第127話 記号
他人というのは、記号である。記号というのは、魑魅魍魎であり、有象無象であり、実態を伴わない存在である。私の世界には、記号しか存在していなかった。父というのは、記号である。母というのも、これもまた記号である。兄や弟、姉や妹も記号である。友人もそうだ。そこに人間は存在しない。人間という記号があるだけだ。世の中に、抽象的な人間がいるだけだ。
もちろん昔はそうではなかった。私には父がいたし、母がいたし、兄弟や友人がいたかもしれない。だが時を経るごとに、私の世界から一人、また一人と人間がいなくなり、私の頭の中に記号として住み着いているだけとなる。記号は良い。場所をとったりしないから。記号は良い。年を取ったりしないから。記号としての人間は、思い出も何もかも圧縮されて、虚空にひと固まりにされている。
ある時、私は電話に出る。圧縮された記号を解凍すると、人間が私の中に展開される。私は話す。相手は戸惑う。なぜならば、何もかもが現実と違うから。人間は歩みを続けるものだ。だけれど、私は記号としての人しか知らない。相手は話す。私は戸惑う。なぜならば、私が歩みを続けるのを、とうの昔にやめていて、そのことに自分が気付いてすらいなかったのを知ってしまったから。
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