第39話 ソラのターン

「⋯⋯ちょっと待った。あんた、一緒に帰ろうっていったよね?」

「うん。でも、その前にここによるよ」

 目の前には大型カラオケ店。

 もう疲れたし家に帰ってゆっくりしたいのに⋯⋯

「ね、お願い、莉音」

 そういってこちらを真っ直ぐ見つめてくるソラ。

 仕方なく「わかったよ」という。

 ソラくんはかなりの頑固者だからね。変に「嫌だ」といって意固地になられては時間の無駄だ。

 

 ああ、早く帰りたい⋯⋯。






 それから数十分後。

「ねえ⋯⋯なんでそんな恋愛ソングばっかり歌うの?気持ち悪い」

 ソラはえっへんという感じで胸を張り

「だって僕、今莉音に求婚してるんだよ。ふふふ〜」

という。

 な、なにがふふふ〜、だ!

 この天然、手に負えないよ。

「あんた、いってる意味わかってる?それに」

「あのさ、莉音」

 私が話してる途中で喋り出すソラ。

 マイクをテーブルに置き、私の隣に座ってくる。

 密着されすぎて若干恐怖を感じるんですが。

 私がこの異様な距離感から逃れようと後退するとそれと共にソラも私の方に近づいてくる。

「あ、あの〜⋯⋯」

 いくら変なことをされても憧れのアイドルなことに変わりはなく⋯⋯

 自分でもよくわかるくらい頬が上気してきて、心臓がバクバクいってる。

 チラリと見やったソラの表情は真剣そのもの。イケメンそのもの。普段からこうして喋らないでいれば普通にすごくかっこいいのに。

 なんて思っていると、ソラの顔があと数センチというところに来ている。


 え⋯⋯ちょちょ、ちょっと待って。


 これは世でいうキ⋯⋯キ⋯⋯



「鳥は歌で求婚するんだって」

 鼻息荒くそういうソラ。

 ポカンと口をあけて、ニコニコしながら少し距離をおいたソラを見つめる。

 ズコーッ。

 これがコメディだったらそんな音が流れていただろう。

「あのさ、あんた何言ってるの?⋯⋯」

「莉音は知ってる!?鳥の求婚」

「⋯⋯知らんけど⋯⋯」

「鳥の求婚ってね、すごいんだよ!鳥は僕達みたく手も足もない。だから一生懸命口で歌って、羽で示して、相手への愛を伝えるんだ!僕感動しちゃってさ!」

「あーはいはい。わかったから少し離れて」

 興奮してまたも至近距離にきたソラの顔を押し返しながらあることに思いあたる。


 だとすると、ソラが歌ってる時にやっていた変な動きは、センスのないダンスではなく鳥の動きを真似たもの?⋯⋯

「プッ」

 そう思うとたまらなくおかしくなって私は吹き出した。

「え〜。なんで笑ってるのさ、莉音」

「なんでもないで〜す」

 そういったところでプルルルと携帯の着信音が鳴り出す。

「あ、お電話だ」

 そういってジャケットのポケットからスマホを取り出すソラ。

「もしもし〜。ああ、木本ちゃん。うん、うん。りょうかーいっ」

 会話を終えるとスマホをポケットに戻し、こちらをみやるソラ。

「ごめんね、これから少しお仕事はいっちゃって⋯⋯。もっと莉音と一緒にいたかったんだけど⋯⋯」

 シュンとした様子でそういうソラに内心ガッツポーズをする。

 よしっ。やっとこの天然ボーイから解放されて家に帰れる。

「別に大丈夫だよ。じゃ、いこ」

 心の中の高揚は抑え込んで落ち着いた口調でそういう。


 家に帰ったらすぐに寝よう。あー、でもお風呂はいんなきゃだ。それに録画した番組も⋯⋯なんて思いながら帰宅の準備をしてると⋯⋯



 ちゅっ



 そんな音とともに頬に柔らかいものがあたる。


 ん?⋯⋯んんん??


「僕の気持ちは本当だから。じゃあね、莉音」


 そういうと立ち上がり去っていくソラ。


 バタンッ

 ドアがそう音をたてた時やっと状況を理解する。


 それと同時に恥ずかしさと怒りが込み上げてきた。

 な、なんなんだ、あの天然!


 あつくなった頬をさすりながら私はソラの意図がつかめないでいた⋯⋯。







〜ソラ〜

「うう〜⋯⋯」

 トイレの個室でうずくまる。

 心臓がバクバクいってる。

 莉音に次あった時どんな顔すればいいんだろう。

「うあぁ〜」

 そういって髪をくしゃくしゃする。

 普段の僕ならこんなことならないのに。


 やっぱり、僕、君のこと本気みたいだよ。


 幼なじみの大切な人って理性ではわかってるのに⋯⋯

 

 僕はひどいやつだ。


 君のことが好きで、その想いを手放す気はさらさらないんだから。

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