「天と話す者」1

『お姉、幽霊って居ると思う?』


『どうしたの?急に』


『彩は鈍感だから、んなもん見たことないけど。世間は見たとか見えないとか、怖いとか言ってるじゃん?』


『うん』


『もしも本当に幽霊が居るのなら、その幽霊も前は生きてたって事でしょ?今の私達みたいに。それで怖いって言われたらさ、たまんないよね』


『そうだね。だけど、どうしてそんな事思ったの?』


『うん――。 もしもね、お姉か彩が死んだらさ、幽霊になって絶対この辺をうろつくだろうなと思って』


『そうだね、私がもし彩を置いて死んじゃったら、心配になって様子見にいきたくなるもん』


『えー!やめてよねー、彩を置いて死ぬなんて!』


『例えだよ。そもそも、彩が言い出した事じゃない』


『じゃー、彩も幽霊になったらお姉に纏わりつこーっと!ん?ちょっと待って、一つ疑問に思った――。』


『ん?』


『死んで幽霊になってからさ、生きてる人に何か伝えたい事があった場合は、どうしたらいいんだろう?』




バスの揺れによって目を開けると、長い年月を経て変色した天井と、すぐ目の前には椅子の背もたれがあった。それらを見て、自分がいま夜行バスの中だという事を思い出す。



久しぶりに彩の夢を見た。最近は全然見ていなかったのに。



窓の外に目を移すと、冬真っ只中を告げるやせ細った木々達が視界に入ってきた。

街並みを見て、もうすぐ東京に着くなと認識する。



船からバスに乗り込むまで、随分と時間が掛かった気がした。

行きは美紀ちゃんと一緒だったけど、今のように一人だともっと長く感じる。

島へ向かった時の事を思い出し、心細くて寂しくなった。



行きでも止まったサービスエリアに到着し、ジャケットを羽織って表に出る。

外は寒くて吐く息は白く、思わず体を丸めてしまうほどだった。自然と温かい物を求めて売店に入る。



『なんか食うのは、サーエリの醍醐味だいごみっしょー!』



無邪気に笑っていた美紀ちゃんを、つい思い出してしまう。



駄目駄目、泣いちゃう。振り払うように首をぶんぶん横に振った。

温かい飲み物を買って、うっすら浮かんだ涙を乾かそうと足早にバスまで駆けた。

外の冷たい風が目に染みる。



自分で決めて島を出たのに、こうやってうじうじ考えてしまう所は、旅に出る前とちっとも変わらない。こんなだとキャサリンさんに、一生“ネチ子”って呼ばれそう。

飲み物を両手で包み込み、ゆっくり席についた。人工的な温かさだけどホッとする。心細い気持ちでいっぱいの今は、その温かさが唯一の救いのように思えた。



島を出てからずっと考えている事がある。

久しぶりにまた、手紙を書くことにした。





                 ・・・・・


                  彩へ



この間は、暗い手紙を送ってごめんね。


私は香川を出て、梨香さんが居るオーストラリアに行こうと思っています。


海外に行く事になるなんて思ってなかったから、凄く緊張するけど、だけど行かないといけない気がするの。多分、美紀ちゃんが先に幸せを見つけたからだと思う。


逞しく成長した美紀ちゃんを見て、私もあんな風に変らなきゃって、そう思った。それが、背中を押してくれたのかもしれない。


香川での日々は、温かくて愛に包まれた毎日だった。

それと同時に、辛い事もあって、いっぱいいっぱい涙を流した。


実はね、楠木マスターが亡くなってしまったの。

私達に見守られながら、この世を去った。


凄く悲しかった。


だけど楠木マスターは、最後にとても安らかな表情をしていたの。


貰ったノートにもあったように、愛する島で亡くなる事が出来て、幸せだったのかもしれない。


幸せな死も存在するんだね。


前に彩が言っていた通り、死後には何があるのかな?

死んでしまった後に伝えたいことがあったら、どうするんだろうね?


彩は私に、何か伝えたいことはある?


もしあるなら聞いてみたい。


ねぇ、彩――。

亡くなってしまった人に伝えたい事がある場合は、どうしたらいい?


この手紙は彩に届かない。だけど伝えたくて、ずっと書き続けてる。


この手紙に、終わりはあるのかな?





                 ・・・・・




駅に到着し、まっさきにいつものチケット売り場に向かった。

海外に発つ前に、挨拶をしておきたかったから。

だけど初めて三田さんがそこには居なく、仕方なく他の人に声をかけた。



「すみません。三田さんは、いらっしゃいますか?」



私よりもずっと年上のその人は、閃いたような表情を見せる。



「あら、もしかしてお客様―― 失礼ですが、お名前は?」



突然名前を聞かれ驚いたけど、何かあるのかと思い迷わず告げた。

それを聞いたその人は、やっぱりと言って一枚の名刺を差し出してくる。



「これ三田さんから。もし自分が居ない時に笠井さんって方がいらっしゃったら、渡して欲しいって頼まれていたんですよ」



その名刺には、三田さんの連絡先が書いてあった。その人にお辞儀をして、少し離れた場所に移動する。突然の電話は失礼な気がするから、メールに自分の連絡先を打っておこう。そう思い、そこに記されたアドレスにメールを送った。

“メール送信中”という画面が消えてすぐに、着信で電話が震え出す。



そんなに早く返信が来るわけがなく、画面には慎の名前が表示されていた。

声がでかくて不快になるので、あらかじめ耳から離した状態で通話ボタンを押す。



「おい、おまえ元気か!?」



慎の方は相も変わらず元気な様で。

そんな厭味を言いたくなったけど、長引かせたくないので早口で答えた。



「うんうん、元気元気。生存伝えたからもう切るね」


「待て待て!おまえ、今は何処に居んの?」



聞いてどうするのだろう?



またこの近くに居たらと恐いと思い、咄嗟にビルの隙間に隠れた。

辺りをきょろきょろと確認し、小さな声を出す。



「今は東京に戻ってきた。だけどもう、直ぐに発つから」


「発つって何処へ?」


「――海外に」


「えええ!?」



相変わらずうるさい。思わず携帯電話を投げ捨ててしまいそうになるほど。



「おまえみてーなチンチクリンが海外なんか行ったら、犯されっぞマジで!」


「はぁ、もう切るね」


「待てって恵利!話さなきゃならないことがあんだよね」



慎の方から話があるなんて珍しいなと思った。

だけど、どうせ慎の事だから――



「たいした話じゃないんでしょ?とうとう指名ナンバー1になったとか、そういう話?」



そんな話、今聞いてる場合でも気分でもないの。ふぅっと大きくため息を吐いた。

どうやら慎はこの近くに居ない様子。そっとビルの隙間から出て、服についたほこりを払った。



「お願いだから、今度にして」


「いや、恵利――。」



通話を切った瞬間、即座にまた電話が震え出す。



慎ってば、しつこい。そう思い睨む様に画面を見たら、さっき登録したばかりの三田さんからの着信だった。直ぐに電話に出ると、三田さんは喜んでいる様な明るい声を出す。



「笠井さんお久しぶりです!すみません、連絡して頂いて」



こんな風にして、あまりよく知らない人と連絡を取り合うなんて初めて。

だけど何故か、三田さんの事を信用している自分が居た。

三田さんは初めて旅に出た私、旅をしている私を、いつも見送ってくれた。

それだけの理由なのかと、他の人からすると不思議に思うかもしれない。

だけど私には、それが少し特別な気がした。



「私、次は海外に行こうとしていて、その前に三田さんにお会いしたくて寄りました」


「え、海外ですか!?残念です、今度はお見送り出来ないのですね」



さっきとは打って変わって落ち込んだ声を出す。

そして少し間を開けてから、意を決したかのような口調で言った。



「あの!まだ私の職場の近くに居ますか?」



そう問いかけた後、近くのレストランで彼氏とご飯を食べているので来ないかと誘われた。あまりに突然の申し出でだったので、思わず断ってしまう。

だってせっかく恋人と一緒に居るのに、私なんかが入ったらただの邪魔者でしかないと思ったから。だけど――



「実は、笠井さんのこと彼に話しているんです。それで彼も、前から会いたがっていて」



まさかの発言に驚いた。どうして私なんかの事を話しているのだろう?そんな思いで頭の中がハテナでいっぱい。



それからも、発つ前にどうしても会いたいと懇願された。これから家に帰ってパスポートを取りに行かないといけなかったし、発つまでに時間はあった。三田さんと仲良くなれるかもしれない。そんな思いもあり、その誘いに乗ることにした。



そういえば慎、さっき何か言いかけてたな。あの切り方はなかったかな?と、掛け直そうか悩んだ。だけど用があればまた掛けて来るだろう。そう思い、指定されたレストランへと向かう事にした。

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