第025話 月

僕は今、わけあって月にいるわけだが、ここもまんざら悪いところじゃないらしい。僕が地球にいた頃は、月というのは、孤独で、誰とも関わらずに、ぐるぐると堂々巡りを続ける、無機質な、なにか得体のしれない塊のように見えたものだった。夜、曇っていなければ、新月といった日などを除いて、月はいつの間にか頭上へ忍び寄ってくるのだった。僕はいつも、暗い夜道を歩いているときに、視線を感じた。非難とも、憐れみともいえるような趣のあるその視線は、ナルホド、どうやら頭上の不気味な塊から放射されているようだった。僕は逃げるようにして足を速める。だけれど、月は、僕がどこへ行くのかまるで知っているかのように、ぴったりと離れずについてくるのだった。建物の中へ入っても、月の視線から完全に逃れることはできなかった。月が家々を一軒一軒覗いては、僕を探している事がわかっていたから。


月が沈めば、平穏が帰ってくるかと思えば、そうではなかった。少なくとも僕の場合は。太陽が出ている間は、ひどいものだった。いま思い出しても、腹が立ってくる。出来る事なら仕返しをしてやりたいくらいだ。連中は、僕をよってたかって殴りつけては、ゴミ箱へ僕の頭を叩きこむのだった。本当にゴミ箱へ叩き込まれるべきなのは、連中の方だというのに。世の中は不合理だった。そんなわけで、太陽が出ている間は、僕にとってつらい時間だった。太陽が沈めば、月がやってくる。そうして、僕は月から逃げ続けるのだった。


太陽と月と僕の追いかけっこが続いていたある日、とうとう月が僕を捕まえたのだった。月は僕の体をつかむと、成層圏を超えて一気に空の彼方まで連れ去ってしまったのだった。こうして、僕は月に捕らえられ、重力を忘れた場所で、散歩している。月は孤独な星だと思っていたのだけれど、それでもまんざら悪いところじゃない。くるくる回ったりして忙しいからね。

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