第47話 汗もしたたるいい男

「もう少しだよ」

「そうなんだ」

「そうだよ」

 そういって一切迷うことなく歩くキール君。都会慣れしてるなあ、なんて思いながらそんなキール君に続く。


 両親には「ともちゃんの家に行ってきます。帰ってきてから大事な話があります。」という置き手紙を置いてきた。

 子供がもう一人増えるわけだし、「大事な話」では済まされないけれど⋯⋯。

 もし許してくれなかったら家出でもしようか⋯⋯。などと考えているとキール君に服の袖をひかれる。

「ここだよ」

 見上げれば、『汗もしたたるいい男』という文字と汗を流した筋肉質の男が描かれた看板。

 そして目線を下に向ければ、すごい行列⋯⋯。ざっと見、二十人はいそう。

「これに並ぶの?⋯⋯」

 若干うんざりした口調でそういうとキール君が呆れた様子でため息をつく。

「そんな訳ないだろ。SUNNY'Sの奴らが先に来てるだろうからそこに合流するんだよ」

「はあ⋯⋯」

「ほら、いくよ」

 そういって私の服の袖をひきずんずんと歩き出すキール君。もうなさられるがまま、という感じで行列の先頭にくる。並んでいる人の目も気にせずに店内に入っていくキール君。なんだか心が痛い。


 店内にまで行列ができている。すごいな⋯⋯。こんなに並ぶ気力私にはないや。

 なんて思ってるとキール君が私の方を向いていた。

「?どうかした」

「さっきから話しかけてたんだよ。メール、送って」

「あ、ああ、ごめん。ボーッとしてて。メールって誰に?」

「ナギあたり。なんて名前で店に予約とかしてあったのかわかんないと部屋に通してもらえないでしょ」

「ああ、そうだね」

 なんていいながら携帯をだしメールをうつ私。

 行列に並ぶ人達の目線が痛い。はやく打たなきゃ⋯⋯。そう思った矢先、メールの着信音がする。

 誰だろう。そう思って見てみれば差出人のところにソラの文字が見える。

 ソラからのメールはいつも美味しそうなパフェやら猫カフェの可愛らしい猫やらの写真のみが送られてくるばかりで(そのうちの半分はピントがあっておらずぼやけている)文字が送られてくることは珍しいのだが⋯⋯

〈莉音、トイレに来て〉

 短文ながら初めてみたソラからのメールの活字に、なんだか母親のような気分になる。文字打てるようになったのね⋯⋯。

「もう返事来たんだ。で、なんてとこ?」

「トイレだって」

「⋯⋯は?」

「ソラがトイレに来てって」

「はあ?」

 訝しげな表情で固まるキール君の手を引きトイレへ駆ける。これ以上行列に並ぶ人々からの視線に耐えられないからね。いちはやくトイレに行かなくては。


 なんとかトイレにたどり着くと、あたりを見渡す。一体どこに⋯⋯。

「あ、莉音〜、こっちこっち」

 そんな声にハッと振り返れば、男子トイレの方にマスクにサングラスをした男の人がいる。変装していても伝わってくるふわふわした空気にはある種尊敬の念が生まれる。

「あれ、キー君も来たんだ〜」

「悪い?」

 ムスッとしてそういうキール君に

「そんなことないよ〜」

 と返すとマスク越しでもわかるくらいニコニコしながら

「じゃ、行こっか〜」

 というソラ。

 行列に並ぶ人からの睨みを受けた後な上に蒸し暑い空気に汗ばみぴったりとはりつく服に若干ながらもストレスを感じていたこの時だ。ソラの笑顔、というかふわふわした空気に心が癒されていくのがよくわかる。

 なんだかんだいってソラって癒し系だよなあ。





 それからソラについて店の二階へ上がる。

 二階は貸切部屋がいくつかあってどこも満席のようだった。

「はーい、ここがお部屋で〜す。僕達一応アイドルだし、個室にしたんだよ」

 ソラがそういってふすまを開ける。

「え?⋯⋯」

 部屋の中の様子を見て思わず固まる。

 これは、どういう状況?⋯⋯。


 スズさん(先ほどテレビで見たユータの姉。実物もやはり可愛い)を腕に抱え、彼女の鼻にティッシュをあてているれん兄。その横でティッシュの箱を持って心配そうにスズさんを見ているナギ。

 スズさんとれん兄の様子をみてふてくされた様子のヨウ。呆れきった様子のユータ。テーブルを隅々までふいているネク。そして一人で鍋をがっつくフウガ。

「どういう?⋯⋯」

「はっ!!」

 そういってバッと上半身を起こしたスズさんの鼻から鼻血がたれる。

「あ〜ぁ」

 隣でキール君が「ほらな」って感じでため息をついてる。

「あなたは誰!?エメちゃんのコスプレ似合いそう!それにキー君までいる!」

 そういった直後にまたれん兄の腕の中に倒れるスズさん。

 本来なら彼女として、彼氏の腕に倒れ込むこの女性に嫉妬したりやめさせたりするものなのだろうけど、今はそういうわけにもいかない。まず、この状況に脳がついていかない。

「⋯⋯」

 私は口をあけたま固まっていた。


 スズさん、イメージと違いすぎて⋯⋯。色々と残念な気も⋯⋯。

「はあ⋯⋯」

 またもキール君が大きなため息をついた。




「えーと、改めて自己紹介しまーす。私、ユータの姉で女優をやってるスズっていいます。アニメオタクで腐女子です。よろしくね!」

 そういって可愛らしくピースサインするスズさん。

「アニメオタクで腐女子?⋯⋯」

 アニメオタクは聞いたことある(現に風雅がそう)けど、腐女子ってなに?と戸惑っているとスズさんがニコッと笑顔を浮かべる。

「大丈夫大丈夫。私、そんなに重度じゃない方だからさ。軽い方だしあんま気にしないで」

「どこか軽いんだよ」

 すかさずはいるユータのツッコミ。

「って、うわあぁぁ」

 そういってスズさんが目を輝やかせる先には、仕方ないなあといった様子でヨウの口に鍋の具を運ぶ(いわゆる「あ〜ん」をしている)ネクの姿が。

 特に変わったところはないと思うけど⋯⋯。

「いい絵!!スマホの充電が切れてなければ確実に写真に収めてる!!」

そう叫ぶようにいってキラキラした目でその様子をガン見するスズさん。

「あのさあ、スズ……それのどこが軽い方なわけ?」

 呆れたようにそういうのはキールくんでスタスタとスズさんの方に行くとその耳を軽く引っ張る。

 なんでだろう、初めて見るやりとりなのにいつもやっている流れなんだろうなと感じる。

「えー、そうかなあ?っていうか、キーくん耳痛い!結構痛い!」

 そういわれてパッと手を離すキールくんだけど顔は不服そうというか、呆れている感じだ。

「え、待って。キーくんとれんれんが並んでるのもまたいいじゃん!」

 そういってれん兄とキールくんから少し離れ、二人を見てうんうんと頷き始めるスズさん。

「あれだよね。あるとしたら禁断の兄弟間の愛だよね。うわあぁぁ、萌えますなあ」

 そういって楽しそうにしているスズさん。

 れん兄はよくわかっていなさそうで人の良さそうな笑みを浮かべている。対するキール君はというと真っ赤になってプルプルと震えていた。

「ほんと!!僕たちを使って変な妄想するのいい加減にしてよね!」

 ⋯⋯相変わらず、私にはこの状況がさっぱり掴めないのだが。

 すると、それを見かねたようにユータが口をひらく。

「姉貴がさっきいってた腐女子っつーのはさ、なんつーか、男同士の同性愛が好きなやつのことでさ。姉貴はそれがかなり好きで、こうして普段から萌えーとか叫んでんだよ。」

 こいつでも気を揉むことはあるのか。

 スズさんのことを語るユータの表情にはかなりの疲労が浮かんでいる。

 腐女子というものをまだ正確には把握出来ていないがスズさんが多少なりとも変わっているのは承知した。

「ごめん、トイレ行ってきていい?」

「おう。行ってこいよ」

 電車に乗る前にアイスを食べすぎたせいだろうか(といっても全部キール君の食べ残しだけど)

 すごくお腹が痛い⋯⋯。

 せっかく目の前に美味しそうな鍋があるのにぃぃ⋯⋯。




「うわっ、二十分も経ってるっ!?」

 トイレからでた私は携帯のディスプレイをみて大きすぎる独り言をもらす。

「ほんと。二十分もトイレにいるなんてね。大丈夫?」

 声のした方を見て胸の奥が少しでもキュンと狭くなるのがわかる。

 壁に寄りかかってからかいと優しさを混ぜ合わせた表情をしているのはナギ。


 ナギという人はいつも、絶妙に微妙な時に現れる。

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