。メリッサは私の部屋で、勇作君は一階のリビングのソファーで寝る事になった。



掛け布団を抱え一階まで運んでいると、早速ソファーで寝転んでいた勇作君が慌てるように飛び起きた。



「いいのに。そんなちっけー体で運ばせてごめん」


「ううん、それより平気?こんな所で寝て」


「留学中はソファーで寝泊りがしょっちゅうだったよ。しかもそれに金払ってた。その頃に比べりゃ天国」


「そっか」



にこっと笑みを作ってソファーの下で体育座りをした。

すると勇作君が目を丸くする。



「どうした?眠れないの?」


「ううん、あのね、これだけは言いたくて――。 さっきの勇作君の告白、凄く素敵だった。梨香さんならきっと、分かってくれるよ」


「今も心臓がバクバクしてるけどな。梨香にはずっと隠してた気持ちだからさ」



凄く勇気がいる事だっただろうな。親友と好きな人に隠していた気持ちを告白するなんて。そう思うのに、勇作君の顔は晴れ晴れとしている。



「それにしてもメリッサはすげーなぁ、あんな人に会えるなんて奇跡だよ。商売になるよ」



冗談混じりにそう言って笑う。もしかしたら梨香さんへの気持ちを隠していたわけではなく、本当はずっと言いたかった事なのかもしれないと思った。



「てか、もしかしてメリッサは既にそういう職業だったりする?」


「ううん、メリッサは自分の力を商売にしないと思う。なんとなくだけど。そう言う勇作君だって、歌唱力があるのに商売にしないなんて勿体無いよ。それに知らなかった、勇作君って結構有名だったんでしょ?言ってくれないから」



池上君に言われて初めて知った。活躍していた頃を一度でいいから見てみたかったな。



「有名人っていうか、今や中途半端に知られてる人になっちまったな。みんな早くあの頃の俺を忘れてくんねーかなぁ」



けろっとそう言う姿をみて、歌を仕事にする事はもう望んでいないんだなと思う。そして天井を見ながらぼそっと呟いた。



「だけど梨香には、もう一度歌って欲しいな」



部屋に戻り横になって考えた。勇作君の愛、それを梨香さんが受け入れたら素敵だなぁって。私にとって二人は温かくて愛が溢れた人達。そんな二人の幸せを、心から願う事にした。



明日はどんな朝を迎えるのだろうと胸を躍らせる。だけど“もしも”の事を考えては不安な気持ちにもなった。梨香さんがもし、勇作君の気持ちを受け入れられないとしたら、二人はどうなってしまうのだろう。あんなに仲良しなのに、会うことももう無くなるのかな?



これは自分勝手な願望なのかもしれないけど、二人が付き合って結婚でもしたらと、そう考えると嬉しくなる。可愛い子供を産んで、絶対に素敵な家庭が築けると思う。梨香さんがママで勇作君がパパなんて、考えれば考えるほどニヤけが止まらない。



「エリ?眠れないの?」



その声にハッと我に返る。メリッサが隣で寝ていたことを忘れていた。

寝返りを打ってメリッサを見つめた。



「起したかな?ごめんね」


「ユウサクがリカに告白してからエリ、とっても嬉しそうね」


「リカさんが大変なのに浮かれちゃって、不謹慎だよね」



すると、優しい笑みで首を横に振ってくれた。



「私だって嬉しいの、リカを前向きに導いてくれる人が現れて。エリに感謝してるわ」



今日の事がきっかけで、梨香さんは前に進めるのかな?だってダンさんを心から愛してた。だからこそ、今の状況に戸惑っているはず。



「少なくともリカが後ろ向きになる事はないわ。だってあれは愛の告白よ。覚えてる?ぽっかり空いた穴を埋める物は――。」



メリッサが言い切る前に、指でハートを描いて見せた。



「愛、だよね?」



私達は小さく笑った。



心を埋めてくれるっていうのは本当かもしれない。目の当たりにしただけで、当事者じゃなくても愛を感じられた。それだけで気分が良くなっていく。








何処かから話し声が聞こえて目を開いた。窓の外は直視できないほどに明るい。

それを細目で見ながら起き上がった。



ベッドから降りた時、隣にメリッサが居ない事に気付く。帰ったのかなとぼーっと考えていた時、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。



部屋を出てみると、その声が大きく耳に届く。梨香さんの声だと気付き慌てて階段を駆け下りる。キッチンに行って顔を出すと、私以外が揃って食卓を囲んでいた。

梨香さんは私に目を移し、あっと声を上げる。



「起きるのおっせーよ―― あ、ユウサク!それにケッチャップつけるなって前も言っただろ?」


「おまえ、この美味しさが分からなくてよくオーストラリアに住んでるよな」



昨日見た告白は夢だったのかもしれない。二人のやり取りを見てると、そう思わずにはいられなかった。思わずメリッサに向かってアイコンタクトを送る。それに気付いたメリッサが、呆れたような顔を見せてから首を傾げた。

恐らく私と同じで、今の状況を把握出来ていないのかもしれない。



呆然と立ったままでいると、梨香さんが私を見て顔をしかめる。



「ぼさぼさ頭にパジャマ姿で突っ立ってないで早く着替えてこいよ。ここに一応男が居るんだぞ」


「一応って何だよ。あー、男はリカの事か」


「本当、いちいちムカツクなこいつ」



何もかもが今まで通り。秋田に居た頃の二人となんら変わりない。昨日やきもきと色々考えたことが全て無駄だと言われた気分。再び部屋に戻ろうととぼとぼ歩いていると、メリッサがやってきて耳元で小さく呟いた。



「私にも何が何だか分からない。ユウサクと話してたら、リカが普通におはようって現れて―― それからはずっとああよ」



憶測にしか過ぎないけど、勇作君は普通に接してくる梨香さんに合わせてあげている。そう考えるとつじつまが合う。



梨香さんの心境にどんな変化があったのかな?何もなかった頃に戻りたいと思ったのか、それともあれはある意味、勇作君を受け入れてるという事になるのか。どちらにも取れるから分からない。



「とりあえず今は、そっとしておきましょう」



メリッサの意見に賛成だった。



確かに今はまだよく分からない。だから少し様子を見てようと思った。

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