第38話 地獄の宿題会2

PM.7:00

「はあ〜。だから、ここはこう。なんでそうなるわけ?」

 そういって私の手をピシッとはたくキールくん。

 柄にもなく丁寧に細かく説明してくれてすごくありがたい。ありがたいけど、 説明の内容がまったく理解出来ない。

 頭痛いよ⋯⋯。


 そしてここはファミレス。今は七時なので家族連れのお客さんが増えてきて、六人用の席を約九時間陣取る私達は時節店員に睨まれる。

 頭だけじゃなく心も痛いよ⋯⋯。


 さすがにドリンクバーだけで九時間はだめだと思ったから時節ケーキやらポテトやらを頼んでるんだけど、そのせいでお腹も痛むし⋯⋯。


「えーと、これをこうしてこうでしょっていたっ!」

 計算をしていた私の手の甲にキールくんの爪が突き刺さる。

「だーかーらー、さっきも言ったでしょう?何回いえばわかるんですか?」

 こ、怖い。キールくん笑ってるけど目が笑ってないよ。

 ふと周りをみればSUNNY'Sがキール君の説明を受けてスラスラ問題をといている。なんか悔しい⋯⋯。私だけ理解能力ないみたいじゃん⋯⋯。

 実際そうだけど、こうもその差を見せつけられると悲しくなってくる。

 まあ、ユータに関してはかけ算で止まってるから私以下だと思うけど。

「よそ見すんな。あと、それ、どんぐりの背比べ」

「えっ⋯⋯」

 心の中を読まれたようなその言葉にヒヤッとする。

「ほら、はやく」

「は、はい!」

 そういって私が改めてシャーペンを握りなおした。

 その矢先⋯⋯

 サルゴリラがやってくれた。

「はあ〜。くそ疲れた〜」

 そういってやつが伸ばした手。

 それはもうスローモーションに見えた。

 こぼれるミルクティー。水から逃げることに慣れた(人魚になっちゃうからね。もう反射的な感じなんだと思う。)SUNNY'S+キールくんの必死な逃げように巻き込まれる私。

 少しの時間差の後、六人の悲鳴があがる。

「「ぎゃーーーー!!」」」

「なにやってんだ、サル!」

「そうだぞ、サルゴリ。なんてことしてくれたんだ⋯⋯」

「終わった⋯⋯サルゴリラのせいで⋯⋯」

「お前らここぞとばかりにサルゴリラサルゴリラ連呼してんじゃねえよ!」

「うるっさいなあ、とにかくふいてよ」

 SUNNY'Sが呆然とミルクティーの侵食を見つめる中、一人テーブルをふく。

「まさかミルクティーでも人魚になっちゃうわけ?」

 そういってギロリとユータを睨みあげる。

「あ?そんなことねえよ」

「じゃあはやくふきなさいよ」

「言われなくたってなあ」

 そんなことをぶつぶつつぶやきながらユータがテーブルをふきだす。

 テーブルの端に重ねておいた六冊分のへにょへにょになったドリル。

 思わず深いため息がでてしまう。

 ほんと大惨事⋯⋯。




「すまなかった」

 そういって頭をさげたサルゴリラ。

 しかし前に座っていたネクや隣に座っていたキールくんは早々許す気もない。被害が甚大だったからね⋯⋯。

 しかも当のユータのドリルはほぼ無傷だったし。それは怒りたくもなると思う。

 ちなみに、ユータのもう片方の隣に座っていたソラは「ドリルがいいにおい〜♪」などといってかなり上機嫌だ。

「気分悪い。もう帰る」

 そういって立ち上がったキールくん。

私はほぼ反射的にパッと両手を広げてキールくんの行く手をふさいだ。

「ふっ。残念だったな、少年。私が通路側にいる限り君をかえすことはできない」

「⋯⋯バカなの?どいてよ」

「お願いだよ!キールくんの力がないと私達⋯⋯」

 そういうと深いため息をつくキール君。こっちは至って真剣に頼みごとしてるのにため息ってひどくないか、と思っていると⋯⋯

「だから、手伝ってやるっていったろ。 あと一日夏休みはあるんだからさ。残りは明日。今日はもう帰らせてよね」

とむすくれていうキール君。

「あっ⋯⋯ありがとう!」

「あー、はいはい。わかったから」

 私は場所をどけ、去っていくキールくんの背中にブンブンと手を振った。

 やっぱりあの子、案外いい子なんだよね⋯⋯。この間もなんだかんだいって送ってくれたし。なんてどこか感慨深い気持ちでいると、

「それよりこれ。どうすんのさ」

というヨウの声が耳に入り改めてドリルをみやる。

 一応ティッシュでふいてあるが、それにしたってひどい状態だ。

「まあ乾かすしかないよね。ってことで続きは明日にしよう。キールも帰ったことだしね。じゃあ、はい」

「頼むぞ」

「はーい、どうぞ」

「んっ」

 みんなが次々にユータにドリルをわたし、帰っていく。

 私はユータの肩に手を置き一言「どんまい」というと店を出た。





「莉音〜、一緒に帰ろ〜」

 そのふわふわとした声に振り向けば予想していた通りの人物がいる。

「ソラ、あんたの家どこなの?」

「えっ⋯⋯。莉音、僕の家に来たいの?⋯⋯。でっ、でも、そういうのは段階を踏んでからっていうか⋯⋯」

「いや、そんなこと一言もいってないし。それになにそんな赤くなってんの?怖い」

 そういいながら自分でも気づかぬまに目がおっていたのは、ソラの肩越しにみえたナギの姿。

 一緒に、途中まででもいいから帰りたかったな⋯⋯なんて思ってるとソラが唐突にバッと自分の後ろ振り返る。

 それから何かを理解したような表情でこちらをみやり深くため息をついた。

「莉音って何気にひどいよね」

「何が?」

「なんでもな〜い。でも、今日は僕のターンだからっ」

 そういって私の手をギュッと握るソラ。

 手を握られた=逃げることは不可能、である。それに、こんなルンルンしてるのに素っ気なくするのはなんだか良心が痛む。(朝もあんな素っ気なく当たってしまったし、ここでまた同じ対応をするのは流石にかわいそうだ)ので、今だけは⋯⋯

「途中までね」

 そう、若干素っ気なく言ってしまったのに

「やったー!!」

といって子供のようにはしゃぐソラ。

 そんな姿がなんだかおかしくて自然と笑みがこぼれる。

 とても同い年とは思えないくらいのはしゃぎよう。

 なんというか、こいつは本当に純粋なまま育ってきたんだなあと思う。だからこういう子供みたいな部分もそのまま⋯⋯。

 そんなことを思っているとソラとバッチリ目が合う。

 何も言わずじーっとこちらを見つめてくるソラに違和感を覚える。

「どうかし」

「莉音が笑った!」

「⋯⋯は?」

「可愛いね」

 爽やかスマイルから放たれたその言葉に思わず固まる。

 普通そんな笑顔で、人の目真っ直ぐ見て「可愛いね」とかいえる?言えないでしょ。なにこの天然。ほんと怖い。

「莉音ほっぺ真っ赤だよ〜。可愛い」

「なっ!こっちみないでよ。てか、あんたは今後可愛いっていうの禁止!」

「え〜、なんで〜?」

「いいから!とにかくいくよ!」

 そういって私はソラの手をひき歩き出した。

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