番外編 弟として〜ユータ〜

 〜七年前 ユータ〜

「はあ〜⋯⋯」

 俺は盛大にため息をつくと自分の姿に目線をおとした。

 フリフリのスカートにリボン。見てるだけで吐き気がしてくる。

「きゃ〜!ユータン、メイド似合うね!ネッきゅんとヨウきゅんも最高だよ!」

 そんな姉の言葉に苦笑いを浮かべている幼なじみ二人は俺と同じような格好をしていて、自分がしたことでもないのに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 姉、スズは元々静かで優しくおしとやかな模範的な姫だった。その上容姿にも恵まれていたため幼い頃から求婚者が絶えず、城の前に求婚者が長蛇の列を成した、という話は結構有名だったりする。


 しかし、ある時を堺に姉は変わった。

 長く豊かな黒髪を(人魚の女性は髪が長ければ長いほど美しいとされる)バッサリ切って、おしとやかに振舞わなくなった。

 原因は地上から落ちてきた"アニメグッズ"なるものらしい。

 そこにかかれていた二次元のイケメンに姉は夢中になり、姫としての仕事を放り出し世界中の海をめぐりアニメグッズを集めはじめた。

 この前なんて「はやく地上に行きたいな⋯⋯」なんてもらしていた。

 地上は悪事を働いた者が追放される場所なのに⋯⋯。


「えっと⋯⋯」

 戸惑いながらもスカートのはしをつまむヨウ。

 ヨウは以前見知らぬ女に暴力をふるわれてからというもの女の子恐怖症を患っているが姉のスズだけは怖くないらしい。まあ、俺から見ても姉は女とは認識しずらい。色々な意味で⋯⋯。

「スズさん、僕達はれっきとした男ですよ?」

 と険しい顔でたずねるネクは本当に根が真面目だ。姉に言葉は通じないというのに⋯⋯。

「知ってるよ〜。だから可愛いんじゃない」

「⋯⋯」

 語尾にハートマークがつきそうな勢いでそういう姉と黙り込むネク。

 またも意図せずため息がでる。

 身内の恥は自分の恥⋯⋯だよなあ。特にそれを目の前でやられてる時は。

「ところでさあ、みんなは他の国のお姫様や王子様に会ったことある?」

 そういわれてこの前の海凰祭(人魚の生誕を祝うお祭り)で会ったモモ、ナギ、ソラ、キールを思い出す。

 はじけてからの姉はそういった行事に参加してないからまともに会ったこともないのだろう。

「いや〜、最近はあんまり集まりにもでてないじゃん?だから、他の国の子がどんな子かわからなくてねえ」

「あるけど」

 言ってから後悔した。

 姉のキラキラした瞳が俺をまっすぐに見つめてくる。

「ほんとに!?どんな子達なの!?」

 身を乗り出してそうたずねてくる姉に苦笑する。

 ナギ、ソラ、モモ、キール、ごめん。止められなかった。


 いや、止められなかったというか、俺のせいか⋯⋯。




「きゃ〜〜〜〜!可愛い!!」

「誰こいつ」

 そういうキールはお姫様の着るようなフリフリのドレスを着せられている。

「うわあ〜、いいね、その冷たい瞳。お姉さん萌えちゃうわ〜」

 姉貴⋯⋯どんだけタフなんだよ。

 いや、タフというかあれは、むしろキールからの冷たい言葉をプラスにしかとれない頭の⋯⋯いや、言わないでおこう。たとえ心の中でも、余計虚しくなる。

「ウザ⋯⋯」

「キーくん、スズ姉が可哀想だよ」

 そういうソラはワンピース姿。

 だけどさして気にした様子はない。その上マイペースなところや天然なところが姉貴と合うらしく『スズ姉』などと呼んでいる。

「ソラくん、フォローありがと!でも大丈夫だよ。『ウザイ』も愛情の一つだから」

 語尾にハートマークがつくような勢いでそういう姉貴に完全にドン引いたらしいキールは一気に黙り込む。

「そういえば今日は人間界で『花火大会』っていうのがあるらしいんだ」

 また別の話題に目を輝かやかせる姉貴。

「せっかくだし」

 嫌な予感がしてため息をつく。

「みんなでいっちゃおっか!」

 そして、その予感は見事に的中した⋯⋯。





「やっぱり、これってダメなんじゃないですか?」

「大丈夫だよ、ナギナギ。それにタメ語じゃないとお仕置きだよ〜。」

 ナギの言ってることの方が明らかに正しい。そんなのはわかりきっている。人間界に近づきすぎるのは危険だ。

 だけど、この姉貴の暴走を止めることなどこの場にいる誰の手でもできないだろう。

 せめてもこれ以上事態がひどくならないようにしよう。それが、弟としての責任だと思う。

 とはいってもこれ以上事態が悪化するなんて考えられないし万が一そうなったとしても俺にはなにもできない気がする。

 しかし弱気なことを言っていてもなにも始まらないのだ。とにかく今は前だけを向いて⋯⋯。

「ほら、みんなこっちだよ!」

 そういって姉貴が躊躇うことなく進む先についていく。

「?なにもないですが⋯⋯」

 ネクがそういった、その時

 ヒューン、というかぼそい音がして終いには大きな爆発音が聞こえてくる。

「なんだよ、これ。うるせえなあ」

 海の中にいてもこれ程までに聞こえるのだから地上ではもっと大きく聞こえるんだろうな。

「これが花火なんだよ。ほら、あれ見て」

 そういって姉貴が指さす先には海面に反射してゆらゆら揺れる綺麗な光。

「わあ〜、お花みたい。綺麗〜」

 そういうとさり気なくナギの腕に絡み付いたモモだが、さり気なくその手をほどかれている。

「でしょ、でしょ!?ユウタンもそう思うでしょ?」

 そういってこちらに迫ってくるものだからつい「別に」などと言ってしまうが、心のうちでは花火を生まれて初めて見てワクワクしている自分がいた。


 姉貴がなにかをしだすと必ず気苦労してしまうけど結局いつもこうなる。

 姉貴は俺だけでは見られない世界を見せてくれる。

 それに、絶対に本人には言わないが(調子に乗るから)前のおしとやかな姉貴より今の生き生きして元気な姉貴の方が俺は断然好きだ。


 何かを我慢して生きるより自分のしたいように生きた方がずっと楽しいし楽だ。

 そんな生き方をしている姉貴が俺は大好きなんだよな。

 ⋯⋯なんて、絶対口にはださねえけど。


「ユータ、すごいね、あれ」

「あれは⋯⋯火が燃えているのだろうか⋯⋯」

 俺の背後で幼なじみ二人がそうつぶやく。

 そんな姿を見て俺はニイッと笑って見せる。

「だろ?」


 姉貴は今と昔じゃ全然違うけど、唯一同じところもある。

 それは俺にとって自慢の姉貴ってことだ。


「よーしっ!みんな地上へ行くぞー!えいえいおーっ!」

「いや、それはダメだろっ!」

 すかさずそう突っ込むも姉貴の表情は曇ったままだ。

 完全に諦めたわけではないだろう。


 これはいつか本当に地上に行っちまうかもな。


 人魚が地上に行くことは絶対的に禁止されていることでそんなことを自らするなんて頭のいかれたやつ、という認識をされるんだけど⋯⋯。


 ブーッと膨れたのも一瞬、すぐにいつもの笑顔を見せる姉貴を見て俺は苦笑する。


 もしそうなっても俺にとって姉貴が自慢の姉貴だ、っことは絶対に変わらないんだろうな。


 ヒューン⋯⋯バンッ。

 そんな音に目線を上にやれば先程よりもずっと大きな花火が海面に揺れていた。


 そんな花火を見て俺はニイッと笑うと

「姉貴、ありがとな」

と小さくもらした。柄にもない感謝の言葉は気恥ずかしくて面と向かってなんていえないけれど。今こうして小さくもらしたのも花火を見て感極まったから、だしな。なんて心の中で変な言い訳をしていると背後に気配を感じバッと振り返る。

「ん?なに、なに?なんか今私の名前呼ばなかった?」

 先ほどまでソラと一緒になってはじゃいでいたのに途端こちらに迫ってくる姉貴にそっぽを向く。

「別に」

 いつも興味のあること以外基本ボケーッとしてんのにこういう時だけは反応はやいよな。

「えー、なにそれ。教えてよ、ユータン」

「だから、何でもねえっつーの」

「嘘つき!絶対さっきなんか言ってたでしょ。お姉さんには丸わかりだよ!」

「だから」

「ユータは先程『姉貴、ありがとな』と決め顔で言ってましたよ」

「なっ、ネク、お前!」

 振り返るといたずら顔で微笑むネクがいた。

 普段は根っからの真面目っ子なネクだが気心が知れてる俺なんかに対するとかなり立ちの悪いいたずらっ子になる。

「そっかー、ユータンにそんなこと言われると照れますな〜」

「ついでにいうと『姉貴の野郎ーいつもいつもコスプレさせやがってー』などと日頃の恨みを込めたように絶叫していましたよ」

「なぬっ!?ユータン、そんな酷いこといったの?⋯⋯」

「いや、言ってねえよ!つか、それ、お前の心境だろうがネク」

「問答無用!成敗いたす!」

「なっ!やめろおおおおお来るなあああああ」

 そんな花火の音にも負けない絶叫が海に響くと全員から

「ユータうるさい!」

 とツッコミがはいる。

「理不尽すぎるだろ⋯⋯」

 そうつぶやくと俺は抵抗をやめ大人しく姉の魔の手に捕まった。


 まあ、その後のことは言わなくても大体わかるよな。つーか、察してくれ。


 そうして一日はあっという間に過ぎていく。


 姉貴が家を出てついでに海もでて地上の世界へ出ていってしまう少し前のこと。

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