第40話 重なる心
翌日
P.M9:00 ファミレスにて。
「はあ〜」
深いため息をひとつ。
目の前にはへニョへニョのドリル。
「うっわぁー、なにこれ。全然かけないんですけどー」
そういって私がむなしい気持ちで見つめるへニョへニョのドリルのページには穴があいている。
「かけないっていうか、破れてるよね、それ」
そういったソラはいつも通り。
どーせ、そうだろうとは思っていたけどさ、やっぱりなんていうか、腹が立つ。
私はムスッとしてソラの手の甲に「グサッ」という効果音がつきそうなほど思いっきり爪をつきたてた。
「いった!!なにするのさ、莉音」
私はそれを無視して隣のイラついたご様子のナギを見やる。
「時間になっても来てるの四人だけってどういうことだよ⋯⋯」
普段からともちゃんのお怒りモードに慣れてるので、こういったイライラした人をなだめるのは割と得意分野だ。
「まあまあ、落ち着いて」そういって言葉を続けようとすると、ソラが私の手を握ってくる。
「無視しないでよ、莉音」
私はそんなソラの手を振り払う。
「いちいちあんたが馴れ馴れしくしてきて気持ち悪いからでしょっ!」
そういうとバンっとテーブルをたたき立ち上がる。
「っていうか、もう⋯⋯なんかやだ!」
理不尽すぎるのはわかっているものの、イラつきがおさまりそうにない。最近はこんなことばかり⋯⋯。
なんか⋯⋯やっぱり私、変だ⋯⋯
こんな自分がすごく、すごく嫌だ。
私はバックを持ってかけだした。
店を出て、ただただ駆ける。
どこへ行くでもないけど⋯⋯
自分でも気づかないうちに変わってしまった自分から逃げるように⋯⋯。
〜ソラ〜
「なにやってるのさ、ソラ」
「僕⋯⋯そんなつもりはなかったっていうか⋯⋯」
ほんとに、そんなつもりはなかった。
涙をためた莉音の瞳を思い出すと心臓をギュッと鷲掴みにされたようになる。
「んがっ⋯⋯三×五はなあ⋯⋯十五だ⋯⋯すごいだろ⋯⋯」
そう寝言をいっているのは僕の隣で寝ているユータン。
昨日莉音にバカにされたのが悔しくて柄にもなく寝ずに勉強してきたらしい。
しかし今頃眠気が襲ってきて、莉音に披露する!と意気込んでいたかけ算九九も言わずに爆睡している。
そして、そんなユータンの前には莉音のへニョへニョのドリル。
ドリルのページには先ほどあけた穴があってついさっきまでそこにあった彼女の温もりを思い、より一層胸が痛くなる。
「あんなに怒らせるなんて何をしたの?」
そうたずねられて苦笑する。
「すこし⋯⋯ね〜⋯⋯」
いまさら罪悪感を感じたって仕方ないけれど、感じずにはいられない。
言葉を濁した僕に少し顔をしかめるナギ。
「いいたくないなら別にいいけどさ」
そういって紅茶をひとくち飲んで他の三人はいつ来るんだ、という表情で窓の外を見やるナギ。
「僕、莉音のほっぺにキスしたよ」
口をついてでるごまかしの無い言葉。
ナギには伝えておきたかった
たとえ、それがナギを傷つけても、僕がこういったことでナギが対抗心を燃やしてなにか行動を起こしたら⋯⋯。それは莉音にとってもナギにとってもプラスのことで、僕はそうなることが嬉しい。
莉音もナギも、大好きだから⋯⋯。
「⋯⋯」
何も言わずにずっと窓の外をみてるナギ。その表情はかなり厳しいものだ。
怒ってるのかもしれない。
そう分かっているものの、口からでたのは⋯⋯
「僕は莉音が好きだよ」
そんな言葉だ。
窓の方を見やっていて横顔しか見えないもののナギの表情がいよいよけわしいものになってきたのが見て取れる。
「⋯⋯!」
唐突に立ち上がったナギに平手打ちでもされるのかと身構える。しかしいつまでたっても頬に衝撃はこない。
おそるおそる目をあけてみると⋯⋯
「あれ!?ナギ!?」
ナギがいた場所はもぬけの殻になっていて、バッと通路をのぞけばナギが出口に向かってかけていくのがみえた。
⋯⋯莉音のとこにいったのかな。
僕の小さな小さな作戦は大成功したみたいだ。それが嬉しいような悲しいようなそんな気持ちになって、僕は隣で寝ているユータンの頭を優しくなでた。
「ユータン⋯⋯僕、少しだけ頑張ったよ⋯⋯」
そういうとユータンがまた寝言をいう。
「⋯⋯九×八は⋯⋯七十二だぜ⋯⋯へっ」
そんな寝言に思わず微笑む。
このあと予想外の出来事が起こって二人の今の距離が変わってしまうなんて、考えもしなかった⋯⋯。
〜莉音〜
朝の海は静かだ。
誰もいなくて世界に自分一人しかいないみたいに。
「一人⋯⋯かあ⋯⋯」
もれた声は誰の耳に届くこともない。
そう、思っていたのに
「泣かないで」
見知った人の声が頭上から降ってきた。
私の隣に座って優しく微笑みかけてくれるのは、いつも心の中にいるその人じゃなくて忘れたいその人でーー。
「れん兄⋯⋯」
優しく肩をだかれてもうどうしようもない気持ちなってくる。
「⋯⋯私⋯⋯どうすればいいのかな⋯⋯」
蚊のなくような声でそういった私の肩をそっと、でも力強く何度も何度もさすってくれるれん兄。
小さい頃から隣にあった温もり。
近いのに遠いそんなあなたの温かさに私は何度も救われてきたよ。
「私⋯⋯ね⋯⋯」
れん兄にちゃんと伝えたかったこと。伝えきれてないこと、沢山あるんだ。
私、気づいたんだよ。れん兄のこと大好きだって思うこの温かな気持ちは家族への愛情となんら変わりのないものだって。
でもね、それはあの時の話。
今の私には人魚である彼らがひどく疎ましく、人間であるあなたがひどく愛おしい。
もう、どうすればいいのかわからないよ⋯⋯。
私はそっとれん兄の肩によりかかって、瞳をとじた。
「うっ⋯⋯ううっ⋯⋯」
嗚咽も、涙も、止められそうにない。
「莉音」
れん兄の優しい声音で名前を呼ばれるのが好きだ。昔からずっと。
れん兄の裏側の顔を垣間見た今だってその声で名前を呼ばれると心が弾む。
「君のことが好きだよ」
ザブーン、ザブーン。
顔を出し始めた太陽の光を浴びてまぶしいくらいに輝く海。
静けさの中でひときわ耳についたその言葉。
信じられずにいる私は今どんな表情だろう。
きっと、とびきりまぬけな顔だろう。
胸がドクンドクンと波打って自分でもどうしたらよいのかわからなくなる。
「私も⋯⋯」
そういうのがやっとだ。
私がそういってかられん兄が口を動かすまでさほど時間はかからなかった。
「付き合おっか」
こんなに甘酸っぱい気持ちになったのは久しぶりだ。
「れっ⋯⋯れん兄はなんであそこにいたの?⋯⋯」
おそるおそる疑問を口にする。
「ちょうど朝のジョギング中だったんだよ。そしたら莉音がいてね」
「そっ⋯⋯そっか」
「莉音」
「んっ?」
「緊張してるの?」
「そっ、そんなことないよ」
なんて嘘だ。
だって何これ。恋人つなぎで手をつなぐとか⋯⋯
非リア同盟を唐突に抜け出した風雅を恨んでいた私が⋯⋯
街でリア充とすれ違った時「リア充爆ぜろ」とつぶやくのが習慣化していた私が⋯⋯嘘のようだ
こんなことってあるんだなあ⋯⋯。
ん?なんか忘れてるような⋯⋯あっ!
「宿題っ!!」
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