第030話 地中人間

もうずいぶんと長いこと、土の中にいる。大抵は、身じろぎひとつせず、漠然と思いを巡らせている。土の中にいる分には、温度の急激な変化などはなく、周囲の環境は一定である。地中の住処は、寝返りを打つには少々狭すぎるので、体をよじらせる事がなんとか出来るか、といったところである。


土の中で産まれて、土の中で死んでゆくのが私たちである。地上の生き物たちは、私たちが存在することすら知らない。地上には恐ろしい怪物が巣食っていて、さらにその怪物同士で争い、互いの肉を貪っている。もし私たちが無防備に地上へ姿をあらわしたら、たちまち五体を引き裂かれ、後には肉片が残るだけ、いや、肉片すら残らないかもしれないのである。


私たちが地中で生活しているのは、そういったやむにやまれぬ事情もあるけれど、生存戦略や、本能といったものによるというよりは、むしろ単純に好みの問題の方が大きい。私たちは、地表で生きてゆくように、他者の血肉を漁る必要がない。縄張りを主張して、殺しあう事がない。敵と争う必要がない。そして、死ぬことがない。


地上は私たちが生きるには狭すぎる。なぜ地上でしか生きられない者たちがいるのだろう?その下にはどこまでも深く、世界が広がっているというのに。

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