第31話 囚われのプリンセス

 〜ナギ〜

 「仕事があるから」そういってモモを離れさせ、一人トボトボ歩く。

 さっきは若干八つ当たりのような形で、怒鳴るように喋ってしまった。

 あとからちゃんと謝らないとな⋯⋯。


「あっれ〜。ナギのおじさん暗い顔してどうしたのさ〜」

 背後から聞こえてきたのは嫌な思い出しかない声。

「キール⋯⋯なんでここにいるの?海に帰る方法は見つかったの?」

 と振り返らずに問う。

「まあ、アイドルなんかやってお気楽に過ごしているよりは有意義に過ごしてたよ。」

 そういうとスタスタとこちらに歩いてきて僕の顔をのぞき込むキール。

 背丈は僕の胸より少し下あたりで顔立ちも幼い。まだ十二歳の少年。

 今は鋭い瞳でこちらを睨んでいてとても十二歳とは思えない。でも、キールをそんなふうにしてしまったのは僕なんだ⋯⋯。

 僕は莉音に会いたいが為に色々な人を、その人の思いも生活も考えずに、巻き込んだ。キールはその巻き込まれた人の一人。そして七つの海のプリンスの一人でもあり、モモの弟でもある。

「ほんとに、お前を見てると腹がたってしょうがないよ。おじさん。」

 恨みのこもった瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

「ごめん、キール。こんなふうになったことは本当に申し訳ないと思ってる。ごめん。」

「お前が何回謝ったってなんにも変わんないんだよ!!⋯⋯」

 キールの叫びに胸が痛む。

 僕のせいで本当なら純粋に少年らしく生きれたであろう子がこんなふうに⋯⋯。


 プルルルル


 そこで携帯がなって「ごめん、ちょっと⋯⋯」といって電話にでる。

「もしもし」

「もしもし。木本ですが今ナギさんの家の前にいるのではやく出てきてください」

「あー、ごめん、木本さん。今海の近くにいて⋯⋯」

「⋯⋯そちらに行きますのでこれ以上動かないでください」

 ツーツー

 切られた⋯⋯。木本さん完全に怒ってるな⋯⋯。

「⋯⋯これから仕事なわけ?」

 そうたずねてくるキールに

「うん」

 と答える。

「ふーん。じゃあ、囚われのプリンセスは助けられそうにないね」

 冷たい声音でそういうキール。

「⋯⋯?囚われのプリンセスって?」

 嫌な予感がして冷たい汗が背中をツーッと流れる。

「あの子もうこっちには来れないから」






 〜莉音〜

 体の奥底からわき起こる泳ぎたいという衝動。頬をなでる海水の心地よい感覚。

 ああここが私の居場所だ、と思う。それと同時に⋯⋯

「あの子は?⋯⋯」

 ボーッとした頭で疑問を口にする。

 私が携帯をみて固まっていたらいきなり現れた男の子。

「そうだ!あの子に突き落とされて⋯⋯」

 しかも突き落とされる前にこれを巻かれたんだよね⋯⋯。手首に巻かれたチェーン状のシルバー色の貝でてきたアクセサリー。一目でわかるくらい禍々しいなにかがある。

 これのせいだろうか。海面に近づいてもすぐにはじき飛ばされる。

 でも海に落とされても人魚になって、なんとか息ができてるのもこれのおかげだと思うんだよね⋯⋯。

 どういうことなのかよくわからないけど、とりあえずあの小生意気なガキ後から覚えとけ⋯⋯。




 海面で揺れる月に手を伸ばす。綺麗だなあ。海の中で見える月ってすごく幻想的だ。こんな時なのにそんなことを考えてしまう。

 ううん。そういうことを考えないと泣きそうなんだ。

 不安で寂しくて⋯⋯


 溢れた涙は海に溶けていく。

 ナギに会いたいよ⋯⋯。







 〜ナギ〜

「でも⋯⋯あの子貝を持ってないし、それに」

 彼女を海に閉じ込めたと聞かされ慌てる僕の様子をみてクスクスと笑うキール。

「特殊な呪印つきの貝あげたからね」

「呪印?⋯⋯」

「だからでれないの。ざまあみろって感じ」

「お前!!」

 キールの服の襟首をつかむ。

「莉音はなにも悪くないだろ!莉音が苦しむ必要なんてないのに」

「なに泣いてるの?」

 馬鹿にした口調でそういうキール。

 苦しむ彼女を想像しただけで涙が視界をゆがめてく。君を苦しめたくないのに、僕はいつもいつもーー!!

 怒りと悲しみでなんともいえない虚無感に襲われて、キールの服の襟首をつかんでいた手から力が抜ける。

「『恋は盲目』とかいうけどあながち間違いじゃないみたいだね。おじさん、そんな涙もろくなかったもんねえ。ま、いいや。せいぜい足掻いてみせてよ。っていっても僕らはお前のせいで海に入れない⋯⋯」

 キールが不敵な笑みを浮かべる。

「どうするのか見物だね」

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