第29話 小さな恋の終わり

「莉音、立てる?」

「うっ、うん。まあ⋯⋯」

 そういって立とうとするが、足に力がはいらず膝から崩れ込む。

 爽やかな夏のような香りがして、すぐそこにソラの端正な顔がやってくる。

「大丈夫!?莉音」

「大丈夫なわけない。けど、立たなきゃ」

 そういってもう一度足に力を込めるも立てそうにない。

 なんで⋯⋯。

 これからずっと楽しみにしてた花火大会なのに。なんでこんな時に⋯⋯。

 この理不尽すぎる状況に泣きたくなってくる。

「莉音、どこまで気張るつもり?少しは頼ってよ」

 そういってスッと手を差しのべてくるソラ。

「やだ。SUNNY'Sはみんな変態だから」

「いや、早口でそんなこといわれても⋯⋯。それに、あのことまだ根にもってるの?」

 そういわれて少しムッとする。

 ソラ、ユータ、ネク、ヨウがのぞきをしようとしたのはかなり前のことだが SUNNY'Sが変態という事実の前科としては充分だ。

「それよりナギに」

 そういいかけた私の口にソラの細くて長い人差し指があてられる。

「とりあえず海いかない?やっぱり、落ち着くと思うし。ね?」

 そういって小首をかしげるソラ。

「⋯⋯」

 私は自分の口にあてられていたソラの人差し指をつかむと人差し指ごと手をひねってやった。せめてもの抵抗、というか⋯⋯。

「⋯⋯お願い。つれてって⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

 その沈黙に、やりすぎたかな⋯⋯と思ってソラの方を見る。

「うわっ⋯⋯」

 痛みで苦痛にゆがんだ表情になっているかと思えば⋯⋯

「なにその気持ち悪い顔」

 この上なくニヤニヤしてるソラに引いてしまう。

「だってえ〜、莉音ちゃんツンデレって感じですごく可愛い」

 今のどこがツンデレなの⋯⋯。

 天然、理解不能。

「とにかく⋯⋯」

「は〜い!ささ、莉音、乗って」

 私が言おうとしたことを察して自ら背中を向けるソラ。

 おんぶしてもらうとかすごく恥ずかしいけど、今は仕方ない⋯⋯。

「よろしく⋯⋯」

 そういってソラの首に手を回し背中におぶさる。

「よーし、出発しんこーーっ!!」

 そういうソラの声は本当に幸せそうだった。






「ねえ、モモ」

「なあに?」

「モモの家って海の中だよね?」

「あら、違うわよ、ナギ。私、これからは地上に住むから。」

 モモの嬉しそうな笑みに嫌な予感しかしない。

 けど⋯⋯莉音との花火が待ってる。仕方ない。もう少し我慢しよう⋯⋯。





「ここで〜す」

「いや、ここ僕のうち!」

「えっ?違うよ〜。今日からはモモとナギの愛の巣、だよ」

「そんな気持ち悪いものはどこにもない!」

 そういうとプクーッとふくれるモモには呆れてものもいえない。

 今気づいたけど⋯⋯モモ背高いな⋯⋯。ヒールを履いてるのもあるけどそれをなくしたって⋯⋯。

 なんで僕ってこんなに小さいんだろ。もっと大きくなってモモを若干見上げてる今の背丈から脱したい。なんてごちゃごちゃ考えていると

「ね、中みてみて」

といわれる。

 いわれるがままに中に入ってみると⋯⋯

「なにこれ⋯⋯」

 呆れと驚きと怒りで言葉がでない。

 僕とモモの小さい頃の写真が壁中にはってあって、そのまわりには可愛いらしくレースやらリボンやらが添えられている。仮にも人の家だというのに⋯⋯。これなら空き巣の方がまだましなんじゃないだろうか。

「何やってんだよ⋯⋯」

「ベッドもね、一緒なの。小さい頃もよく一緒に寝たよね」

「変な言い方しないでよ。ソラと僕とモモの三人ね」

「ちぇ〜。動揺しないのつまんないの」

 そういって拗ねるモモ。

 疲れる。どうにかしたい。

「モモ、とりあえず外でよう」

「はーい!」

 そういってルンルンした様子でついてくるモモ。

 どうしたものか⋯⋯。

 ネクの家かソラの家に連れていこうか。それとも⋯⋯




「ナギ、ジュース買って」

 外にでてしばらく歩いているとコンビニが見えてくる。その手前には自動販売機があってその前でモモが立ち止まる。

「ナギ、おねが〜い」

 そういって腕に絡み付いてくるモモ。うっとうしい⋯⋯

「えっ?⋯⋯モモ⋯⋯?」

 その声に振り向くと、風雅がいた。

 莉音の弟でHRNの一員の"喪失のプリンス"。

 モモの心底驚いている様子をみるとここで会うとは夢にも思わなかったのだろう。目を泳がせながらニコリと作り笑いを浮かべるモモ。その様子からなんとなく察しがつく。

 この二人もしかして⋯⋯

「ふっ、ふうくんだ〜。どうしてこんなとこに?」

 そういってパッと僕の腕をはなす。

「どうしてって⋯⋯コンビニの帰り⋯⋯」

 そういってコンビニの袋を掲げて見せる風雅。

「そ、そうなんだ〜。なるほどね」

 なんていうモモはいつもの男をイチコロにする笑顔の影もみない、全力の作り笑いを浮かべている。

 一方の風雅はこの状況が上手く理解出来ていないようで放心状態になっている。僕の予想が当たっていれば、この二人は付き合ってることになるけど⋯⋯。

 自分の彼女が他の男の腕に絡みついていたらそれは放心状態になるだろうな、と心の中で風雅に同情する。

 風雅がなにも言葉を発さず(この場合、「発せられず」といった方が正しいかもしれない)自然と出来てしまった沈黙に耐えきれなくなったモモが口を開く。

「実は、ナギは私の従兄弟なの。それで、今ごはん食べにつれてってもらうとこなんだけど〜。ふうくんもいく?」

 いつ、僕がごはん食べにつれていくといったのか。しかも、従兄弟って⋯⋯。この幼なじみは相も変わらず嘘が下手くそだ。

「そっ⋯⋯か⋯⋯。悪いけど俺、今は用事あって」

 そう答える風雅にモモはどこかホッとした様子だ。

「じゃあ⋯⋯」

 モモがうつむく風雅に別れの言葉を言おうとすると、風雅がバッと顔をあげる。

「今日、一緒に花火見に行かないか?」

 その返答次第では、付き合っているだろう二人の関係性は大きく変わるだろう。

「ごめんむり⋯⋯」

 今度はモモがうつむく番だった。

「そっか⋯⋯OK。わかった」

 そういって風雅が浮かべた微笑みはとても切ないものだった⋯⋯。

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