第32話 目覚め
「ナギ、なんかあった?元気ないみたいだけど⋯⋯」
そういって顔をのぞきこんでくるソラに「なんでもない」といって微笑む。
莉音⋯⋯。さっきからずっと莉音のことを考えてる。これが終わったらすぐ行くから。だから無事でいて、って。
とはいっても僕は海に入れない⋯⋯。悪者に協力した僕は地上に追いやられてもう海にはいれないように女王様に戒めを受けたから。それはSUNNY'Sのみんなやキールも同じ。僕の罪の連帯責任という形で⋯⋯。
「つきましたよ」
マネージャーの木本さんにそういわれてキキイッと音をたててとまった車からでる。
莉音、もう少し、もう少しだけ待っててね。絶対、なんとかしてみせる。
ふと見やった遠くの空では小さな花火がパッとひらいては散ってゆく。それを見ていて胸が苦しくなってくる。
君と一緒に、目の前で打ち上がる大きな花火をみて「綺麗だね」っていいあいたかったな⋯⋯。
「この差し入れ超うめえ!なんだこれ」
「ユータン、がっつきすぎ〜。ネクやナギを見習ったら?」
「あ?いいだろ、別に。うめえもんはうめえんだから」
「おい。ヨウ、ユータ、静かにしろ」
「はーい」
「ちっ。オカンが⋯⋯」
そんな会話に、いつもなら微笑んでたところだ。だけど今は微笑むほどの気力がない。はやく収録を終わらせて海に行きたい。さっきからそればっかりだ。
「ナギ、どうかした?」
僕の隣に座ったヨウがいつもの笑みでそういう。
僕の向かいでもぐもぐとお菓子を頬張るソラとは違いヨウは本質的に人の感情に敏いところがある。
ソラはずっと一緒にいてお互い「今こんなこと思ってるんだろうなあ」って察するところがあるから。
ニコリと笑んでるヨウだが目は笑っていない。「いつも一人で抱えこむな、っていってるよね」という無言の訴えに口を開こうとした瞬間、勢いよく扉があく。
木本さんか今日共演する誰かだろうと思い反射的に扉の方をみると⋯⋯。
「わあ〜。懐かしいなあ。ほんとみんな変わってないねえ」
そういってニコリと微笑む⋯⋯キールがいた。
「みんな、僕のこと覚えてる?」
そうにこやかにいった直後冷たい氷のような表情になるキール。
「まあ、アイドルなんかやって楽しく快適に楽してたんだろうし。実際のところ、僕のこと忘れてたでしょ」
バカにするような口調でそういうキールに胸が苦しくなる。
そんな僕の思いを知ってか知らずかいつも通りのどこか空気のよめない発言をするユータ。
「覚えてるもなにも、お前みたいな性格悪いやつ早々忘れねえよ。つーか、なんでお前がここにいんだよ」
そういえばユータとキールは昔から仲が悪かった。とはいっても他のネク、ヨウ、ソラもあまり仲が良いとはいえなかったけど⋯⋯。
「やだなあ〜。ユータのおじさん冗談きついよ。僕はねえ、みんなの顔が見たくて来たんだよ」
と満面の笑みでいうとまた氷のような表情をするキール。
「あとさ、莉音だっけ⋯⋯あの人⋯⋯」
「キーくん、莉音になんかしたのっ!?」
「莉音」と聞いて珍しく慌てているソラ。
「なーにー?まだなにもいってませんけどお」
わざとらしい口調でそういうキールに場の空気がピリピリしてくる。
「みんな⋯⋯」
僕は立ちあがり意を決する。
ほんとうは一人で助けようと思っていたけど、でも本気で助けたいと思うなら欲張りになってはいけない。
それにこれ以上キールにこの場の空気を悪くされてもたまらないから。
「莉音は海に閉じ込められたんだ」
そういったとたんにみんなの瞳が驚きで見開かれる。
ん?⋯⋯何かおかしい。
みんなまっすぐに僕の後ろを見つめている。キールまでもが⋯⋯
「誰が閉じ込められてるって?ナギくん」
「えっ?⋯⋯」
その声にバッと振り向くと大好きな人が扉にもたれかかってニコリと微笑んでいた。
ほっとしてその場に崩れこみそうになるがなんとかそれを押さえ込む。
考えがまとまらぬまま僕の口から飛び出した言葉。
「いや⋯⋯実はモモが変装してて、とかじゃないの?⋯⋯」
明らかに莉音だとわかっていながら口をでるのはそんな言葉。
「ああ。そいつならここよ」
そういってさっと横に動く莉音。
莉音がいた場所の少し後ろにはムスーッとしてモモがいる。
前々からなんとなく察していたけど⋯⋯。
ともちゃんの影に隠れてるいるだけで莉音、結構強い子なんじゃ⋯⋯
「なんで⋯⋯なんででてくんだよ!!くそ女!!」
怒りを爆発させるキールに「落ち着いて」となだめにはいろうとするがその必要はなかったようだ。
「あんたが首謀者か⋯⋯このくそ生意気なガキが」
その瞬間、あ⋯⋯やばい⋯⋯誰もがそう思った。
〜莉音〜
目の前には怒りをあらわにする少年。
おそらく私の方が五歳は年上なわけだし多少のイタズラは大目にみてあげるべきだろう。
しかしこればっかりはそうもいかない。
一度はもうみんなに会えないのではないか、とすら思ったのだ。その上私の手首に巻かれていた貝がなければ確実に私は命を落としていた。早々許せるものではない。
でも今回のことで、前SUNNY'Sから聞いた「女王の娘かもしれない」という話が現実味を増してきた。
「帰りたい」そう強く願った時なんというか⋯⋯いつもは使われていない精神の奥の方がはっきりとしてきて⋯⋯一瞬目の前が真っ白になった。それから少しして目が冴えてくると貝のブレスレットから感じていた禍々しいものが一切消えて、海からでれるようになっていた。
これはきっと女王の一族の力、だと思うんだよね⋯⋯。
まあそんなことはおいといて⋯⋯
「とりあえず、土下座してくれるかな」
ニッコリ顔でそういいきると悔しそうに奥歯をかみしめる男の子。
「なっ!?そんなことするわけないだろ!それに、はやく姉ちゃんをはなせ!」
そういわれてなにか言い返そうとしたがどこかバカバカしく思えてきて先ほどまで燃えたぎっていた怒りの炎が気づかぬまに消沈する。
「まあいいや。この子は勝手にして」
この子、とは海からでて歩いている時に出会った女の子、モモちゃんのこと。
偶然あった時に、なんでここに!?みたいな対応をした彼女を訝しんだ私が事情を聞いてみると(意外とあっさり口を割った)「ナギと二人でいたかった。その邪魔をあなたにされるのはかなり気に障ったので弟が以前からたてていた計画にすこし携わった」だのといわれた。
例の少年への怒りが燃えたぎっていた私はモモちゃんの情報を頼りに少年の居場所を突き止め、モモちゃん共々ここまで来たのだ。
私はギャーギャーワーワーと騒がしくなった楽屋からでるとスタスタと歩き出す。
普通ならテレビ局ってこんなところなんだ、って興奮するところだけどそういう気分にはとてもなれない。
ここに入れたのだってモデルをやっている『有名人』のモモちゃんがいたから。
私みたいな一般人が来ていいような場所ではないのだ。
なのに⋯⋯
「莉音!!」
廊下をかけてくる音がして右手首をがっしりとつかまれる。
「ナギ、ここでは」
ここは『有名人』のいる場所。そんな場所で一般人の私が大人気アイドルと話してるのを見られたらあらぬ誤解を招くかもしれない。なのに⋯⋯
「ごめん、僕のせいで」
「別にナギのせいじゃ」
「⋯⋯会いたかった⋯⋯」
絞りだすような声でそういうと私の右手首をつかむ力が一層強くなるナギ。
体中が熱くなって胸の奥がきゅんとせまくなるような感覚。
「ナギ、あのね、私も⋯⋯」
そこで口が半強制的に形を変える。
「ってなるかバーカ。私は別に会いたくなかったわよ」
何、いってるの?私⋯⋯。
パッと離される手首。
ナギはどんな表情をしているんだろう。
気になると同時に怖くて私は駆け出した。
自分の中に違う私がいるわけじゃない。これが⋯⋯私なんだ⋯⋯
それが「人魚と恋ができない」女王の一族の血の目覚めだなんて知らずに、私はその現実から逃れるように振り返らずにただただかけた⋯⋯。
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