第054話 風船

サーカスからの帰り道、ピエロが風船を売っていた。色とりどりの、鮮やかな風船。私がみとれていると、子供らしいわね、と笑い、母が私にお金をくれた。私はピエロにお金を渡し、片手いっぱいに風船を受け取ると、顔をほころばせながらピエロにお礼を言い、母へ駆け寄ろうとした。風船が私の体を空へ持ち上げ、私は地面から離れていった。ぽかんとした表情でそれを見つめる母。私はさらに空へ離れる。母が駆け寄ってきて私を捕まえようと手を伸ばすが、その手は空を切るばかりだった。私を見つめ、悲しそうな表情をする母。私は何も知らないまま、風船を持たない方の手で無邪気に手を振っていた。


私はどんどん高く空を昇って行った。サーカスのテントが小さく映った。街はジオラマのように、現実味のない縮尺で私から遠ざかっていた。少し離れた場所で渡り鳥が飛んでいる。手を振るが、渡り鳥たちは忙しいのだろう、私には見向きもせず、彼らの旅を続けていた。雲の中を通り過ぎる。雲は霧で出来ていて、雲の中にいる間は何も見えなくなってしまった。雲に乗れたらどんなに素敵だろうかと思っていたけれど、退屈だったので、早く雲の中から出たかった。しばらくすると、雲を抜けた。


眼下を眺めると、地上がはるか遠くになってしまっていた。その高さに、私は怯える。もし落ちてしまったらどうしようと考えた時、風船がはぜる音がした。持っていた風船はすべて割れ、私は真っ逆さまに落ちていった。

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