「罪から逃げる青年(前)」1
東京方面へのバスしかなかった為、一度東京に戻ることになった。
バスに乗り込み、今時古いであろうポータブルCDプレーヤーで、梨香さんから貰ったCDを聴く。アリシアキーズが奏でるピアノの音色が、秋田での出来事を鮮やかに蘇らせた。
毎晩の様に秋田で皆と過ごした。私と梨香さんが去った後も、あんな風に変わらずに過ごして欲しい。そして梨香さんにも、素敵な出来事が待っています様に――。
窓の外を眺めながら、梨香さんと勇作君の幸運を祈り目を閉じた。
『お姉、生まれ変わったら何になりたい?』
『んー、大体生まれ変わるって説は本当なのかな?』
『お姉はいつも夢のない事考えるねぇー』
『だって、あなたの前世はこうだったとか来世はこうなるとか、信じられなくない?』
『私は前世できっと、お姉と何かしら接点があった気がするんだ』
『気がするだけでしょ?』
『もう』
『そういう彩は、生まれ変わったら何になりたいの?』
『彩はねぇ、もう決まってる。生まれ変わったら普通の生活を送ってみたい』
『普通?』
『両親が普通に居てさ、そこそこの収入で生活して、パパうざいとかママむかつくーとか、言いたいんだ』
『そっか――。』
『そんでお姉とはまた家族として生まれる。私達、いつでも一緒だから』
――
―――
「お疲れ様でした。終着駅―― お忘れ物のないよう」
静寂だった時が、マイクを通した運転手さんの声で破られた。
それによって私は現実に引き戻される様に目を開く。
一瞬で着いた気がした。昨夜はあまり眠れなかったから、随分と深い眠りについていたみたい。どうやら休憩の時間にすら気付かず眠ってしまっていた。
ゆっくり体を起こし、止まったCDをケースに戻す。窓の外は、懐かしさすら感じる都会の街並み。それを目にし、早々に次に行きたいと思った。
外に出てみると、まだ寒い外の空気が体を震わせる。 夜行バスの乗車券を購入しに小走りで歩き出した。迷いなく、何処か次の場所を求め歩く速度を速める。
窓口に着き、背を向けて何か作業をする売り場の人に声を掛けた。
「あのっ――。」
「はい、いらっしゃいま」
「「あ」」
背を向けていた女性が振り返った時、私達は思わず声を合わせてしまった。
その女性は、照れたように口を開く。
「その、申し訳ございません。お客様の事がなんだか、印象に残っていたものですから」
私も何故か、不思議なものを見る様に見つめられたことが妙に印象に残っていた。
今日もくっきりとした大きな目で私を見つめる。
「この度は、どちらへ行かれるのですか?」
「えっと、あの―― 何処が一番早く出発できますか?」
その女性は突然くすくす笑い出す。
「旅行誌か何かのライターさんなんですか?」
そんなたいそうな事では――。 そう思い慌てて首を横に振った。
「では、ご旅行ですか?」
「えっと」
嘘が付けなくて、答えに困り黙り込んでしまう。
するとその人は、はっとしたような顔を見せた。
「申し訳ありません。私ったら、プライベートな事をお客様に。また怒られちゃう」
そう言って慌てる様子を見て、なんだか素直で良い人そうだなと感じた。
「えーっと、今ですと、大阪行きのサンシャインエクスプレスがすぐに来ますよ」
「じゃあ、それをお願いします」
大阪行きの乗車券を受け取り、その人に軽く会釈をした。
「いってらっしゃいませ」
優しい笑顔で見送ってくれるその女性に、心が少し温かくなった。
すぐ来たバスに乗り込み席につく。結果、また長時間バスに乗る事になってしまった。 所々体が痛い。そんなに急ぐ事なかったかなと思えてくる。
外があまりにも寒かったせいと、煌びやかに都会を照らすネオンから逃げたくて、一泊してからなどという考えが全くなかった。
体の痛さとさっきたっぷり取った睡眠のお陰で、まったく眠れそうも無い。
バッグからレターセットを取り出し、手紙を書く事にした。
・・・・・
彩へ
今は夜行バスの中です。実はね、秋田を離れる事にしたの。
梨香さんがオーストラリアへと旅立つ姿を見て、私も前に進みたいと思って――。
秋田を出たからといって、前に進めるかどうかは分からないけど、こんな事くらいしか思いつかなかった。
今ね、梨香さんから貰ったアリシアキーズのCDを聴いてるの。梨香さんから教えて貰った、ダンさんとの思い出の曲「
本当に、大切な人が居なければ何も意味を持たないと思う。
時々嬉しかったり温かい気持ちになっても、すぐに落ち込んでいく。
彩、あなたが居ないと、心の何処かに穴が空いた様で悲しいの。
何にも埋められない気がする。
いつか彩は、お姉ちゃんはいつも悲しそうな顔をしてるって言ってたよね。
それはね、彩を幸せに出来ているか不安だったから。 彩はいつも私を励ましてくれたよね。だけど私は気の利いたことも言えないし、楽しませてあげる事も出来ない。
彩がどうしたら幸せになれるか、毎日考えていたの。
・・・・・
夜行バスの辛い所は、早朝に到着が多いということ。お店が開いてないし路頭に迷ってしまう。
浅い眠りのなか大阪に到着し、ボストンバッグ片手に辺りを見渡した。
ビルが幾つも立ち並び、飲み帰りであろう人達、これから出勤であろう人達がちらほら居る。その光景はあまり東京と変わらないように見えた。 その時、ポケットに入れた携帯電話が震えている事に気付く。
こんな早朝にいったい誰だろう?そう思い、慌てて電話を取り出してみた。着信画面を見て、思わず大きなため息を吐く。
慎だ――。
出ようか出まいか戸惑いながらも、渋々通話ボタンを押した。
押したのと同時に、大きな声が響き渡る。
「おおー、やっと出た!おまえさ、電源オフりすぎだからマジで!」
なんでこんな早朝にテンションが高いんだろう。
頭が痛くなり、出た事に少し後悔した。
「慎を避けてるの」
すると慎は大笑いしだした。全く笑う所ではない。
本気で言ってるのに、冗談に取られた様子だった。
「こんな早朝に、仕事はどうしたの?」
確か慎は、工事現場で働くとび職をしていた。
いつもこの位の時間から出勤だったはず。
「俺、早朝に仕事終わっからさ」
「え?これからでしょ」
「ああ、あれは辞めた」
「え?」
「俺に合う仕事といやー、やっぱ夜の蝶だべ」
まさかと思い背筋がゾッとした。あのチャラチャラした外見と性格で、予想する職に転職していたとしたら洒落にならない。 黙っていると、変わらずにテンション高めに誇らしげな声で言う。
「ホストだよ!かっけーだろ」
――ブチ!ピー(電源OFF)
やっぱりそうなんだ。慎がホストとか、そのまんますぎて最悪だと思った。
とうとうそんな所まで落ちぶれたのかという思いと、ますます慎との間に溝が出来たなという思い。 呆然と立ち尽くしている自分に気付き、はっとした。
慎なんか放っておいて、とりあえず何処かで仕事を探そう。
目についたのは、24時間営業と看板を出す漫画喫茶。そこを目指して足を進めた。
漫画喫茶に入り、パソコン持ってるのにインターネットやってるのってなんか変という違和感を抱えつつ、色々なサイトで仕事を探した。
職種は何でも良かった。だけど、何処も望む場所ではない。
何故かというと、今時住み込みの仕事なんて無いから。
田舎みたいな場所じゃないと無いのかな?此処からの移動も念頭に置いて探したけど、全くと言っていいほど無い。 何処に行けば田舎なのかも分からないし、どうしよう。落ち込みながら机に顔を伏せた。
漫画喫茶って暖かいんだなと思いながら、眠りが浅かったせいもありうとうとする。もう此処で住み込みでもいい。そんな事を考えながら、気付くとそのまま眠ってしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます