「天と話す者」5
パチッと目を開くと、辺りは既に真っ暗だった。
ぼーっと見慣れない天井を見つめる。
慎の過去を夢に見るなんて、初めてかもしれない。
多分、慎から慌てて逃げて来たから、記憶に慎が残っていたんだろうな。
ゆっくり起き上がり、鞄から携帯電話を取り出した。着信があるかを確認しようとして、あっと声を漏らす。この携帯電話は古い機種で、海外に対応していないという事を思い出した。画面には、圏外という文字が表示されている。
慎、心配してるのかな?でも大丈夫だよね、海外に行くって言ってあるし。
まだ寝起きの眠たい目を擦りながら、部屋を出た。
なんだか良い匂いがする。
階段を降りてキッチンに行くと、梨香さんが鼻歌を歌いながら料理をしていた。
「おっ、やーっと起きたか。すんげー寝てたな」
お玉片手に笑顔を向ける梨香さんに、なんだか嬉しくなって微笑んだ。
誰かと一緒に住むっていいなぁと思う。それに、ずっと会いたいと思ってた梨香さんと再会出来て、しかもまた一緒に暮らせるなんて、まるで夢みたい。
「何か手伝うよ」
「だったらもっと早く起きろよなー。もう出来上がるから、そこ座っとけよ」
「ごめん。じゃあ、お言葉に甘えて」
席について数分、クリームシチューとチキンとサラダが並べられる。
夕飯を食べながら私達は、思い出話に花を咲かせた。
「恵利、今では別人のようだよなぁー」
スプーンで
「初めて会った時、なんって大人しい奴なんだと思ったよ」
『あのさー、ティッシュ持ってね?』
梨香さんとの出逢いを思い出し、思わず笑ってしまった。最初は絡まれるかと思って怯えていたっけ。あの時はまさか、こんな風にして一緒に過ごすなんて思ってもみなかった。
「そうだ恵利、大阪は楽しかったのか?」
大阪――。思い出すとその風景は、まるで曇りが多い天気の様な、少し暗い印象。
大阪での想い出、それは池上君との想い出で溢れてる。誰かを好きになって知ったのは、時に心が晴れたり、雨が降ったりして、天候がいつ変わるかわからない曇り空の様な心。それが強く焼き付いていて、大阪での想い出は暗いという印象が残っている。
「なんかね、しばらく寂しかった気がする。きっと、梨香さんを取り巻く環境がとても素敵で、その中に居られて楽しかったから。秋田は梨香さんのお陰で、賑やかだった」
梨香さんは俯きながらシチューを食べ、ふっと鼻だけで笑う。
「でも、恵利は盛り上げるタイプじゃねーかもしれないけど、私には持ってない物を持ってるじゃん」
梨香さんが持っていない物?
きょとんとして見つめると、優しく微笑んで私を見た。
「恵利は誰よりも優しいだろ?傍に居てくれるだけで何故か心が安らいだよ。一緒に居ると、こっちまで優しい気持ちになっちまう」
その言葉は人生最高の褒め言葉だった。照れてしまって、思わず顔を俯かせる。
「でも私、退屈だし――。」
「ぶっは、そうだ!元彼にそう言われたんだったな」
私ネチネチした人間だから、あの台詞をきっと一生忘れられない。思い出して思わずふて腐れた表情を作ってしまう。そんな私の頭を梨香さんがぐしゃぐしゃっと豪快に撫でた。
「えーり、おまえを捨てた男の言葉なんて忘れろよ。おまえには、もったいねー男だったんだ」
梨香さんは久しぶりに会っても全然変わらない。女の子なのに男らしくて、たまにキュンとまでしちゃう。梨香さんがもし男だったら、間違いなく好きになっちゃうだろうなと、密かにそんな事を思った。
ご飯を食べ終え、私達は飲み物を持ってテラスに出た。夜になると心地良い風が吹き、潮の香りが強く感じる。テーブルに置いてある小さなキャンドルに火を灯し、今まで出逢った人の事や、旅の出来事を梨香さんに話した。
遠くから波の音が聞こえる――。
夜になってもこの街は素敵だった。
「そうか、恵利は色々な経験をしたんだな」
「うん。家を飛び出した頃は、まさかこうやって海外に来る事になるとは、夢にも思ってなかったよ」
梨香さんは遠くに目を移し、何か言いたげにして口を閉じる。梨香さんの言葉を待って暫く波の音に耳を澄ました。風に乗ってゆらゆら揺れるキャンドルの火に目を移した時、やっとのことで梨香さんが口を開く。
「実は私さ、馬鹿だと思うかもしれねーけど、ミシェルの言った通り、この家に居るとダンを感じるんだ」
真剣にそう言った顔が、キャンドルの灯りに照らされている。
なんだかとても綺麗で、つい見とれてしまった。
「明日さ、恵利に会ってほしい人が居る。ミシェルから紹介されたんだけど、恵利みたいに大人しい奴で、色々と苦労してる奴なんだ。名前はメリッサ、恵利と同じ歳」
名前からして外人さんだという事は分かる。だけどまだ英語にも慣れてないし、私みたいに大人しいなんて、仲良くなれるか不安になった。
「ミシェル達は此処から少し離れた、アッシュモアって所に住んでるんだけど、メリッサもその近くに住んでる」
「私、仲良くなれるかな?」
「恵利は、大丈夫だと思う」
恵利はという言い方が少し気になった。黙って見つめていると、梨香さんはうーんと首を傾げる。
「メリッサには特別な、なんっつーかな?特技があってさ、その特技で孤独に生きてきた奴なんだ。だから、滅多に人に心を開かない」
特技で孤独?サッパリ話が見えない。
「私はメリッサの特技だと思ってんだけど、あいつは特技だとはこれっぽっちも思ってねーみたいだ」
何の事だか検討がつかなく、梨香さんに続き首を傾げた。演技が得意な女優さんで、芸能界に馴染めなくて孤独とか?うーん、違う気がする。
「私から言うのもなんだから、明日直接本人から聞いてくれ」
その後も遅くまで色々な話をして、真夜中になってからやっとお互いの部屋に戻った。
「あれ?」
部屋に入って直ぐ、何か違和感を覚える。
「窓、閉めたっけ?」
疑問に思いつつも、暑いので再び窓を開けてからベッドに潜り込んだ。
――
―――
それから気付けばもう、一時間くらい経ってしまった。目を瞑ってはみたけど、さっき変な時間に寝てしまったせいで全然眠れなかった。何度も寝返りを打ちながら、最終的には仰向けになってぼーっと考え事をすることにした。
さっき話してたメリッサさんって人は、どんな特技を持っているのかな。
超能力とか?うーん、だけど超能力で孤独って――。
バタン!!
突然の音に驚き、思わず掛け布団を頭から被る。
もしかして泥棒?海外は盗難が多いってよく聞くし、どうしよう!
鼓動がどんどんうるさくなってきて、変な汗まで出てきた。だけどそれに反し、辺りはシーンと静まり返っている。そっと布団から顔を出した。
恐る恐る見回すも、何も変わった様子がなくホッとする。なんだったのかは分からない。梨香さんが部屋を出た音?それにしても大きすぎる音だった。とりあえず泥棒ではないんだという事に安心して、布団を剥ぎ取ってベッドに腰掛ける。
「もう、私ってば小心者」
そう呟きながら、ふと窓に目がいった。
「え?」
窓が閉まっていた。
さっき――
開けた、よね??
てことは、さっきの大きな音は窓が閉まった音だったということだ。
念の為、再び窓を開けて顔を出す。少したりとも風は吹いていない。
強風ならまだしも、こんな全く風が吹いてない中で勝手に閉まるなんて、有り得ない。硬直しながら考えた後、我に返ったように部屋を飛び出した。
夜中だというのに、梨香さんの部屋の扉を容赦なく叩いた。梨香さん助けて、怖い!そんな思いを込めて。
暫くしてやっと、梨香さんが眠そうな目で扉を開ける。
「あんだよ恵利ー」
涙目になりながら梨香さんの腕を掴んだ。
「怖いー!」
「あ?」
梨香さんの部屋に入り、何が起こったかを説明した。一緒になって驚くかと思ったのに、呆れた口調で言われる。
「あー、なんだそんなことか」
「お化けかもしれないよ?」
「まあ、お化けっちゃお化けだろう」
どういう事?もしかしてこんな事、海外ではよくある事なの?頭の中がパニックを起こしている。梨香さんが顔を覗き込んできて、吹いて笑いだした。そして突然、誰も居ない方に向かって大声を上げる。
「ダーン、こいつは小心者なんだから、脅かすなよ!」
涙目のまま、ぽかんとその様子を見つめた。
梨香さんは頭を掻きながら、私に視線を戻す。
「だから、ダンだって」
言ってる意味が分からない。私は相変わらず口を開けたまま、何も言葉を発することが出来なくなった。
「おまえも悪いぞ。ここは治安は良い方だけど、日本に比べたらずーっとわりーんだよ。日本に居る時みたいに窓なんか開けっ放しにしたら、強盗に入られる恐れがあんだよ。分かったか?」
「わ―― 分かんない」
正直にそう言うと、梨香さんは再び笑い出した。
「だからさ、きっとダンがおまえを心配してやったことだ。怖がんなよ」
こういった経験を全くした事がないので、酷く戸惑った。テレビなんかでたまに聞くけど、霊感とか全くないし、何を信じたらいいのか分からない。
「そんな事ここに住んでからしょっちゅうだ。私が蝋燭の火消し忘れて寝てたら勝手に消えてたりするし、寝不足のまま遅くまで起きてたりすると、勝手に電気が消えたりすんだぜ?」
「どうして?」
「早く寝ろって言ってんだろ?たまにうるせー!って一人で叫ぶんだ」
梨香さんにだけ感じるダンさん。それは私には理解出来ないかもしれない。
霊感も全くないけど、だけど梨香さんが言うなら、きっとダンさんなのだろうと不思議と思えた。
「凄いね―― そんなことって、本当にあるんだね」
ダンさんは梨香さんを守っているのかもしれない。そう思うと怖さを超え、感動に変わってしまっていた。だからこの家に初めて来た時、何か温かい物で包まれている様な気になったのかもしれない。
「恵利って本当純粋でホッとするよ。学校の奴らは気のせいだって笑い飛ばしやがる。やっぱり恵利は―― メリッサと仲良くなれるよ」
そう言って、嬉しそうに微笑んだ。
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