第059話 箱

私は疲れ果てて眠ると、箱になっていた。手のひらに収まる程度の、木製の、四角い小さな箱に。


私が寝床で箱になってしまったのを看護婦が見つけ、家族たちを呼び集める。私の家族たちは、私が箱になっていることに気づかなかった看護婦へ詰め寄り、怒りを顔に張り巡らし、彼女をあらん限りの罵詈雑言でなじった(といっても私が箱になったのは看護婦たる彼女が私の部屋にやってきたちょうどその時であったのでこの非難を受けるいわれは実際のところ彼女にはないのだが)。看護婦はうつむいて、申し訳ありません、と、消え入りそうな、小さな声でつぶやいた。その声は、私の家族が発し続けている怒りの声でかき消されてしまった。看護婦がすすり泣きを始めたことでようやく少し満足したのか、家族たちは彼女への攻撃を止め、箱になってしまった私を持ち、その部屋を去った。私を振ると、中に何かが入っているのだろうか、カロン、と小気味よい音が響いた。廊下に出ても、看護婦がしゃくりあげる声が少しだけ、部屋の中から漏れ聞こえていた。


家に戻ってくると、私が箱になってしまったことよりも、箱の中に入っている物の事で紛糾していた。ある者は、中に入っているのは宝石だ、といい、ある者は金の指輪だといい、ある者は財産の詰まった金庫の鍵だろう、といった。そして、一様に同じだったのは、誰が箱の中身を貰うか、という事である。当然のように、争った。宝石なら、宝石と言った者、指輪なら、指輪と言った者、どこかの鍵なら、鍵だと言った者が中身を貰うという事で落ち着いた。それ以外だったら、山分けにすることになった。


ひとりが金槌を持ってきて、私に勢いよく振り下ろした。私は衝撃に耐えきることができず、いくらかの破片になって壊れた。私の中身は、小さな石ころだった。皆、呆然としていた。こんなもの!と言うが早いか、ひとりが憤慨して石をひっ掴むと、窓へ駆け寄り、外に投げ捨てた。石はあたりの砂利などに紛れて、どこかへ行ってしまった。残された者たちは、箱になった私の破片のひとつをつまみ、しばらくの間、それを眺め続けていた。私はただの箱なので、痛みを感じることは無く、ただ、小石がどこかへ行ってしまった事だけが悲しかった。

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