第034話 告別

ある冬の夕暮れ時だった。玄関のチャイムが鳴り、郵便を受け取る。自分の葬式の案内状が届いた。今日が告別式。通夜はもう済んでいるらしい。


礼服として買ってあった黒のダブルを引っ張り出し、数珠と、黒のネクタイを身に着ける。時間はまだ間に合いそうだ。友人に電話をかける。今日が自分の告別式であることを告げる。友人は戸惑った様子で、取り合ってくれない。あまり面白くない冗談はほどほどにな、と、困ったように言い残し、電話が切られた。同じように電話をかけたが、恋人には繋がらなかった。いくらかの金が手元にあってよかった。香典を包むと、鍵をかけ、家を出た。


葬儀には私の親族や、友人が集まっていた。黒の礼服を着て、着いたばかりの者は記帳している。私も記帳を済ませ、香典を渡した。受付の親族に挨拶し、その場を離れた。私の母はうつむいている。妹は涙ぐんでいた。先ほど電話で話した友人もいた。この度は、と、母に定例の挨拶を口にしていた。探すと、私の恋人も居た。彼女は気丈に振る舞っていた。しかし、唇がかすかに震えていた。


僧侶がしばらくのあいだ読経し、焼香になる。私も順番が来ると立ち上がり、お香を供えた。私との最後の別れの時間が来た。棺を開け、各々が別れを済ませる。私も棺の前に立ち、自分の顔に触れると、冷やした饅頭のようにひんやりとしていた。生きていた自分と同一のものだったかと疑うほどである。他の者と同じように、私も棺に花を手向けた。棺の扉が閉まり、それが私との永遠の別れだった。霊柩車へ棺を納める際、外は風があり、みな寒そうにしていたのを覚えている。


式が滞りなく無事に済み、私も、皆も日常へと帰ってゆく。生活していると、ややもすれば、自分が生きているのではないか、と思う事もある。だけれどずっと、私はあの時以来、死んだままだ。

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