第028話 六角形の塔

街のはずれの、うっそうとした森の奥に、六角形の、巨大な建物がある。それは単純に塔、と呼ばれていた。いつ頃からその塔があったのかは、誰も知らない。僕が生まれるずっと前からあって、僕の父さんの頃も、おじいさんの頃も、ひいおじいさんの頃もあって、さらにそのひいおじいさんの頃にもあったそうだ。


街のどこからでも、塔を見ることが出来た。だから道端で誰かと話していても、視界の片隅には塔が映っていて、まるで、塔の事を意識していると気づかれまいとするように、誰もがそれを気にしないような素振りをして過ごしている。塔が見えないはずの屋内にいてさえも、塔は確かに存在しているわけで、どこに居ようと、塔の事は意識せざるを得ないのだ。


塔にいままで行った事がある(と言った)人間は何人かいて、ある者は、塔には金銀財宝があったと言い、ある者は、中に何もなかったと言い、ある者は、塔には入口が無くて、入ることが出来ないと言った。塔へ行くと言ったある男は、塔から帰って来てというもの、思いつめたような表情をして、塔については何も語らなかった。その男は、幾日かしてから、誰にも告げずにどこかへ消えてしまった。


僕が子供だったある日、暗い森を越えて、塔を訪れたことがある。塔は、何も言わずにそこに佇んでいて、僕を値踏みするように、見下ろしていた。扉があったけれど、何重にも鎖が巻かれていて、大きな南京錠がかけられていた。手を触れると、鎖は、金属特有の重量で、その存在感を僕に示した。そして、鎖にかかった錠は、決して開かない。僕はしばらくの間、扉と向かい合ったまま、自分がどうすべきか分からず、呆然としていた。太陽が真上から僕を覗き込み、ようやく僕は我に返ったのだった。街へ帰ると、僕がどこかへ行ってしまったと心配した人々で、騒然としていた。僕は三日もの間、行方不明だったらしい。僕は塔へ行っていたのだと、正直に話した。母は泣いた。父は僕を殴った。


僕はこの街で育ち、この街の他の人間たちと同様に、まったく同じ一日一日を繰り返しながら過ごしてきた。退屈かと言えば、決してそういうわけではない。不満はない。ただ、一日一日が、まったく同じだというだけだ。ふとした拍子に、僕は再び、塔を訪ねることにした。子供の頃に塔を訪ねた動機は、なんだったのだろうか。僕には思い出せない。あのときはどうやって塔までたどり着いたのだろうか、それも覚えてはいない。ただ、今と同じように、塔にたどり着けるという確信だけがあった。そして、僕は森を越えた。


もし塔の鍵が壊れてさえいなければ、僕は諦めて家に帰って、いままで通りの生活をしていただろう。もし扉が開きさえしなければ、終わりのない迷路を、こうして転がり落ちることもなかっただろう。だけれど、もし塔がなかったとしたら、僕は、あの街で、生きる事すら忘れていただろう。

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